第3話:ミドルフェイズ06

 ◆ Middle06/Scene Player――美裂 ◆



 ロージナ作戦の開始まで、あと二日。美裂とアンゲリーナは、レーラと一緒に宿舎の様子を見回っていた。

 人革機関の目的や核ミサイルの情報がリークされたことで、UGNには大きな衝撃が走った。彼らと協力して核ミサイルを止め、人類を進化させるべきという意見が、UGN内に瀰漫びまんしつつあるのだ。

 この動きに呼応して離反者が現れれば、作戦が崩壊する恐れがあったのだが――


レーラ:「色々見て回ったけど、離反者はいないみたい。まあ、軍はもともと秘密を守れる人間を送ってきてるけど」


 ロシア軍の人員構成は徴兵、契約軍人、将校及び準将校の三種に分けられる。

 このうち、ノビンスクに派遣されるのは一定の勤続年数を持つ契約軍人志願兵か、将校のみとなっている。

 また、契約軍人は専門性の高い海軍や空軍への配備が優先されている。だから今、ノビンスクにいる兵士は軍の虎の子とでもいうべき人材なのだ。

 そのため、今回の情報リークでも駐留軍の動揺は少なかったのである。

 

レーラ:「でも、ノビンスク支部の人たちがついてきてくれるのは、あなたの人徳かもね。武蔵」

アンゲリーナ:「一安心ですね、支部長」

美裂:「そう言ってもらえると助かります。でも、彼らの意見に同調する人も少なくないですね」

レーラ:「……ええ。ミサイルの件はもちろん、人類すべてをオーヴァードに進化させるという考えに賛同する者も多いわ」


 オーヴァードというのは、殆どの場合”なりたくてなるもの”ではない。

 ある日突然、何の前触れもなく目覚めるものであり、彼らは否応なく非日常の世界に巻き込まれて来たのだ。


アンゲリーナ:「……少しだけ、わかる気もします。非日常に生きるということは、それだけで人に孤独を植え付ける……」

美裂:「アンちゃん……」

レーラ:「でも、全人類がオーヴァードになれれば、その孤独から解放される。自分たちが”日常”になれる。それが、オーヴァードにとってどれだけ甘美な響きか」

アンゲリーナ:「……抗いがたいと思うのも、無理はありません」


 そこで、美裂が足を止める。

 何事かと心配そうにふたりが視線を送ると、彼女は拳を固く握りしめて、絞り出すように言った。


美裂:「――だからこそ、私は許せないんです」

アンゲリーナ:「……支部長?」

美裂:「日常を勝手に書き換えて、おまけに全人類のオーヴァード化? そんなの……ニコライ支部長が望んだ世界なんかじゃない!」


 ”ゾーン”発生から1年余りの間、ニコライを筆頭に少なくない殉職者が出た。

 だが、彼らは皆、この”ゾーン”という災厄から、人々の日常を守る盾となって死んでいったのだ。


美裂:「みんなの日常は、そんな簡単に手放していいようなものではないはずです。

起きた過去は変えられない。それが辛いと言う気持ちはわかる。でも、未来はまだ変えられる! その未来を守るために、私は――」


 星空を仰ぐ美裂。


美裂:「私は……何が何でもシームボルを止めて……RZも消滅させます。今の日常を大切にしてほしいから……笑顔でいて欲しいから……」


 それは、亡き者たちへ捧げる、美裂の誓いだった。

 きっと、このときの彼女の藤色の瞳には……この戦いに散った者たちの顔が浮かんでいた。

 

レーラ:「……変わらないわね。その恥ずかしいぐらい真っ直ぐなとこ」

美裂:「それしか取り柄がありませんから」

アンゲリーナ:「あなたが、私たちの支部長で良かった……心からそう思います」


 裏表のない真っ直ぐな美裂の理想。

 それが”ゾーン”で戦う者にとって、どれだけの希望となってきたことか。


レーラ:「しかし、戦力不足は痛いわね。あなたたちも頑張って準備してくれたけれど……」

美裂:「……やれるだけのことはやりました。あとは全力を尽くすのみです」

レーラ:「そうね……うん?」


 そのとき、彼女らの前に現れたのは一台の軍用車両だ。

 ドアを開けて出てきたのは、ロシア軍の将校だった。


ロシア軍指揮官(GM):「リトヴァク中佐。武蔵支部長。我々は独立オーヴァード特殊任務大隊です。我々も指揮下に加えてください」

レーラ:「……待って。そんな辞令、聞いてないけど?」

ロシア軍指揮官:「独断ですので」

アンゲリーナ:「(唖然)」

レーラ:「……くく、とんでもない連中ね。どうする武蔵?」

美裂:「是非もないですよそんなの。ご協力感謝します。一緒に戦いましょう!」

レーラ:「これならUGNの穴を埋められるかもしれない。作戦を練り直すとしましょうか」


 先程よりも軽くなった足取りで、ノビンスク支部へと向かう一行。

 その帰路の最中で、足を止めることなく、レーラがアンゲリーナを呼んだ。


レーラ:「……ねえ、リーナ。あなたの心が、軍から離れているのは知ってる。引き止めるつもりもない。でも、覚えておいて。現場には、こんな人間もいるんだってこと」

アンゲリーナ:「っ……はい、心に刻んでおきます。共に戦う、戦友として」


 夜空に浮かぶ月を見上げて思いを馳せる。

 様々な出来事があったノビンスクの戦いも、決着のときが近づいている。


アンゲリーナ:「(……これが最後。これが終われば、私も、皆も……そしてベラも……それぞれ新しい道へと踏み出す。なら、私は。私はどんな道を選ぶ? ……決まっている。私は、ベラ、あなたと……)」


 それぞれの決意と想いを胸に、決戦までの残り少ない夜は更けていく。


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