第2話:エンディング02
◆ Ending02/Scene Player――アンゲリーナ・ラストヴォロフ ◆
アリサによって回収されたベロニカは処置を受けた後、UGNの息がかかったモスクワの大病院に搬送された。
なにしろ、実質の心臓移植手術――オーヴァードになったとはいえ、身体の負担は著しくまだ目を覚まさずにいる。
アンゲリーナは、無数のチューブに繋がれ眠っているベロニカを見舞い、病室を後にする。
――と、それを待ち構えていたかのように、ひとりの男と鉢合わせた。
ユーリィ:「おや……アンゲリーナ・ラストヴォロフ。ノビンスクの名探偵にして名スパイ。此度も大活躍だったそうだね」
アンゲリーナ:「おつかれさまです。恐縮です、ユーリィ支部長」
ユーリィ:「作戦の顛末は伺っているよ。キミたちは凄いな。あのような困難な状況で、彼女を救い出すとは」
アンゲリーナ:「それが出来たのは、支部の皆の力があればこそでした。私だけでは……名前ばかりの名探偵だけでは、とても」
しゅん、と項垂れて碧眼を陰らせるアンゲリーナ。
アンゲリーナ:「いえ、支部の皆だけじゃない……自分を支えてくれる、大勢の人たちの力……それを痛感しました」
ユーリィ:「ふむ……軍の秘蔵っ子と聞いていたが……どうしてなかなか、良い子じゃないか。
だが、しかし。老婆心から、言いたいことがある。元・
ユーリィはもとより精悍な面構えの男であったが、KGBの名を口にした途端、眼光がより一層鋭さを増したようにアンゲリーナは感じた。
ユーリィ:「キミは、いささか優しすぎるな。軍人としてやっていけるのか、不安になるくらいに」
アンゲリーナ:「っ……それは……」
思わず言葉に詰まる。
そう言われるのも当然だろう。アンゲリーナも理解している。軍人としてはベロニカよりも任務を優先すべきであった、と。
しかし、できなかった。その挙句にベロニカはオーヴァードに覚醒し、二度と普通の日常に戻ることは叶わなくなった。
ユーリィ:「もし、その気があれば、何時でもUGNを尋ねるといい。……実を言えば、私もルビャンカのやり方に慣れなかったクチでね」
アンゲリーナの肩に手を置き、彼は計算七割――忠告三割にそう告げる。
彼自身、国益のために戦うよりも、世界の守護者をやっているほうが気が楽であった面は否めないのだから。
アンゲリーナ:「……もったいないお言葉を、ありがとうございます。ご厚意は、胸にとどめておきます」「……質問を、よろしいでしょうか」
ユーリィ:「ん?」
アンゲリーナ:「ベラ……ベロニカの今後の処遇について、UGNの方ではどのように……?」
ユーリィ:「ノビンスクで覚醒したオーヴァードの処遇に関しては、まだ政府機関と調整中だ。どこが引き取るかは、決まっていない」
アンゲリーナ:「そう、ですか……ありがとうございます、ユーリィ支部長」
ユーリィ:「ただ、出来れば彼女自身の意志を尊重したいと私は考えている。政府機関のほうも同様にな。彼女が目覚めたら、進路の相談に乗ってあげなさい」
アンゲリーナ:「はい、そうします。彼女は……大切な友人、ですから」
ユーリィに礼を告げて別れ、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、病室に背を向ける。
UGNの医療スタッフ以外の姿が見えない病棟の、白亜の廊下を歩きながら、ひとり思いを馳せる。
(軍人に向いてない、か……リトヴァク中佐にも言われたっけ)
その通りね、と自嘲する。
軍人が任務ではなく個々の良心に従って動くようになれば、軍隊という組織は機能しなくなる。
今回は現場の指揮権が武蔵美裂にあったから、命令違反とはならなかったが、これが軍単独の作戦であればどうなっていたか。
(それに……結局、私にできたのはあの子をこっちの世界に引き込むことだけ……)
彼女はこれからの人生、オーヴァードとして生きることになる。
ジャーム化の恐怖に苛まれ続け、FHのような組織に狙われるリスクも背負うことになる。それを、助けた、と言えるのか。
(……ふ、名スパイが聞いて呆れるわね。これじゃ、ベラに笑われちゃうかしら)
思考が堂々巡りになって、救いを求めるようにベロニカの笑顔を思い起こす。
――勉強が苦手でも、授業を真面目に聞いて、解法に辿り着いたときの笑顔。
――両親がいなくても、それを周囲の避難民に感じさせないように笑顔を振りまいていたこと。
――そして、最初に出会ったとき。名探偵を自称した己を、きらきらと輝く眼差しで見ていた彼女。
(――それでも。あの子にとって私は名探偵で、今の私は”
そして、”ゾーン”のすべてが終わったとき……ベラ、私はあなたを――……)
少女は顔を上げて、キッと眼前を真っ直ぐに見据える。
哀し気な陰影に揺らいでいた碧眼が、迷いを振り切ったように光を宿す。
胸にひとつの決意を秘めて、”
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