第3話:クライマックス02
◆ Climax02/Scene Player――全員 ◆
レネゲイドが発する”圧”を辿り、より濃く、より深い地点を目指して走る。
足が痛い。心臓が痛い。体力はとっくに限界だ。
しかし、止まらない。止まれない。少しでも休もうとすれば、そのまま伏せって二度と起き上がれまい。
それでは、何の意味でここまで来たのかわからない。
――祈りが通じたのだろうか。
走り続けてしばらくすると、通路の先に空間が広がっているのが見てとれた。
到着すると、そこは淡い光に包まれていた。自然と、その中心に鎮座する光の発生源に目が行く。
花型の結晶だった。そこから莫大なレネゲイドが放出されている。間違いない。あれこそ”ゾーン”の中心地だ。
爆弾を抱えて走る。しかし、それを阻むように――彼が立ち塞がった。
シームボル:「……まさか、戦闘能力を持たないキミがここまで来るとはね」
”トリグラフ”。
全身の可動部から火花を散らし、装甲は剥がれ落ち、その動きは先の大立ち回りが見る影もなく鈍化している。
イワンは、大破したその機体を疲労に霞んだ目で見上げる。
イワン:「ぜぇ……ぜぇ……」
シームボル:「そのドローンを抱えて自爆するつもりかい?」
イワン:「……それしか、方法はない」
共に、満身創痍。
されど、相手は数々の英雄の手を渡ってきて、自らも英雄にならんとするオーヴァード。
一方の自分は、レネゲイドから目を背け続け、攻撃用のエフェクトのひとつもない有様だ。
わずかに可能性があるとすれば、決死の自爆しかない。
イワン:「お前と一緒に死ねるなら……」
シームボル:「……レネゲイド領域発生源の遺産の出力をオーバーロードさせた。ジャーム化比率は格段に上がってしまうが、トリグラフを再建すれば人類の運営に支障はない。だが、その前に核が放たれるだろう。君に帰り道があるとすれば最後のチャンスだ。早く退散することを勧めるけど――」
気遣ってさえいるような口調を遮って、イワンは無言で一歩を踏み出した。
ずきり、と脚の筋肉に痛みが走る。だが、不退転の決意は揺ぎ無く――その様子を見て、シームボルは己の愚を認めた。
シームボル:「――そうか」
”トリグラフ”は腰部に装着されたRGサーベルを掴んで両手に持ち、腰を落とした構えを取る。青白い光が発振され、輝く刀身が形成される。
シームボル:「いい覚悟だ」
イワン:「……光栄だな、英雄」
”ゾーン”最後の戦いが、始まった。
◆1st Round
GM:戦闘処理を始める。戦闘終了条件は、トリグラフの撃破、もしくはイワンが15m先の遺産に到達して自爆すること。1ラウンド目、セットアップ。
イワン:何も、ない。
GM:イニシアチブ、”トリグラフ”の行動。マイナーで《原初の青:インフィニティウェポン》。メジャーで全力移動。イワンにエンゲージ。
イワン:離脱を行う。目標へ向けて、13m。
RGビームサーベルを持って迫る鉄騎の股下に滑り込み、遺産目掛けて一目散に走る。
あと二メートル。
遺産に辿り着いて自爆すれば、すべてが終わる。簡単なことだ。
そう、とても簡単なことだけど――
――今、死ぬのが、とても怖い。
GM:クリンナップ。特になし。
イワン:僕もない。
GM:それでは2ラウンド目セットアップ――の、前に。残されたPCたちのほうへ、視点を移そう。
◇ ◇ ◇
――イワンの姿が見えなくなって、しばらく。
ようやく、アンゲリーナはマリアンナを拘束から解放した。
レネゲイド濃度は密度を増していく。もう追いかけることはできない、と踏んだのだ。
マリアンナ:「……はぁ、アンゲ。やってくれたわね」
美裂:「いや、よくやったわアンちゃん」
アンゲリーナ:「……軍人、ですから」
帽子の鍔を引っ張って、目元を隠す。
マリアンナ:「どこまでもくそ真面目ね」
アンゲリーナ:「……ごめん、マリアンナ」
マリアンナ:「言っておくけど、私は意地でもここを離れないわよ。帰ってくるかもしれないあいつを、独りにしてたまるものですか」
美裂:「……わかってる。私もここで待つわ。彼は必ず帰ってくる」
アンゲリーナ:「私も。残らせて下さい」
皆、十分に理解しているはずだった。残っていても、待ち受けるのは確実な死であると。
”ゾーン”を狙っている核ミサイルは
迎撃は不可能で、防ぐ手立てもない。
レーラ:「……ここであなたたちが死んだら、一番悲しむのは彼よ? それでも、残るって言うの?」
マリアンナ:「死なないわ。生き残る」
淀みない口調で断言する。――方法なんて、ないけれど。
レーラ:「……はぁ。命令って言っても聞くはずない、か」
アンゲリーナ:「……はい。その命令は、聞けません」
マリアンナ:「えぇ。必要ならUGNだって裏切ってやる。
美裂:「信じて待つ。それが仲間としてできる最大限のことじゃないですか」
どん、とレーラが泥に汚れた戦車の装甲に拳を振り下ろす。
レーラ:「知ってるわよ! 皆のそういう強情なとこ。よーくよーく知ってるから。どんな想いでいるか、わかるから……」
ぽた、ぽた、と涙滴が装甲の上に落ちる。
レーラの声に、嗚咽が混じる。
レーラ:「ぐすっ……何も……言えない、じゃない……」
マリアンナ:「……評議員は苦労するわね」
美裂:「いつもご迷惑おかけしてます。でもきっと……これが最後ですから……」
アンゲリーナ:「はい、これが最後の、命令違反にしますから」
――皆、顔を俯かせて寂しそうな相貌を浮かべていたそのとき。
ぼんやりと、光が浮かんだ。
ひとりがそれに気づき、それを見て他の者たちも視線を移す。
そうして衆目の集まるところに、淡い光が収束していき――人の形を、象った。
マリアンナ:「え……?」
マリアンナたちも、資料で見たことがある。彼らは――ニキータと、マルタといったか。一人の元同僚たちだ。
その彼らが、ホログラムのように浮かび上がっている。
ニキータ:「……よう、あんたらが今のフナマタのお仲間かい?」
マリアンナ:「そういうアンタ達は……一人の旧知ね」
アンゲリーナ:「でも、どうして……」
ニキータ:「どうして、か。レネゲイドが、人間の意識をコピー・保持するって話は聞いたことがないか?
”ゾーン”はレネゲイドの領域。そこに保存されてた俺たちの意識が、この異常な高濃度レネゲイドとフナマタに感応して形になった……ま、理屈じゃそうなるか」
マルタ:「いえ、これはきっと奇跡なのです。死してなお、遺志を受け継いで彼の助けになれる」
マリアンナ:「……あいつの、力になれるの?」
こくり、とマルタが頷いた。
マリアンナ:「教えて」
ニキータ:「いいか。フナマタがあの高濃度レネゲイド空間に飛び込めたのは、賢者の石がレネゲイドを吸着してるからだ。アポロ宇宙船の二酸化炭素フィルターみたいにな。だから、あいつの救援に行くには、賢者の石を作り出すしかねえ。そしてこの場でそれが出来る可能性を持つのは、お前しかいねえんだよ。ジェムストーン計画のご同輩」
マリアンナ:「……はぁ、ご同輩!? でも、私は……――」
歯切れ悪く、言いよどむ。
ジェムストーン計画の実験体として、モルフェウスのオーヴァードとして、欠陥品の烙印を押されて生きてきた。
模倣宝石の製法である”
マルタ:「できます。できねば、なりません」
その迷いを断ち切るように言い放ち、”トリグラフ”から零れ落ちた青白い粒を掬い出して、マルタは続ける。
マルタ:「このトリニティドライブの一粒を《トレース》して、強く、強くイメージするんです。そこに、私たちの力が加われば……奇跡を、起こせるはずです」
マリアンナ:「私は……失敗作なのよ。
アンゲリーナ:「やるのよ。今までだって、ずっとそうしてきたように」
美裂:「うん。そして、必ずできるはずよ。彼への想いが本物なら……奇跡は、奇跡じゃなくなる」
マリアンナ:「美裂もアンゲも……言ってくれるじゃないの。わかった。やるわ」
GM:では、クライマックス02について説明しよう。
①このシーンでは、「イワン単独での戦闘処理」→「他PCの行動処理」の順番で、交互に処理していく。
②他PCがイワンの戦闘に参加するには、人工レネゲイドクリスタルの作成が必須。そのためにマリアンナは<意思>難易度30に成功しなければならない。
③美裂とアンゲリーナは<意思>難易度9に成功することで、マリアンナの判定達成値を+3出来る。
④マリアンナが判定に成功すれば、次のセットアップから他PCは戦闘に合流可能。失敗した場合は、同じように処理を繰り返す。
GM:以上が基本的な流れだ。ただし、イワンが死亡もしくは爆弾の起爆に成功すれば、このクライマックス02は終了。なお、クライマックス02におけるふたつの状況は、同じ時系列・シーンで行われているものとして扱い、これ以降登場時の侵蝕上昇は発生しない。
マリアンナ:……わかったわ。
アンゲリーナ:了解しました。質問はありません。
イワン:僕が起爆すれば、一発で終われるってわけだ。
アンゲリーナ:終わらせないわよ。
ここでPL間で話し合いが行われ、一番手はアンゲリーナの行動から。次いで美裂の支援という運びになった。
アンゲリーナ:<意志>難易度9……参ります(ダイスロール)……10! 成功!
美裂:次、行くわよ。(ダイスロール)……5。固定値なしのダイス4個だからきついわね。
アンゲリーナ:ロイスを切ればあるいは……。
美裂:……ではレーラ評議員のロイスをタイタス化昇華。達成値を+1dするわ。(ダイスロール)出目は9! 届いた!
アンゲリーナ:さすが支部長!
GM:最後はマリアンナ、君の判定だ。<意思>難易度30!
マリアンナ:判定前に《パーフェクトコントロール》を宣言。判定値+10!
GM:ここでニキータが先輩からの餞別として《砂の加護》を渡そう。
マリアンナ:ありがとう。行くわ。
ダイスロールの結果は――26。惜しくも、Dロイスの
マリアンナ:タイタス昇華を宣言。ロイス対象はイワン。美裂と同じく、効果は達成値+1d10を選択。
イワン:《勝利の女神》でも行けると思うけど――
マリアンナ:……ちょっと意地になっててね。
アンゲリーナ:好きにしなさい(まろやかな笑顔)
マリアンナ:ありがとう。私の我が儘を許してください。判定、行きます――
マルタの手に乗せられた”トリニティドライブ”の欠片を見つめ、マリアンナは手を翳す。
マリアンナ:「できる、できないじゃないのね。心に、従うわ。それが……お父さんからの教えだものね」
意識を集中し、《トレース》を開始。それと同時に、”トリニティドライブ”の欠片に光が集まる。
物体の構成要素を割り出し、そこに含まれる元素と性質を把握する――モルフェウスならば基本とも言える能力だが、
先の戦闘で用いられた薬剤の効果が切れ、副作用が身体を蝕もうとしている今のマリアンナには、それさえも困難だ。
マリアンナ:「この、言うこと……聞きなさいよっ」
アンゲリーナ:「落ち着いて……。レネゲイドは心を映す。今、あなたの心はどこにある? どこにあるべき?」
震えるマリアンナの色白な腕に手を添えて、アンゲリーナは優しく、落ち着いた声音で諭す。
マリアンナ:「ここ、ろ……私の……」
アンゲリーナ:「思い描くの、強く。透明な硝子のように、どこまでも、純粋な意志で」
マリアンナ:「私の、想い。私の……意志……」
アンゲリーナの反対側から、美裂も同じように手を添える。
その温かみに視線を向ければ、いつもと変わらない、人当たりの良さそうな優しい笑顔があった。
美裂:「さぁ、そろそろ素直になるときが来たんじゃない? 自分のことを見つめて、信じなさい。そうすればきっと導いてくれる。他でもない、今までのあなた自身が」
ふたりの言葉を受け取ったマリアンナは、静かに目を閉じる。
瞼の裏側にある闇の中――見つめるのは己自身。
マリアンナ:「……私は、ずっと……寂しかった。寒いのが……怖かった」
物心つく頃から実験体として扱われ、親の愛など知る由もない。
”ラヨンヴォロス”の家族に囲まれてはじめて、人の暖かさを知ることができた。だが、それも業火の中に消えて行った。
マリアンナ:「人に嫌われるのが、捨てられるのが、失うのが、去っていくのが……怖かった。いつも、それを私は視て、観て、見て……何もかも失ってきた」
暖かさを得て、それを失うことは、より一層孤独という寒さを際立たせる。
だから、氷のような冷たく厳しい態度を装うことで、彼女は人の温もりを遠ざけようとした。
けれども――彼女は得てしまった。信じられる仲間というものを。それを、二度と、二度と――!
マリアンナ:「……もう、失うだけなのは……嫌」
息を吐く。すぐにそれはロシアの冷たい外気に晒されて白むが――不思議と、マリアンナに冷寒な感覚はなかった。
隣にいる仲間のこと。待っている彼のことを思えば、気にならない。
「――基本骨子、解明」
「――構成材質、変化」
「――創造理念、想定」
受け取ったすべての情報をもとに、手の中に物質を創出――。
最初、それは無色透明な硝子だったが、少しずつ”トリニティドライブ”と同じ青白い色合いを帯びていく。
その先はいつも手の届かなかった領域だった。でも、今は……先輩のおかげか、自然とわかる気がした。
「――オール・カット」
不要な個所を削り、研磨し、カッティングしていく。
最後に――ぎゅっと、思いを込めて手を握りしめ、そして再び開く。
「……クリア・ゼロ」
開かれた掌の上には――きらきらと、輝く結晶があった。
それは、シームボルの作る青白いサファイアのような賢者の石とも違う。
マリアンナの秘めたる可能性の如く、光を受けて様々な色合いに輝く宝石――まるで”アレキサンドライト”のようなレネゲイドクリスタルだった。
マルタ:「後は、これを……!」
祈りを込めて、レネゲイドを同調させる。マルタの力で、マリアンナたちは先ほど作り出した
マリアンナ:「ありがとう」
その”
マルタ:「どういたしまして、でも、こうして、マリアンナさん、武蔵さん、アンゲリーナさんに行き渡らせるのが精一杯です。だから……後は、お願いします。彼のもとへ、行ってください」
美裂:「十分です。マリちゃん、おふたりとも。本当にありがとう」
アンゲリーナ:「……彼に、伝える言葉は、ありますか?」
マリアンナ:「伝言役くらいは受けるわよ」
ニキータ:「俺たちは死人だし、そもそも”オリジナル”でもない。幽霊みてぇなもんさ」
マルタ:「だけど、一言だけ。いいですか」
「『生きて』」 ふたりの声が、同時に重なった。
マリアンナ:「……その伝言、確かに受け取ったわ。後は任せて」
それが最後の力だったのか――ふたりの見た目は薄れて、姿を象る淡い光が霧消していく。
だが、消えゆく彼女らは、その間際まで、確信に満ちた笑顔を浮かべていた。
その光景を静かに見送ったあと、レーラはマリアンナたちに向き直り、告げる。
レーラ:「……全部終わらせて、イワンを連れ戻してきなさい」
美裂:「……了解ッ!」
アンゲリーナ:「任務、了解」
マリアンナ:「一人、今追いつくから。絶対に……死なないで」
◇ ◇ ◇
GM:では、2ラウンド目セットアッププロセス――だが、ここでマリアンナたちが登場だ。
イワンは、”トリグラフ”と対峙しながら――その向こう側から、三つの光が迫って来るのを見た。
通路の照明や非常灯を浴びて、変化する色彩を放ちながら近づいてくるそれを、信じられない面持ちで眺め――次の瞬間、飛んできた鋭い言葉に、我を取り戻した。
マリアンナ:「間に合った! 死なせないわよ、一人!!」
イワン:「……皆!?」
シームボル:「この高濃度レネゲイドの中を……!? まさか、ジャーム化して来たとでも?」
マリアンナ:「いいえ、そんなわけない。ジャームを心底嫌うアイツに、そんな姿見せられない」
シームボル:「では一体どうやって……!? いや、まさか――」
シームボルは、彼らが放つ輝きの根源に、宝石のような物体があることに気づき、驚愕する。
シームボル:「この瀬戸際で生み出したというのか、人工レネゲイドクリスタルを!?」
美裂:「ふん、うちのマリちゃんをなめないことね」
アンゲリーナ:「そういうこと。これが人の可能性よ」
イワン:「そうか……それが、本当の……」
――あれこそが、彼女の本当の心なのだ。
無色透明な硝子がマリアンナの純粋さの証ならば、光を受けて様々な色彩を帯びるアレキサンドライトは、変わってきた彼女の軌跡そのもの。
実験体として扱われた虚無の過去。孤児院で愛情を受けて育った幸福な過去。すべてを失い復讐に燃える怒りの過去。そして――仲間と呼べる友人を得た、今。
そのときどきによって、マリアンナ・アレクサンド=ライトという人間が放つ光も移り変わってきたのだ。
マリアンナ:「
イワン:「……えっ?」
”ふたりから”――そう言われて、なぜかすぐにニキータとマルタのことが脳裏に浮かんだ。
マリアンナ:「『生きて』……だそうです。だから生きなさい。じゃないと……許さないんだから!」
イワン:「…………ッハ…ハハ……」
その言葉に、爆弾として調整された”フィンビット”が、自然と彼の手から零れ落ちた。
鉄の冷感と重量感から解き放たれた手で、顔を覆う。
イワン:「最後の最後に……そんなことを言いに来たのか……」
マリアンナ:「……さぁ、生きましょう。みっともなく、醜く、前に向かって」
イワン:「あぁ……あぁ、わかったよ。一人、図々しく生きてやるよ」
その言葉に、もう迷いの色はなかった。
イワンは”トリグラフ越し”にマリアンナたちを見つめて、
「だから、皆……お願いだ……。僕を、”助けて”くれ」
はっきりと、そう懇願したのだった。
GM:勝利条件から目標地点への到達とドローンの起爆を消去する。君にとって、決死の行動は、もはや”勝利”ではない。
イワン:あぁ。
◆2nd Round
GM:改めてセットアップ!
イワン:《戦術》で、ダイス+10個!
GM:こちらは《レネゲイドチェイン》! 満身創痍のシームボルから放たれる気迫が重圧となって、君たちを抑制する。行動値を-10してもらおう。
シームボル:「形勢逆転、か。しかし……僕も、諦めるつもりは、ない」
”トリグラフ”の武器はRGサーベル一振りのみ。
機体は、もはや一歩踏み出すだけでコクピットのディスプレイに多数の「Error」が躍る有様だ。
それでもなお、彼は英雄の矜持を以て対峙する。その異様な迫力が、イワンたちに金縛りに似たプレッシャーを与えた。
GM:(他にセットアップの行動がないのを確認して)イニシアチブ、シームボルの行動から行くぞ。メジャーで《コントロールソート:白兵》《原初の赤:かまいたち》。目標イワン。
イワン:防ぎようがないな。良いよ、来い。ただし――《インタラプト》!
GM:(ダイスロール)……15。C値11になってるからこれが限界だな。
イワン: 「嫌だ、死にたくない!」 ――ドッジ!
しかし、イワンのドッジのダイスロールは、惜しくも「9」で止まり、技能値とあわせても「10」。
命中するかに思われたが――
アンゲリーナ:女神に祈る?
イワン:助けて!
アンゲリーナ:ええ! 《勝利の女神》を宣言……達成値+18よ!
”トリグラフ”が、RGサーベルを振るうと同時、分離したレネゲイドエネルギーが光波となってイワンに向かう。
だがイワンは、それに向けて”青い何か”を散らし――光波の勢いをわずかに押しとどめた直後、アンゲリーナの放ったレネゲイド鎮静弾がそれを打ち破った。
前の作戦で、イワンに対して放たれる寸前だった弾丸――それが彼の命を救ったことに、アンゲリーナは妙な感慨を覚えた。
アンゲリーナ:「”助けて”――その願い、確かに聞いたわ、イワン!」
イワン:「ッ、ありがとうリーナ!」
シームボル:「馬鹿な。防がれただと。なぜ――……あれは?」
その答えを求めて、弱々しい光を湛えた”トリグラフ”のツインアイセンサーが、”青い何か”の正体をズームする。
――花びら、だった。
シームボルは、知る由もない。それが抗レネゲイド素材で象られた、造花であることを。今は亡き仲間から贈られた親愛と絆の証であることを。
イワン:「みんな……助けてくれるんだ。こんな、僕を……」
美裂:「助け合って生きてくのが人間だもの」
マリアンナ:「えぇ。助けて、と言われて手を振り払えるほど、人間捨てちゃいないわ。それに……決めたの。もう、見ているだけは嫌だから……追いかけるって」
――死ぬべきだったと何度も思った。
――自尽することを、何度も考えた。
けれど、今――イワンはどんなに醜くても生き足掻こうとしている。その姿に、皆、手を差し伸べることを躊躇わない。
マリアンナ:マイナーは放棄。メジャーで《コンセントレイト》《砂の刃》。もうシナリオ使用回数制限があるエフェクトは使えないわ。(ダイスロール)……63。
GM:……ガードだ。
マリアンナ:ダメージは――55点!
GM:戦闘不能だ。そしてもう、今度こそ何も手段がない。君たちの勝利だ。
マリアンナ:「正直、あなたを殺したいのは私。でも……」
残された力を振り絞り、硝子の欠片を浮かび上がらせる。
もう、大技を繰り出すようなレネゲイドは練れない。体力はとうに限界で、《リザレクト》も使えず傷口が灼熱の痛みを伴う。
だというのに――不思議と、気分は悪くない。疲労より痛みより、気力が勝っている。突き動かされている。
「私よりも優先されるべき人がいる。だから……」
放たれた硝子片の礫は、今までのような勢いも威力もない。
しかし、機体の四肢をその末端から結晶に変えて侵蝕し……姿勢を崩して地面に倒れると同時に、儚く砕け散る。
「今回限りは譲るとするわ。それが私の成したいことだから」
……胴部のみとなった”トリグラフ”のコクピットハッチが解放される。
手をかけて、這い上がって来たシームボルの身体は、イワンたちと同じかそれ以上に傷だらけだった。
シームボル:「僕の、負けか」
そこで力尽きたのか、彼は腰を落として”トリグラフ”胴部の上に座り込み、”ゾーン”の中心たる花の結晶を見やる。
シームボル:「…………マリアンナ・アレクサンド=ライト」
マリアンナ:「……何?」
シームボル:「”ゾーン”の発生装置……”遺産”には、
マリアンナ:「……そう。有益な情報どうもありがとう。でもどうして? 何故それを?」
少し怪訝な顔を浮かべて、マリアンナは問い返す。
シームボルは血交じりの咳と一緒に乾いた笑い声をあげつつ、答える。
シームボル:「僕は、諦めが悪くてね。”ゾーン”の最期を見届けないと……化けて出てしまうかもしれない。……化けて出る、は僕なりの人間風ジョークだがね」
マリアンナ:「わかりにくいし、面白くないわ。でも、なるほどね。つまり、アンタの目の前で”殺れ”というわけ」
花型の結晶――”遺産”に向き直って、静かに歩み寄り、腫れ物に触るようにそっと指先を重ねる。
マリアンナ:「……綺麗ね。でも、さようなら」
レネゲイドを撃ち込むと、”遺産”は瞬間的に氷結するかのように硝子に覆われた。
そして、指先を離すと重ねていた地点に小さなひびが入り――その直後、一気に全体へと蜘蛛の巣状に広がって、砕けた。
シームボル:「これで、ゾーンは終わりだ」
残念そうな――あるいは、満足そうな表情でそれを見届けると、シームボルはイワンに視線を移した。
シームボル:「フナマタ。トリニティドライブなしに高濃度レネゲイドに晒された僕の体は……間もなくジャーム化するだろう」
イワン:「……」
シームボル:「だけど、僕は、最期の瞬間まで僕自身でいたい。すまないが……お願いしても、いいかな?」
イワン:「……あぁ。手伝うよ」
ニキータに託されたワルサーP99を、イワンは両手でしっかりと構えて、銃口を向ける。
戦いに負け、志半ばで理想は絶たれ、次の瞬間に生命が終わろうとしている。それでもなお、シームボルは変わらず穏やかな微笑を湛えたまま、彼に告げる。
「……――ありがとう」
こうして、一発の銃声が、すべての戦いに終止符を打った。
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