第2話:エンディング03
◆ Ending03/Scene Player――マリアンナ ◆
UGNノビンスク支部の無機質な白亜の廊下。経費節減のためか薄暗いその空間に、彼女はいた。
最初に会った時と同じように、マリアンナが自室に向かう途上にて。
これまた同じように、獣を連想させる野趣ある笑みを浮かべて。
”始末屋”アリサ・トツカは佇んでいた。
アリサ:「よう、マリアンナ」
マリアンナ:「あら、なんの用?
アリサ:「――だとしても、わざわざ別れの挨拶に来たりするかよ。ちょっと聞きたいことがあっただけだ」
若干呆れたように表情を崩してマリアンナを見る。
マリアンナ:「なによ今度は。まぁ、手伝って貰った手前断れないけど。……で? 聞きたいことって?」
アリサ:「お、意外に素直だな」
物珍しそうにそう言って、彼女は本題に入る。
「……ひとまず”レッドラバー”を討って仇は取れたわけだが……お前はこれからどうするんだ? まだUGNにいるのか?」
マリアンナ:「……」
口を結び、目を瞑るマリアンナ。
もともとUGNに鞍替えした”裏切り者”になったのは、”レッドラバー”への復讐を果たすため。
その悲願を果たすために全力を費やすばかりで、後の展望について考えたことがなく、返答に少し窮した。
マリアンナ:「……長年の”願い”が叶ったからかしらね。なにも思いつかないの。今はまだ特に考えてないわ……ただ」
アリサ:「あん?」
マリアンナ:「今はまだ、ここに居てみようかと思うわ。きっと……”私”の宿命はまだ終わってない」
――まだ、”ゾーン”には謎が残っている。
自分に失敗作の烙印を刻み、そして何も成果を残せず潰えたはずの”ジェムストーン計画”の真相。イワンの過去の真実。
すべてを明らかにして、決着をつけなければならない。
アリサ:「そうか。まっ、好きにすりゃいい。それがFHだ」
マリアンナ:「ええ、そうするわ。こことも腐れ縁になってきたしね」
ちっちゃいくせに苦労を抱える評議員や、幾度となく衝突を繰り返した自称名探偵、お人好しが過ぎる支部長、そしてあの死にたがりの日本人……。
彼らのことが気にならないと言えば、嘘になる。
アリサ:「へぇ。あたしもこのRZを見逃すことはできないもんでね……もう少し、お前との縁も続きそうだな」
マリアンナ:「……それはなんでよ?」
アリサ:「簡単だろう? RZに触れた人間は、オーヴァードやジャームに変貌する。もしもこれが拡大すりゃ、誇りなきオーヴァードの大量発生だ」
マリアンナ:「はっ! 成程ね。それはアナタの
実に彼女らしい思考だと、得心が行ったマリアンナはくつくつと笑う。
ただ単に、己のポリシーに反するというだけで、この”領域”に挑むつもりなのだ。彼女は。
アリサ:「ああ、もちろんUGNと馴れ合うつもりはないぜ。安心しろ」
マリアンナ:「えぇ、それはそうでしょうとも。アンタはFH、私は一応UGN。本来、仲良しこよしで歩ける間柄でもないもの」
アリサ:「そうだな。しかし――性根はFHだよ、お前」
言われて一度押し黙り、マリアンナは短く思考する。
――これから先の自分がどうなるかはわからないが、それでも”どう生きていくのか”は即座に結論が出た。
『変わらない』。
己の”欲望”に素直に生きる。それは、紛れもなくFHの在り様だ。
マリアンナ:「……でしょうね。私の魂は……まだあそこにある。こればっかりは、覆しようがないもの。今まであったこと、やってしまった失敗、歩んできた道……それを”なかったことに”なんて出来るはずがないのだから――」
マリアンナは肩を竦めて、はっきりと宣言する。
「私の魂と矜持はFHよ。恐らく、今後一生ね」
アリサ:「だろうな。ははっ、これはこれは……とんでもない
マリアンナ:「ええ、裏切り者上等。私は、私の歩んだ道に引け目なんて感じない。後ろ指指す奴は……こうよ」
顔の前で人差し指を立てるマリアンナ。
その指先に小さな硝子の結晶が形成され、即座に弾けて消える。
悪戯っ子のような――と形容するにはいささか不敵に過ぎる――マリアンナの微笑が浮かぶ。
マリアンナ:「何故ならそれは……私と私の家族を侮辱することなのだから。私はこれからも心に正直に生きる――……”心に従う”わ」
アリサ:「なるほどな。最初から見所があるとは思っていたが――気に入ったよ、お前のこと。
これからもその生き方に嘘をつくなよ。まあ――安心しろ。もしお前が道を違えたときは、あたしが直々に裁きを下してやる」
マリアンナ:「はっ! えぇ、その時は遠慮なく殺して頂戴。そんな私は、想像するだけでも反吐が出るわ」
ふたりで視線を交わして笑い合う。だが、そんな時間も長くは続かない。
ひとつふたつ向こうの廊下に、複数の忙しない靴音が迫ってきているからだ。
「…………」
同時に視線を外し、アリサは白亜の壁に溶け、マリアンナは踵を翻して何事もなかったように歩みを再開する。
廊下に、カツカツと孤独なブーツの音が響き渡る。彼女を追う者は誰もいない。
「――……ひとまず、大事な用事がひとつ終わったわ、皆」
自室のセキュリティシステムにIDカードをかざして、ドアが開いた瞬間――。
不意に彼女は振り返って零す。それも、親しい者に語りかけるような穏やかな声音で。
「まだ私の戦いは続く。お墓参りは……もう少し先になるけど我慢して頂戴?」
「お土産話……一杯持って帰るから……」
そう言い残し、彼女はドアの向こうへと消えた。
後に残されたのは、無音の静寂のみ。
それはまるで、マリアンナの心のようだった。
怒りと悲しみを薪にくべ、暗夜を照らす復讐の獄炎はここに燃え尽きて、彼女は静かに白む朝を取り戻したのだ。
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