第1話:ミドルフェイズ07

◆ Middle07/Scene Player――マリアンナ ◆



 イワンが目覚めてから、二日が経過した。

 彼は病み上がりの身でありながら献身的けんしんてきに尽力し、周囲の信頼を勝ち得ている。

 美裂なんて、同じ日本人ということもあってか、まるでもう仲間になった気でいる。


 ――けれど。彼には、イワンには、疑問点が多い。

 が必要だ。私の目的を果たすためにも、不安要素は取り除かねばならない。



GM:では、シーンを切り替えて……他にやりたいことなどがある人は? ないなら美裂のシーンを1つ挟んで交流フェイズを終了するけど。

マリアンナ:う~ん……そうね、ちょっとやりたい事が。

GM:……む? 何でしょう?

マリアンナ:イワンとちょっと話してみたいの。そんなに長くなるようなシーンではないから。

イワン:私ですか。

GM:イワンもよろしいのなら、どうぞ。

マリアンナ:侵蝕率は大丈夫?

イワン:ええ、良いですよ。問題ありません。

マリアンナ:では、描写は――。


 木材を運び終えた後、疲労困憊となったイワンは、自室に戻って休憩していた。

 最終ラウンドまで戦い抜いたボクサーのように、燃え尽きて肩を落とし、オフィスチェアに座り込む。

 しかし、それでもほんの少しすると呼吸が整い始め、体の熱が引いていくのを実感する――言うまでもなく、これはオーヴァードの回復力の為せる業。

 その事実から目を逸らすように白い天井を見上げていると、スチールドアをノックする硬質な音と一緒に、マリアンナの声が聞こえた。


「……イワン、いる?」


イワン:「……ん? その声、マリアンナさんですか?」

マリアンナ:「ええ。入ってもいい?」

イワン:「……どうぞ」


 IDカードを翳し、生体認証をするとドアがスライドして引っ込んでいく。

 物理的な鍵穴は、そのままありの一穴となりかねないので重要な部屋はすべてこの二重ロック方式だ。

 それでも決して安心できないのが、レネゲイドとオーヴァードの恐ろしさだが。


マリアンナ:「邪魔するわ。……何よ、クタクタじゃない」

イワン:「あぁ……はは、先程まで木材調達に出ていたものでして」

マリアンナ:「あら、それは大変だったわね。もっと体を鍛えた方がいいんじゃない?」


 言葉の割に、ねぎらいの色が伺えない台詞に続けてマリアンナは言う。


マリアンナ:「ところで、アンタに少し確認したい事があるのよ」

イワン:「何でしょう」

マリアンナ:「アンタ……シンドロームはノイマン”だけ”?」

イワン:「一体何を仰いますか。正真正銘ピュアブリードのノイマンですよ」

マリアンナ:「そう。まぁ、それはそうよね……」


 事前に確認したUGNの登録データや病院の検査結果にも、彼のシンドロームはピュアブリードのノイマンと表示されていた。

 あるときを契機けいきに、後天的に新たなシンドロームを獲得するオーヴァードが増えたので、念のために疑ってかかったのだが――この反応から見るに、杞憂きゆうだったらしい。


イワン:「……貴方の聞きたい事とは、それだけでしょうか」

マリアンナ:「……次よ。アンタ、ここ最近の記憶がないみたいだけど、身体のどこかに見覚えのない”あと”とか出来てない?」

GM:ちなみに病院の検査では、そのような痕跡は発見されなかった。

イワン:「いえ、ないですが……」

マリアンナ:「……本当に?  ……ちょっと確認させない」

――と言って上半身を”   ”にかかるわ!

イワン:!?

GM:!?


 なお、このとき――GM発言で気になるような痕跡はないとはっきり告げたが

 マリアンナのPLは「あ、うん、わかってるわ。これは楽しむためだから」とにべもなくばっさり切り捨てたのであった。


イワン:「まっ、何ですかいきなり!? 自分で脱げますから!」

マリアンナ:「ちょっと、抵抗しないで。よく見えないでしょ」

イワン:「いやだから見たいなら脱ぎますから離して下さいって! ちょっと!」


 そうしてしばらく、取っ組み合いを演じた後。

 ”確認”を終えて、マリアンナはどこか安心したように言う。


マリアンナ:「……”ない”わね。だったらいいのよ」

イワン:「ぁ……うう……何だったんですか一体……」

マリアンナ:その言葉に応えず「……にしても、あんた体つき貧相過ぎない?  妙に肩幅はあるけれど……」

イワン:「なんなんですか藪から棒に……骨格は仕方ないでしょう、男なんですから」 剥かれた服を着なおす。

マリアンナ:「……は?」


 間の抜けた一声が、マリアンナからこぼれた。


イワン:「まさか、女だと思って剥きに来ましたか」

マリアンナ:「えっ……あれ? えっと……」

イワン:「私はこんな言葉をあまり使わないのですが、ハッキリ言いますね」

深呼吸して、きっとにらみつける。「――馬鹿ですか!?」

マリアンナ:「~~ッ!?」

イワン:「支部長も警戒心なければ貴方も警戒心ないですね!?」

マリアンナ:「――ッ! アンタが中性的な顔つきなのが悪いのよ!」

イワン:「いや、いやいやいやいや」

マリアンナ:「ああもうっ! 恥をさらしただけだったじゃない! もういいわ!」そう吐き捨ててドアへ向かう。

イワン:「……えぇぇぇ……剥かれ損……」

マリアンナ:「うっ……悪かったわよ」


 ドアの開閉パネルに指をかけようとして、その直前で何かを思うようにマリアンナは立ち止まる。

 わずかな沈黙。


マリアンナ:「アンタ、もし万が一……変な”あと”が体についたら、その時は私の所に来なさい」


 背後でいぶかしむイワンをかえりみることなく、次の句を告げる。

 咎人とがびとに裁きの執行を宣言する処刑人のような、底冷えのする声音。


「――私自らが直々に殺してあげるから」


 小さな駆動音と共にドアが開き、マリアンナは立ち去っていく。

 イワンはそのまま、開放されたドアを茫然と見つめ――それが時間経過により自動的に閉じた後――どこかしたように、胸を撫で下ろして既にいない彼女に呟く。


「わかりました――あなたは、私を”殺してくれる人”なんですね」


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