第2話:オープニング03
◆ Opening03/Scene Player――美裂 ◆
ノビンスク支部長・武蔵美裂は、改めてUGNの一員として支部に属することになったアンゲリーナを傍らに控えさせ、執務机を挟んである人物と対面していた。
一七〇センチを超える長身を軍服に包んだ、黒髪碧眼の女性だ。
彼女は整った敬礼を行うと、アルトの
リディア:「
アンゲリーナ:「諜報員、”
アンゲリーナが答礼する横で、美裂はいつも通りの人当たりの良い微笑でねぎらった。
美裂:「はい。どうもご苦労様。大変だったでしょう」
リディア:「仕事ですから。それに少し、楽しみでもありました。あなたのことは、中佐……レーラ・リトヴァク評議員からよく伺っておりますから」
美裂:「レーラ評議員……私のことなんて言ってんだろ。ちょっと怖いんだけど……」
アンゲリーナ:「前支部長の志を受け継いだ有能な人物……ってところじゃないかしら?」
リディア:「そうですね。他にも例えば、他人の助けになりたくて、わざわざ
褒めているのかどうか、微妙なニュアンスを含意しながら苦笑を浮かべるリディア。
リディア:「軍のことは余り快く思っていないと聞き及びますが、私情と任務は分けて考えられる方と信じております」
美裂:「軍がどうこうって言うつもりはないけどね。お互いが歩み寄れるなら私はそれが一番だと思ってるわよ」
リディア:「実直な人ですね。ヴァローナの言う通り」
アンゲリーナ:「ええ、支部長は誠実な人物です。私が保証します」
指揮系統に関する書面を交わし、手続きを済ませる。
――ロシア語の文章にも慣れたものね、と美裂は思う。多少時間はかかるが、専門的な内容も辞書なしで読み解けるようになった。
直筆サインを記入して手渡し、あとはリディアを見送るのみ――という段になって、彼女はこう切り出す。
リディア:「……ところで、私事で申し訳ないのですが、こちらには共同墓地がありますよね? 場所を教えて頂けますか?」
美裂:「……いいわ。あとで案内する」
リディア:「ありがとうございます。前支部長……ニコライは私の父に当たる人物でして。もっとも、父と母は別居中で、私は母方の姓を名乗らせて頂いていますが」
アンゲリーナ:「そうでしたか。直接の面識はありませんが、立派な人物だったと聞いています」
リディア:「立派な人物、ですか……」
美裂:「アンちゃんの言う通り。私もこのノビンスク支部長として役目を担った以上、ニコライ支部長に負けないくらい頑張るつもりよ」
リディア:「……。父は、私や母について、何か言っていましたか?」
美裂:「ただ一言。『愛している』と」
リディア:「……そう、ですか」
ギリッと、歯噛みする悔し気な音が美裂には確かに聞こえた。
リディア:「……長年家庭を顧みず、何を今更……」
美裂:「細かな家庭の事情はわからないけど……きっと本心の言葉だと私は思うわ」
リディア:「――ええ、きっとそうなのでしょうね。不器用でしたから」
美裂:「だから許せとは言わないけど――きちんと胸に留めてもらえるとニコライ支部長も浮かばれるかなって」
リディアが小さく息をつく。賞賛半分、呆れ半分である。
”報告通り”誠実な人柄だ。
恥ずかしがる仕草もなく、さも当たり前のようにクサい言葉を口にする様子から実感し――リディアは少しだけ羨ましがった。
リディア:「……わかりました。何の因果かこうして”日常の裏側”に携わるようになり、父の見方も変わりましたし……」
そう言って言葉を一度区切り、
「ひとつ、お願いがあるのですが、よろしいですか?」
美裂:「うん? なんでしょうか」
リディア:「RZの事が片付いたら、墓を家の傍に移してやりたいのです。母も、一緒の墓に入りたいと」 と、彼女は少し寂しそうに笑む。
美裂:「……えぇ。許可しましょう。是非そうしてあげて」
ニコライの名が刻まれた八端十字架の下の棺には、何もない。だが”オーボロテニ”の断片サンプルならば研究用に少数残されている。
事が片付いたなら、棺に納めよう。そして家族のもとへ帰そう。口には出せないが、心に決める。
リディア:「ありがとうございます」そう言って今度はアンゲリーナに向き直る。「それから、”
アンゲリーナ:「それは……理解しています。ですが、私個人の時間を利用して捜索を続ける分には……問題ないはずでは、ないでしょうか」
冷たく事務的な言い方をするリディアに、アンゲリーナは抗弁する。
すると、無言で距離を詰められた。十数センチの身長差に、若干の威圧感を覚えながら次の句を待つと――
リディア:「……そうですね。任務に影響のない範囲で、要救助者を助けるのは問題ありません。国民の生命と財産を守るのも軍人の使命ですから」
柔らかくそう告げ、アンゲリーナの肩に手を置くと、リディアは退出していく。
美裂がその背中にねぎらいの言葉をかける横で、アンゲリーナは誰にも悟られぬようにほんの少しだけ表情を張り詰めさせた。
気づいてしまったのだ。リディアとすれ違う一瞬、紙片をポケットの中に差し込まれていたことに――。
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