イワンの回想(2/3)
研究所から脱走した舟殳たちは、レネゲイド・ゾーンの外縁部に布陣する軍とUGNの包囲網への合流を目指していた。
空爆や戦闘で破壊された街は迷路のようで、しかも至る所にジャームが徘徊しており、これをなるべく回避して動いていた舟殳たちの歩みは遅々としたものだった。
この旅路の中で、もっとも消耗していったのは舟殳だ。
彼にとって、ゾーンは地獄以外の何物でもない。このレネゲイド濃度では、道端の花の一輪に至るまでジャーム化している可能性があるのだ。
目に映るものすべてが、あのおぞましき父と同じ、ジャームかもしれない……もしかしたら自分も、そうなるかもしれない。彼は夜も眠れず、目に見えて少しずつ体調を崩していく。
そんな状態が数日続いたある夜。無人の民家を拝借して、就寝する直前のことだ。
マルタ:「フナマタさん。最近眠れていないようですが……大丈夫ですか?」
一人:「心配は……いらないと言っても、無駄ですね」
ニキータ:「当たり前だろ。その目の下の隈、言い訳できねえぞ」
マルタ:「やはり……フナマタさんには堪えますよね。この領域は」
心配げな問いかけに、舟殳は力なく首肯する。
一人:「……ダメなんです。眠っている間に、僕が豹変していたらと思うと」
マルタ:「……。気休めかもしれませんけど、これを」
そう言って彼女が差し出したのは、ビン詰めにされた一輪の造花だ。
一人:「……造花……?」
マルタ:「私たちの拘束に用いられていた抗レネゲイド素材を、手作業で加工して作った造花です。この”領域”で唯一、レネゲイドに侵されていない存在と言えるでしょう」
ニキータ:「俺も手伝ったんだぜ、それ。フナマタは花とか好きらしいしな」
一人:「……」
造花を受け取る。
言葉に出来ない。この気持ちは、どう言い表せば良いんだ。
一人:「ありがとう……ありがとう、ふたりとも」
マルタ:「……この花が青い限り、あなたは堕ちません。対象の状態で色が変化する素材でできていますから」
一人:「これと一緒なら、グッスリ眠れそうだよ」
マルタ:「それは良かったです。では……おやすみなさい。まだもう少し、旅は続きますから」
一人:「最高の御守りだよ……これは、死んでも離さない」
造花の青さを目に焼き付けながら、舟殳は床につく。
不安や恐怖が完全に払拭できたわけではない。しかしそれでも、彼は久しぶりに穏やかな気持ちで眠ることができた。
彼らと一緒なら、この地獄のような旅路も乗り越えられると。
だが、その果てに彼らを待ち受けていたのは――。
* * *
舟殳たちは、冷たい空気の立ち込めた地下道を通って、領域外を目指していた。
地下道は幾分レネゲイド濃度が薄かったので、ジャームと遭遇する可能性も低い――そう判断してのことだった。
そして、階段を上り地上へ出ると――そこには、絶望的な光景が広がっていた。
無数のジャームによる、包囲だ。
ニキータ:「な、待ち伏せ……!?」
一人:「なら、何処かを突き抜け……!」
視線を配り、布陣の薄い個所を探すが、ノイマンの頭脳はすぐそれが困難であると導き出した。
周到な配置と統率。指揮官がいるのか――と、考えを巡らせたとき、集団の中から中性的な容貌の少女が進み出る。
リェチーチ:「ずいぶん、てこずらせてくれたわね、選抜検体ご一行様? こういうとき”人間”はこんな台詞を言うのよね。『無駄な抵抗はやめて、投降しなさい』って」
一人:「……チッ」
ニキータ:「……フナマタ。マルタ。先に行け。ここは俺が道を開く」
一人:「……ダメだ」
言下に否定するが、言葉とは裏腹に、ノイマンの頭脳は冷酷な結論を紡ぎ出す。
ニキータ:「あいつらは俺たちを簡単に殺すことはできない。時間を稼げるはずだ。わかるだろそれくらい。天才のお前になら」
一人:「分かってるよ。分かるんだよ。ニキータの言うことが正しいっていうのも。その結果――死ぬより酷い目に遇うかも知れないってことも」
マルタ:「そん、な……」
一人:「……距離を置いて頭を叩け。とにかく捕まるな。目一杯撃ち込め。以上だ」
ニキータ:「了解した。フナマタ、これを持って行け。最低限の護身用だ」
モルフェウス能力で廃材を変換して作り出した拳銃ワルサーP99を、イワンに握らせる。
それを受け取る一人の手は一瞬、本能的に強張ったが、無理やり意志でねじ伏せた。
一人:「……ああ、分かった」
ニキータ:「ありがとよ。これで俺は、お前らを守るという体で戦える。自分のカッコのためじゃなくてな」
手を振って行く、彼の背中を見つめる。
ニキータは、敵の只中で地面の瓦礫に手をつくと、物質を変換して錬成――《ヴィークルモーフィング》を実行。
光が輝くと、そこには人型の多脚戦車が佇んでいた。
「お前らの目指す世界なんて……俺は嫌だね!」
鉄騎がジャームの群れに突撃し、道を切り開いた瞬間――彼らは、その足元を潜り抜けていく。
激しくぶつかる鋼の音。轟砲が火を噴く音。
その結果を見届けることなく、彼らはその場を切り抜けた。
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