第3話:クライマックス01

 ◆ Middle10/Scene Player――イワン(一人) ◆



 ”ゾーン”の深層部中枢。

 どこよりもレネゲイド濃度が高い、荒れ果てた瓦礫地帯の中心に、人影が佇んでいた。

 情報解析によれば、”ゾーン”の発生源は地下深く。

 その入り口を守る最後の守護者として、彼――シームボルは、イワンたちを待ち構えていた。


シームボル:「……待っていたよ。やっぱり、来たんだね」

アンゲリーナ:「ええ。自由を勝ち取りに」

マリアンナ:「皆のことを仕方のない犠牲と言ったアンタは……赦せない。見逃す訳にもいかない」

美裂:「犠牲の上に成り立つ幸福なんてあり得ない。みんなの笑顔のために、あなたはここで倒します」


 口々に、厳しい面持ちでシームボルに相対する。

 その中でただひとり、イワンだけは笑顔を浮かべていた。誤解を恐れず言えば、彼は嬉しいのだ。


シームボル:「なるほど。決意は固いようだ。しかし、あえて言おう。僕の目指す未来には、君達のような優秀な人材が欲しいんだ。だから、問おう――……僕と一緒に、人類を導く気はないか?」

アンゲリーナ:「(無言でイワンを見やる)」

マリアンナ:「……言ってやりなさい、”一人” 」


 皆の中から進み出て、イワンはシームボルと向き合う。


イワン:「──興味無いんだよ。人類とか未来とか、端からそんなもの興味無いんだよ僕は。わかるかシームボル。生まれて初めて、憎しみって言うモノを知ったんだ」

シームボル:「どうあっても、僕を許すつもりはない、と」

イワン:「僕の望みはただひとつだ。シームボル。今、ここで、僕の目の前で死んで──死んでくれよ」


 笑顔を崩さず、その瞳に狂気の光を宿らせて、イワンはつらつらと語る。

 もはや、話し合う余地などない――それを悟ったシームボルは、残念そうに首を振った。


シームボル:「そうか。残念だ。いや……違うな。君達の返答は、わかりきっていた。それでも質問せずにいられなかったのは、『感傷』か」


 彼の言葉と同時、地の底から唸るような音が響き、瓦礫を押しのけて地上にリフトが現れる。

 そのリフトの上にあったのは、赤を主体とした4m級の人型機動兵器――”トリグラフ”だ。

 肩から二門の大型砲を突き出し、その重厚なフォルムと相まって砲撃戦に向いた機体とわかる。


シームボル:「……ねぇ、僕はどうして人類を先導するこの機体を、人型にしたと思う?」

マリアンナ:「さぁ? 人間同士ですら意思疎通が難しいのに、アンタの考えを理解しろというのは難しいわね」

美裂:「ついでに言えば、あなたの考えなんて今までひとつも理解できたことありませんよ」


  「だろうね」とシームボルは笑って空を仰ぐ。どこか遠くを見る眼差しで、彼は語り始める。


シームボル:「人は不完全だ。ゆえに反目し、争い、足を引っ張り合い、進化の道を自ら閉ざしてきた。その愚かな歴史を過去にするために――僕は、あえて、人の姿を得た。そして、新時代の人間を導く象徴も人型に象った。いささか感傷的なのは認めるよ。だが、それは英雄や指導者のコピーではなく、僕自身の意志なんだ」

マリアンナ:「……そう。アンタの感情を理解はしようとは思わないけど、尊重はするわ」

シームボル:「ありがとう。僕もキミたちのことは、理解できそうにないが……永遠に記憶に留めよう」


 シームボルが、イワンたちに向き直り、礼を述べると――彼の身体は、粒子となって霧散し、”トリグラフ”の胸に吸い込まれる。

 そして、”トリグラフ”の単眼モノアイカメラが、光を灯す。戦闘態勢へと移行したのだ。


マリアンナ:「その上でアンタの理想も、計画も、感情も……全てをねじ伏せる。私こそ覚えておいてやるわ、シームボル」

アンゲリーナ:「ええ。私たちの答えは変わらない。記憶になるのはあなたの方よ」


 それに合わせて、マリアンナは硝子片を浮かび上がらせ、アンゲリーナはロケットランチャーを構える。


美裂:「抜刀……放心、残心」


 ちゃき、と鯉口を切る。鞘と柄の隙間から光が漏れて、刀身が露わとなる。

 常日頃から、美裂が腰に帯びている刀には鞘と柄しかない。

 彼女は、実家の道場で”鞘の内”という教えのもとに育った。刀を抜かずして争いを治めること。また、刀を抜かせぬように日々修練して心気を養うことを至上とする理と心だ。

 

「放つは自由な我が心。残すは悪鬼に囚われし人の心。心を鬼とし邪悪を討ち、人の心を以て仇を断つ」


 ゆえに――刀を抜くときというのは、己の力不足を恥じる瞬間でもある。

 だが、だからこそ、譲れないもののために、揺ぎない覚悟を以て刀身を錬成するのだ。


美裂:「ノビンスク市支部長 二天一流 武蔵美裂! 推して参る!!」

シームボル:「……”トリグラフ”、”再誕者”シームボル、行く!」


 かくして、”ゾーン”を巡る最終決戦は始まった。

 激しい攻撃が敵味方の間で交差し始めるその直前に、イワンは誰にも向けるでもなく、ひとり呟いた。

「Я из ада, найди его, преследую его.」



 ◆1st Round


▼行動値


”トリグラフ”        22

マリアンナ        8

イワン          8

美裂           7

アンゲリーナ       7


GM:それでは戦闘開始。PCは全員同一エンゲージ。その10m先に、”トリグラフ”が1機展開。戦闘終了条件は”トリグラフ”の撃破だ。

 ただし、”トリグラフ”は戦闘不能にしても形態を変化させて復活する。これを止めるには、特定の形態時にマリアンナが真理の花を使用して《クリスタライズ》を命中させる必要がある。

イワン:ほぉん……。

GM:なお、オートアクションで<知識:レネゲイド>9の判定を行い、攻撃すべき”特定の形態”かどうか判別できる。これは各PCが1ラウンドに1回ずつ出来るよ。


 ここでPCたちは、最後のロイス調整を行い、イワンがシームボルに対して憧憬/殺意の表ネガティブで取得。

 マリアンナも誠意/憎悪で取得し、これでPC全員のロイス欄が埋まった。


GM:セットアッププロセス。こちらは《虚無の城壁》。このラウンド中のガード値を+12する。

イワン:《戦術》《ファンアウト》。


 美裂は直接シームボルにエンゲージし、マリアンナとアンゲリーナはそれぞれ左右に分かれてエンゲージを分散した。

 これにより、範囲攻撃の巻き添えを食うことはなくなったのだが――。


GM:イニシアチブ。行動値22で”トリグラフ”の手番だ。マイナーで《オリジン:ミネラル》《ハンドレッドガンズ》《インフィニティウェポン》。《錬成の掟》を2回使って武器を強化。メジャーで《コンセントレイト》《小さな塵》《瞬速の刃》《死の紅》《カスタマイズ》《クリスタライズ》《ギガノトランス》で攻撃! シーン攻撃だ!


 この攻撃の達成値は55。さすがに誰も避けることはできず、もろに69点のダメージを受けた。

 美裂とマリアンナは《リザレクト》で復活し、イワンとアンゲリーナはふたりとも”レネゲイド・ゾーン”のロイスをタイタス昇華して立ち上がった。


シームボル:「このRGレネゲイドキャノンの精度と威力なら、核ミサイルの迎撃も容易いのだけどね。もっとも、もうキミたちには不要な情報か」


 照射された粒子ビーム砲によって地形ごと吹き飛ばされ、吐血し身体を再生させながら立ち上がるマリアンナたちを見て、シームボルがひそめくように言う。


イワン:ぐっ……手番ですね。形態判別しておきましょうか。(ダイスロール)……19。成功。

GM:この形態は出力が安定している。目標の形態ではないようだ。

マリアンナ:じゃあ、まだ真理の花は温存と……ここは待機するわ。美裂、お願い。

美裂:マイナーで《インフィニティウェポン》を宣言。メジャーで「コンボ:豪剣・加羅断」――対象は”トリグラフ”!


 しかし、達成値があまり振るわなかったこともあり、”トリグラフ”与えられたダメージはなんとたったの5点。

 

美裂:「ちょ、なにこれ!? 尋常じゃなく硬い!」

アンゲリーナ:――次、参ります。マイナーで《ライトスピード》を宣言。メジャーで《コンセントレイト》《音速攻撃》《コントロールソート》!

 (ダイスロール)……達成値54!

GM:こちらはガードだ。

アンゲリーナ:36点ダメージ……出目ェ……。二回目行きます。今度は先程のコンボに《マシラのごとく》を追加して――(ダイスロール)27……。

GM:なんか奮わないね……ガード。

アンゲリーナ:……62点ダメージ。く、腐るなぁ(泣)


 美裂の刀が弾き飛ばされた一瞬の間隙を埋めるように、アンゲリーナはRPG-29を撃ち込む。

 爆風に紛れつつ、飛び退いて離脱する美裂の援護に、さらにもう一発。そしてこれは、次へ繋げるための布石でもある――!


アンゲリーナ:「マリアンナ、今ッ!」

マリアンナ:「アンタに言われなくてもッ!」


 振り向きもせず投げかけられた言葉に応じ、マリアンナは懐から赤い錠剤を取り出す。

 これまで用いたものよりも、各段に薬効と副作用の強いそれを――自分の身体を気遣ってくれた家族への後ろめたさと共に、嚥下する。


マリアンナ:マイナーで「バイオレットエフェクト」を使用。メジャー「コンボ:オールドブリリアント」!

イワン:援護しましょう。《支援射撃》。

マリアンナ:ありがたい。(ダイスロール)……ダメージは57点装甲無視!

GM:……戦闘不能だ。《オリジン:ミネラル》の効果も解除。


 薬が内側から身体を蝕む痛みに、マリアンナは表情を歪ませるが、琥珀色の眼は真っ直ぐに”トリグラフ”を捉えて離さない。

 イワンが放った銃撃の軌跡で狙いをつけて、無造作に硝子の礫を叩き付ける。命中した場所を起点に、”トリグラフ”から結晶が生えてその機体を覆いつくしていく。

 一見すれば、勝負が決したかに思えたが――しかし、結晶の中から聞こえてきたのは、緊張感のないシームボルの言葉だった。


シームボル:「コーティングが剥離したか。良いレネゲイド出力だ」

マリアンナ:「そうでしょうとも。無理やり……ブーストしてるん……だから。そうでなきゃ困るわ」


 苦しそうに言葉を絞り出すマリアンナに、シームボルは哀れむような声音で返す。


シームボル:「そんな風になってまで、私心で僕を殺そうというのか。マリアンナ・アレクサンド=ライト」

マリアンナ:「……えぇ。世界のためとか、UGNのためじゃない。私は、私の為に。私の世界の為に戦う。それが、”私”よ」

シームボル:「その原動力はラヨンヴォロスの恨みか。確かに、僕は実験の対象に孤児を選んだ。でもね、僕を討った所で孤児を生み出す今の世界が変わるわけではない」


 シームボルの言葉は穏やかで、学校の教師が生徒を諭すような響きがあった。


シームボル:「彼らは世界変革のための尊い犠牲になったんだ。きっと、彼らは天国から変革した世界を見て、その礎となったことを喜ぶだろう。一時の怒りに身を任せて自分を痛めつけながら君が戦う姿なんか、彼らは望んじゃいないよ」

マリアンナ:「……確かに、皆やお父さんは今の私を見て叱るでしょうね。もっと自分を大切にしろって。でもね……」


 目を剝いて、マリアンナが吠える。


マリアンナ:「……家族を殺されて。仲間を傷つけられて。それに怒りを覚えず、目を背けてのうのうと平穏の中に生きる。そんな恥だらけの生き方が出来るほど、私はまだ大人じゃない! 私は! ”私の心に従って”! お前を殺す! それで、世界が変わらなくても、私にはどうでもいいのよ!」

シームボル:「そうか。僕も人間への理解が不足していたようだ。仕方ない。ならば……」


 結晶の中で、鋼の軋む音、ぶつかり合う音がした――と思った瞬間、硝子は砕けて飛散し、その中から別の機影が姿を現す。

 先の重量感ある砲戦型タイプとは対照的に、”トリグラフ”は装甲を減らして動きやすくしたスリムな白い機体に変貌していた。

 ツインアイセンサーの赤い輝きが、マリアンナたちを睥睨する。


マリアンナ:「さぁ……来なさい。変革者とやらの力、そんなもんじゃないんでしょう?」


GM:専用Dロイス「再誕者」により、データを変更して復活すると同時に、未行動化! 

《コンセントレイト》《アタックプログラム》《獣の力》《獣の殺意》《炎の刃》《浸透撃》で攻撃だ。目標は武蔵!(ダイスロール)……達成値41!

美裂:41……ドッジもガードも無理だしそんなのもう黙って受けるわ。《リザレクト》!

GM:次、待機中のイワン。

イワン:《インスピレーション》で形態判別だ。

GM:いいだろう。この形態も出力が安定している。狙い目の機体ではない。

イワン:だよなぁ……普通に考えて全形態出したいよなぁ。

GM:(図星)……さて、クリンナップ。《虚無の城壁》の効果が切れて、2ラウンド目セットアップに移行。



 ◆2nd Round



イワン:……《戦術》だけだ。最終形態は僕が火力支援する、それまで頑張ってほしい。

GM:では、イニシアチブ……ここで”トリグラフ”が動く!


「では、この白兵型の真骨頂をお見せしよう――トランス・モード」

 彼が静かに呟くと同時、”トリグラフ”は淡く赤い光を帯びる。その刹那――機体は赤い閃光となって、イワンたちの視界を過ぎった。


GM:《加速する刻》を使ってまず武蔵を攻撃。続けて通常のイニシアチブでマリアンナにエンゲージして攻撃! 最後に《加速する刻Ⅱ》でアンゲリーナに攻撃!

あえて言おう、通常の三倍だぁ!

マリアンナ:(復活処理をしながら)GMの生き生きした表情が目に浮かぶよう……。

アンゲリーナ:(上に同じく)本当に三倍の速さなのね……。


 瞬く間に三人をRGレネゲイドビームソードで斬り付ける”トリグラフ”。その姿を例えるなら赤い彗星だ。

 

イワン:「……疾いな。皆さん、無事ですか」

マリアンナ:「……くっ、何とかね」

アンゲリーナ:「無事……ではないけれど。大丈夫、まだ立てる……!」

美裂:「こっちも何とか……速いなんてもんじゃないわねあれ……」

シームボル:「この機体は形態を変化させることで、あらゆる状況に対応できる。そして、各形態の性能は、それ専用に特化したオーヴァードを遥かに上回る。あえて言わせてもらおう。”トリグラフ”は、伊達じゃない!」


 ここでようやくPCたちに行動の順番が回る。

 まず、イワンは待機。マリアンナはマイナーアクションでイワンにエンゲージして再び「コンボ:オールドブリリアント」を放った。


マリアンナ:(ダイスロール)……達成値44!

GM:ここはドッジを――

イワン:《インタラプト》。これで失敗だ。

マリアンナ:ありがとう。ではダメージ……(ダイスロール)47点装甲無視!


 高速で飛び回る”トリグラフ”を、イワンは冷静にパターン分析――その結果を、マリアンナに伝える。

 見事、硝子の偏差射撃が機体に刺さった。


シームボル:「当ててくるか!」

マリアンナ:「女の意地って奴よ。あんだけ啖呵切って外すなら、格好悪いだけだものね!」


 そして美裂とアンゲリーナの手番に移る。PL間で話し合い、美裂から行動することになった。


美裂:マイナーで”トリグラフ”にエンゲージ。メジャーで「コンボ:豪剣加羅断」を宣言!(ダイスロール)……達成値は57!

GM:ガードを宣言――と、同時に《蒼き悪魔》を発動。(処理しつつ)55点ダメージを受けたが、そっちにも18ダメージを受けてもらう。

イワン:そういうことやっちゃうよねぇ。


 わざわざモード・チェンジを搭載している以上、”トリグラフ”の加速状態には制約がある――と、美裂は読んでいた。

 その読みは正しかったようで、大立ち回りの後、赤い光の輝きが弱まり、機動性にわずかな鈍化を感じられた。その間隙を逃さず、美裂は疾駆する。


美裂:「どんなに速かろうが暴れた後は隙だらけってね!」

シームボル:「避け切れないか。ならば!」


 一陣の風となって美裂が放つ斬撃を、”トリグラフ”はRGビームソードで受け流し、斬り返す。

 反撃をもろに受けた美裂だったが、再生しつつ弾かれるように飛び退き、両足と右手の三点で身体を支えながら着地する。


シームボル:「この威力……。みんなの笑顔のために戦う――そんな理由で、こんな力を出せるとはね」

美裂:「誰かを泣かせるあなたなんかよりよっぽどましだと思うけど?」

シームボル:「そうだね。良い願いだ。しかし、僕を倒したところでキミの願いには届かない。この世界は歪み、多くの悲しみに満ちている。ただ一度、痛みを伴う変革でそんな世界は変わるんだよ。キミが皆のためを謳うなら、僕に協力すべきだ」


 さとすような優しい響きに乗せられた甘言。しかし、キッと見据えて美裂は言う。


美裂:「――莫迦ばかね、あなたは。人間はどれだけ悲しいことがあったって……どれだけ辛いことがあったって――!」


 美裂の脳裏に走馬燈の如く”ゾーン”の思い出が蘇る。

 その領域は、常に死と隣り合わせだった。

 戦死者の亡骸を見るのが哀しかった。遺族へ訃を報せる手紙を書くうちに涙で書き損じたこともあった。

 ニコライ前支部長が死んだときには、絶望感で目の前が真っ暗になった。

 それでも――


美裂:「何度でも立ち上がって。また笑えるように戦う意志を持っているのが人間なのよッ! くだらない理想でみんなを苦しめるあなたのような悪鬼の好きなんかさせるつもりはないッ!」


 刀の切っ先を”シームボル”に突き付けて、美裂は叫ぶ。

 美裂の想いは、彼女の手に握られた日本刀の如く、何度も打ちのめされ、その度に強度を増してきた。

 もはや、折れることなどありえない。


GM:次はアンゲリーナの手番だ。

アンゲリーナ:《コンセントレイト》《音速攻撃》《コントロールソート》で攻撃!

イワン:お手伝いしますよ。《支援射撃》。

アンゲリーナ:ありがとう!(ダイスロール)……53ね。そこに《勝利の女神》! 達成値+18! 最終達成値は71よ!

GM:こちらはガードだ。

アンゲリーナ:(ダイスロール)……54ダメージ!

GM:……戦闘不能だ。


 美裂が斬撃を加えた直後の間隙を、ヴィントレスVSSで狙いすまして関節部を射抜く。

 左脚の稼働部分から火花が弾けたと思った瞬間、”トリグラフ”は力なく膝をついた。


アンゲリーナ:「シームボル、あなたは変革に伴う痛みを、必要なものだと言う。だけど――私は、ベラにそんな世界にいてほしくない。あの子に変革の痛みを背負わせたりなんかしない!」


 ――オーヴァードが孤独でなくなる世界。

 シームボルの囁きは、アンゲリーナの心を確かに揺さぶっていた。

 天涯孤独で、軍に入って身を立てるしか生きる以外に術のなかった自分の人生を振り返り、両親を喪って同じ境遇となったベロニカを慮った。しかし――。


アンゲリーナ:「私は守るわ。ベラが笑っていられる世界を。そしてそこに、お前の理想が入り込む余地なんてない!」


 この”ゾーン”で、誰よりも優しく、誰よりも泣いた美裂の言葉を聞いて、決心したのだ。

 あの子ベラが笑っていられる世界は、自分の手で勝ち取ると!


アンゲリーナ:ここでベラのロイスをSロイスに指定するわ。

GM:了解。さて――ここでシームボルはまたも専用Dロイス「再誕者」で復活し、未行動になる。


シームボル:「そんなに彼女を心配するのなら、僕と共にオーヴァードが”日常”となった世界を作り、迎え入れてあげるべきじゃないのかな」

アンゲリーナ:「……私、意外と欲張りみたいなの。彼女の笑顔は”私が”守る。お前の手助けなんて、必要ない」

シームボル:「やれやれ、嫌われているね」


 苦笑交じりのシームボルの声。その声音には相変わらず緊迫感が宿っていない。

 まだ、彼には隠し玉があるのだ。皆、気を引き締めて対峙する中――機体を漂う淡い赤の輝きが光度を増して、完全に覆いつくす。

 次の瞬間、そこにあったのは――背にヒレ型のパーツを扇状に付けたトリコロールカラーの、シンプルに纏まった機影だ。


シームボル:「さて、キミたちが”真実”に辿り着いているか……これで確認できる」

マリアンナ:「……真実?」

シームボル:「この僕に無策で挑みに来たというわけではないだろう。ならば、答え合わせだ」

イワン:「……」

GM:まずイニシアチブで《異形の転進》。最初の位置に戻って、《コンセントレイト》《コンバットシステム》で射撃攻撃。目標は……(ランダム選択)マリアンナだ。

マリアンナ:私を潰しに来た!?

GM:達成値82だ。どうするかね。

イワン:カバーリングだ!


 ”トリグラフ”がRGライフルを構える。

 そして賢者の石で増幅されたレネゲイドの光が銃口から迸り、マリアンナを呑み込もうとした直前、イワンは”人間離れした力”でマリアンナを押し退けて身代わりとなる。


マリアンナ:「一人!?」

イワン:「んぬぅぁあああっ!!」 シームボルのロイスをタイタス昇華して復活!



 ◆3rd Round



GM:さて、3ラウンド目……おっと。ここで「形態判別」しておく?

イワン:必要ない。「……種明かしと行こうか」

「初めがニキータ。次がマルタ。もう分かるでしょう……今のお前は──僕だ」《戦術》《常勝の天才》!

シームボル:「ふん。なら、わかっているはずだよね。支援特化型と来たら、僚機との共同作戦が真骨頂ということが。行け、フィンビット!」


 シームボルの言葉と共に、機体の背面から何かが次々と離脱していく。

 それは統率された動きで縦横無尽に展開し、イワンたちを取り囲むようにして砲口を向けた。

 恐らくは、”レッドラバー”が用いていたドローンの改良型――!


GM:まず、シームボルのエンゲージに《戦力増員》で10体のフィンビットが登場。

アンゲリーナ:10体ィ!?

マリアンナ:私の処理能力を超えてる!?

GM:《サポートボディ》でダイスを増加。さらにこちらも《戦術》《常勝の天才》をかけて、《ファンアウト》で前と左右に2体ずつフィンビットを移動。

シームボル:「さて、これに対処する術があるのかな?」

アンゲリーナ:「例えどれだけ敵が増えようと……諦める理由にはならない!」

シームボル:「良いだろう。その決意に敬意を表して……仕留めさせてもらおう」


 イワンたちを取り囲むフィンビットの砲口に青白い光が灯り、その光量が強さを増していく。

 どこにも逃げ場はない。万事休すかと思われたそのとき――後方から砲声が轟き、数体のフィンビットの眼前で何かが弾けて一挙に撃墜。

 一瞬遅れて、それが対オーヴァード用キャニスター弾(大砲から発射する散弾)であると理解した。


シームボル:「……なに?」

レーラ:「待たせたわね皆! これから支援するわ!」

マリアンナ:「フフッ……相変わらずいいタイミングね、レーラ!」


 それに続いて、耳をつんざくような対物ライフルOSV-96の銃声と、機関銃の連射音が間断なく鳴り響き、左方に展開中のフィンビットが堕ちていく。

 その発射元にいたのは、リディアに、かつてマリアンナとアンゲリーナが贈り物を届けた際に詰所にいた軍の中尉たちだ。


中尉(GM):「Огонь!撃て! お嬢さん方と、あの日本人に近づけさせるな!」

リディア:「ドローンはこちらが引き受けます。皆さんは本命に攻撃の集中を」

美裂:「皆さん……」


 そして――右方に展開中にフィンビットに、二本の小剣が突き刺さり、大地に縫い付けられた直後、巨大な剣で叩き割られる。

 破壊されたフィンビットから炎と煙が上がる中、少女が躍り出て野趣ある笑みを浮かべた。


アリサ:「せっかくだ。最後の結末を特等席で見届けようじゃないか、なあ!」

シームボル:「このタイミングで、増援が間に合っただと……」


 茫然と告げるシームボル。気が付けば、形勢は逆転していた。

 いや――もしかしたら彼は、あらかじめこの展開を予想して――?


アンゲリーナ:「気づかなかったのね。イワンが本気を出さなかった理由に」

シームボル:「そういうこと、か」

レーラ:「皆! さっきのジャームの群れは別動隊が抑えてるわ。後ろは気にしなくて良い。全力で、あいつをぶっ倒しちゃいなさい!」

イワン:「それは、嬉しい言葉だ」

美裂:「さぁツキはこっちに味方したわ。あとは全力で潰すだけよ!」

アンゲリーナ:「信じていました、リトヴァク中佐、みんな……。さあ、最終局面よ!」

マリアンナ:「やりましょう一人かずと。これからが私達の殺戮ショーよ!」


 イワンが指示を飛ばす。そして各々が武器を構え直し、エフェクトを練り直し、最後の攻勢に最大のパフォーマンスを発揮できる態勢を整える。

 いかなる敵も、いかなる困難も、打ち破ってきた彼らの最強の布陣だ。


GM:イニシアチブ。シームボルの手番で《狂戦士》《導きの華》《ポイズンフォッグ》を周囲のフィンビット4体に使用。


「各機データリンク。迎撃準備だ」

 フィンビットが整列し、一斉砲撃の準備に入る。


マリアンナ:(話し合って先に手番となった)ダメ押しに、これが本当に目当ての賢者の石を搭載した形態なのかだけ判定しておくわ。(ダイスロール)……11、成功。

GM:この形態で間違いない。先ほどよりもレネゲイド出力が歪で不安定。回収が不完全だったからだ。

マリアンナ:「アイツから感じる。あなた一人のレネゲイドを……。正念場ね」


 そうごちるマリアンナの声は震えていた。

 機会はこの一度きり。この一撃に作戦の成否と、皆の命がかかっているのだ。


イワン:「……僕は、あなたの作る硝子が見たいな」

マリアンナ:「……フフッ、そう言われちゃったら、断れる訳ないじゃないの。あなたは、私の唯一のファンなんだから」


 ”トリグラフ”をじっと見つめたまま、マリアンナは傍に寄り添うイワン――いや、一人かずとに言う。


マリアンナ:「ねぇ、一人。お願いがあるんだけどいい?」

イワン:「僕にできることなら。――いや。アンナのためなら、なんだってやれるさ」

マリアンナ:「手……握って頂戴。それだけでいいから。それだけで、十分だから」


 らしくない、弱音だった。どんな化け物にも臆したことのない彼女だが、仲間を喪ってしまうのだけは怖かった。

 ノビンスク支部でいつも見せていたあの強気の態度は、一種の自己防衛だったのかもしれない。

 ”家族”を殺されたあの日の哀しみを二度と味わいたくないがために、自ら孤立を深めていく――そんな無意識が働いていたかもしれない。

 でも、マリアンナは得てしまった。家族とは違うけれど、喪いたくないと感じる仲間を。

 

イワン:「…………」


 震える手と身体が、暖かいものに包み込まれる。

 一瞬遅れて、手を握られただけでなく、後ろから抱きしめられたのだと気づいた。


マリアンナ:「――!? め、珍しくサービスしてくれるのね」

イワン:「気持ちは高まったかい? 結構、そのままやっちゃえ」

マリアンナ:「……ありがとう。お陰で……行けるわっ!」


 レネゲイドの励起と共に、空中へ浮かび上がる無数の硝子の杭。

 込められた力も、生み出された数も、今までより遥かに勝る。


「硝子しか作れない。賢者の石も作れない。出来損ないな私の……一世一代の大勝負! やって、やろうじゃないの!」


マリアンナ:宣言行くわね。「コンボ:スターファセット」を宣言。同時に真理の花も使用! 目標はフィンビット3体と”トリグラフ”!

イワン:最後の《支援射撃》だ。

マリアンナ:ありがとう。さらに《パーフェクトコントロール》!(ダイスロール)……55!

アンゲリーナ:《勝利の女神》! やっておしまい!

マリアンナ:ありがとう……ありがとう……これで達成値は73!

GM:《イベイジョン》を超えているのでフィンビットには攻撃命中。”トリグラフ”は《サポートボディ》でドッジのダイスが少ないのでガードだ。

マリアンナ:(ダメージロール)……80点のダメージよ! 《常勝の天才》も含めて116点!


GM:順番に処理していこうか。まず、3体のフィンビットは戦闘不能。そして専用Dロイス「再誕者」も無効化だ。

シームボル:「トリニティドライブの出力が低下……! マリアンナ・アレクサンド=ライト、僕を倒せる唯一の可能性に気付いていたか!」

マリアンナ:「えぇ。これが、私だけが得た可能性。賢者の石も作れず、モルフェイスとしても欠陥な私の……可能性!」


 高らかに告げて、マリアンナは寄り添う一人に少しだけ顔を向けて微笑みかける。


マリアンナ:「約束通り、あなたのこと……殺したわ、一人。賢者の石を硝子に変えるという大暴挙。確かにやり遂げた」

イワン:「……あぁ、綺麗だ。ありがとう」

シームボル:「見事だよ。だが、”トリグラフ”の戦闘機能は未だ健在だ。ここでキミたちを倒し、後で復旧させれば済むこと!」

マリアンナ:「それを、私たちがやらせる訳がないでしょうが!」

シームボル:「どうかな!?」


 ”トリグラフ”から光が分離して、撃墜されたフィンビットの中に落ちていく。

 ゆらり――と傷ついたフィンビットが浮かび上がり、再び砲口にレネゲイドエネルギーの光を灯す!


GM:《ブリッツクリーク》! シームボルは自分を再行動させて《要の陣形》《世界樹の葉》で先ほど撃墜された3体のフィンビットを復活させる!

美裂:再起動ですって!?

GM:一斉攻撃だ! 4機のフィンビットでPC全員を同時攻撃!(※あくまで演出で、実際にはひとつずつ処理しています)


 シームボルの指令と共に、フィンビットが一斉に火を噴く。

 一発一発が、鋼鉄を穿つほどの威力を秘めているそれをもろに浴び、イワンたちはぼろきれのようになりながら地に伏せった。


レーラ:「みんな!?」

マリアンナ:「……騒ぐんじゃないわよ。まだ、行ける。そうでしょ?」

アンゲリーナ:「まだ仲間が立ってる……ここで終わるわけにはいかない……!」


 皆が膝を突き、手で支えながら立ち上がっていく。最後に、幽鬼のようにイワンが身を起こす。


一人:「……ドヴァーは死んだ。残るのは……お前だけだ」


美裂:(話し合って先に動くことになった)マイナーで”トリグラフ”にエンゲージ。メジャーで「コンボ:静剣・空蝉」に《獅子奮迅》を宣言。《リミットリリース》も追加。ここが最後の大舞台。大見得切らずにいつ魅せる! いくわよ!(ダイスロール)61点!

GM:武器も破壊されたのでドッジするが――(ダイスロール)失敗!

美裂:(ダイスロール)……装甲無視92点! 《常勝の天才》もあわせて128点よ!

GM:”トリグラフ”、およびフィンビット全機、戦闘不能……!


 刀を鞘の中に納めて、一呼吸。瞼を閉じて、闇の中へと心を投じる。

 戦場の喧騒にあって、彼女の心は静かにたたえられた水のようであった。


美裂:「是はこの地に住まう者の祈り、願い、そして私自身の心……」


 目を見開き、神速で敵中に飛び込んで刀を抜き、払う。


「悪い夢ならもう見飽きた。これからは笑って過ごせる未来を生きるッ! まとめて消し飛べッ! 静剣……空蝉ッ!」


 きら、と剣閃がひらめいて、一瞬の静寂の後――

 フィンビットの群れは自爆装置の作動すらできずに真っ二つになって墜落し、”トリグラフ”の胴部にも火花散る深い刀傷が刻まれていた。

 ”トリグラフ”のツインアイセンサーから光が消え、ゆっくりと崩れ落ちていく。


シームボル:「人間が……”トリグラフ”を打ち破るというのか……」

美裂:「そうよ……これが人間よッ!!」

シームボル:「……そうか。ああ、素晴らしいな……人の可能性は……。だけど!」


 ツインアイセンサーに、光が戻った。


シームボル:「――……僕にも己の存在をかけた意地がある!」


 機体がレネゲイドの粒子に分解されて、リフトが昇ってきた場所から地下へと吸い込まれていく。

 すると、同じ場所から超高濃度のレネゲイドが噴出し――視界すら歪ませていく。


GM:《蘇生復活》《瞬間退場》でシームボルは退場。

 しかもここでレーラの部下から「”ゾーン”が急速に拡大中! 核発射の閾値まであとわずか!」と悲鳴のような報告が届くね。

アンゲリーナ:「まずい、これじゃ核のスイッチが押されてしまう……!」

マリアンナ:「……ちっ。なりふり構わずって訳!」


 悔しそうに睨むマリアンナ。

 シームボルを追って地下へ行けば、今よりさらに高濃度のレネゲイドを浴びてジャーム化は免れないだろう。


GM:しかし――ここでイワンは、自分の受けている影響が、他者のそれより少ないと気付く。

イワン:なに?

GM:君にはわかる。自分の体に埋め込まれた人工レネゲイドクリスタルが、高濃度レネゲイドを吸着しているのだ。視界が歪むほどのレネゲイドに満たされた領域へも進める。無論、君に戦闘能力はないが――そこでふと、自爆装置が発動しないまま撃墜されたフィンビットが目に付いた。


美裂:「クソ、このままじゃ……」

マリアンナ:「このレネゲイドを硝子に……いえ、いくら何でも間に合わない」


 ここまで来て――と全員が歯噛みする中、イワンがリフトに向かって、一歩前に進み出た。


「……アンナ」


「アンゲリーナさん」


「武蔵支部長」


アンゲリーナ:「……イワン?」

マリアンナ:「その顔、何か手があるの?」

美裂:「…………」

イワン:「そこのドローンを運んで爆発させれば、止められる。勿論手作業で、閉鎖空間の中だ。持って行った者は死ぬ」

マリアンナ:「……私も行くわ」

イワン:「無理だ。僕以外では、ジャーム化する。僕がやるしかない。だと言うのに、身体が動かないんだ……ハハッ、何でかな」


 その声は上ずっていて、握り固められた拳は震えていた。


マリアンナ:「……当たり前でしょうが。死ぬことに恐れを抱かない奴なんか……いるわけないでしょうに……っ!」


 何もできない悔しさで、ぎり、と歯を噛み締める。


マリアンナ:「……ジャーム化せず、死にもせず、帰ってくる手段はないの。ご自慢の頭で考えなさいよ! 足掻けって言ったでしょうが! 許さないわよ、そんなこと!」

レーラ:「残念だけど、こうなったらエリーゼを呼び戻して撤退を……。全員が助かるにはそれしかない」

美裂:「そんな……打つ手はないってことですか!」

アンゲリーナ:「っ……ここまで、なの……」

イワン:「…………」


 イワンがフィンビットの残骸を拾い上げる。そして、何も言わずに、彼はリフトに向かって走り出した。


アンゲリーナ:……咄嗟にマリアンナを羽交い締めにするわ。

マリアンナ:「この……アンゲッ!?」


 暴れて拘束を解こうとするが、抜け出すことは叶わない。

 体格差はほぼ同じで、しかも相手は軍人。どこを抑えれば人体を引き留めることができるか知悉している。


マリアンナ:「――……一人ッ!!」


 イワンを乗せたリフトが地下へ沈んでいき、その姿が完全に飲み込まれる前に、声を振り絞る。


マリアンナ:「……帰ってきなさいッ! 死に逃げなんて格好悪い真似……許さないんだから!」


 ごうんごうんとリフトが降りる低い音が鳴り響く中で、イワンはフィンビットの配線を繋ぎ直し、爆弾として機能するように整えた。

 その作業の間にも、彼は思考を巡らせた。生き残る方法はないかと。でも、何も思い付かない。

 答えが出ぬままリフトが着底する。動機が激しい。


 ――このまま行けば、死ぬよな。どうしたら、良いんだろうな。


 胸につっかえる言葉を押し込んで――イワンは、走り出した。


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