第3話:クライマックス02

 ◆ Climax02/Scene Player――全員 ◆



 レネゲイドが発する”圧”を辿り、より濃く、より深い地点を目指して走る。

 足が痛い。心臓が痛い。体力はとっくに限界だ。

 しかし、止まらない。止まれない。少しでも休もうとすれば、そのまま伏せって二度と起き上がれまい。

 それでは、何の意味でここまで来たのかわからない。


 ――祈りが通じたのだろうか。


 走り続けてしばらくすると、通路の先に空間が広がっているのが見てとれた。

 到着すると、そこは淡い光に包まれていた。自然と、その中心に鎮座する光の発生源に目が行く。

 花型の結晶だった。そこから莫大なレネゲイドが放出されている。間違いない。あれこそ”ゾーン”の中心地だ。


 爆弾を抱えて走る。しかし、それを阻むように――彼が立ち塞がった。


シームボル:「……まさか、戦闘能力を持たないキミがここまで来るとはね」


 ”トリグラフ”。

 全身の可動部から火花を散らし、装甲は剥がれ落ち、その動きは先の大立ち回りが見る影もなく鈍化している。

 イワンは、大破したその機体を疲労に霞んだ目で見上げる。


イワン:「ぜぇ……ぜぇ……」

シームボル:「そのドローンを抱えて自爆するつもりかい?」

イワン:「……それしか、方法はない」


 共に、満身創痍。

 されど、相手は数々の英雄の手を渡ってきて、自らも英雄にならんとするオーヴァード。

 一方の自分は、レネゲイドから目を背け続け、攻撃用のエフェクトのひとつもない有様だ。

 わずかに可能性があるとすれば、決死の自爆しかない。


イワン:「お前と一緒に死ねるなら……」

シームボル:「……レネゲイド領域発生源の遺産の出力をオーバーロードさせた。ジャーム化比率は格段に上がってしまうが、トリグラフを再建すれば人類の運営に支障はない。だが、その前に核が放たれるだろう。君に帰り道があるとすれば最後のチャンスだ。早く退散することを勧めるけど――」


 気遣ってさえいるような口調を遮って、イワンは無言で一歩を踏み出した。

 ずきり、と脚の筋肉に痛みが走る。だが、不退転の決意は揺ぎ無く――その様子を見て、シームボルは己の愚を認めた。


シームボル:「――そうか」


 ”トリグラフ”は腰部に装着されたRGサーベルを掴んで両手に持ち、腰を落とした構えを取る。青白い光が発振され、輝く刀身が形成される。


シームボル:「いい覚悟だ」

イワン:「……光栄だな、英雄」


 ”ゾーン”最後の戦いが、始まった。

 


 ◆1st Round



GM:戦闘処理を始める。戦闘終了条件は、トリグラフの撃破、もしくはイワンが15m先の遺産に到達して自爆すること。1ラウンド目、セットアップ。

イワン:何も、ない。

GM:イニシアチブ、”トリグラフ”の行動。マイナーで《原初の青:インフィニティウェポン》。メジャーで全力移動。イワンにエンゲージ。

イワン:離脱を行う。目標へ向けて、13m。


 RGビームサーベルを持って迫る鉄騎の股下に滑り込み、遺産目掛けて一目散に走る。

 あと二メートル。

 遺産に辿り着いて自爆すれば、すべてが終わる。簡単なことだ。

 そう、とても簡単なことだけど――


 ――今、死ぬのが、とても怖い。


GM:クリンナップ。特になし。

イワン:僕もない。

GM:それでは2ラウンド目セットアップ――の、前に。残されたPCたちのほうへ、視点を移そう。



 ◇ ◇ ◇



 ――イワンの姿が見えなくなって、しばらく。

 ようやく、アンゲリーナはマリアンナを拘束から解放した。

 レネゲイド濃度は密度を増していく。もう追いかけることはできない、と踏んだのだ。


マリアンナ:「……はぁ、アンゲ。やってくれたわね」

美裂:「いや、よくやったわアンちゃん」

アンゲリーナ:「……軍人、ですから」


 帽子の鍔を引っ張って、目元を隠す。


マリアンナ:「どこまでもくそ真面目ね」

アンゲリーナ:「……ごめん、マリアンナ」

マリアンナ:「言っておくけど、私は意地でもここを離れないわよ。帰ってくるかもしれないあいつを、独りにしてたまるものですか」

美裂:「……わかってる。私もここで待つわ。彼は必ず帰ってくる」

アンゲリーナ:「私も。残らせて下さい」


 皆、十分に理解しているはずだった。残っていても、待ち受けるのは確実な死であると。

 ”ゾーン”を狙っている核ミサイルは多弾頭独立目標再突入体MIRVであり、複数の核弾頭が文字通り

 迎撃は不可能で、防ぐ手立てもない。


レーラ:「……ここであなたたちが死んだら、一番悲しむのは彼よ? それでも、残るって言うの?」

マリアンナ:「死なないわ。生き残る」


 淀みない口調で断言する。――方法なんて、ないけれど。


レーラ:「……はぁ。命令って言っても聞くはずない、か」

アンゲリーナ:「……はい。その命令は、聞けません」

マリアンナ:「えぇ。必要ならUGNだって裏切ってやる。裏切り者ダブルクロスになってやるわよ。もう、知らない所で人が死ぬのは嫌なの。お父さんの二の舞はたくさん」

美裂:「信じて待つ。それが仲間としてできる最大限のことじゃないですか」


 どん、とレーラが泥に汚れた戦車の装甲に拳を振り下ろす。


レーラ:「知ってるわよ! 皆のそういう強情なとこ。よーくよーく知ってるから。どんな想いでいるか、わかるから……」


 ぽた、ぽた、と涙滴が装甲の上に落ちる。

 レーラの声に、嗚咽が混じる。


レーラ:「ぐすっ……何も……言えない、じゃない……」

マリアンナ:「……評議員は苦労するわね」

美裂:「いつもご迷惑おかけしてます。でもきっと……これが最後ですから……」

アンゲリーナ:「はい、これが最後の、命令違反にしますから」


 ――皆、顔を俯かせて寂しそうな相貌を浮かべていたそのとき。

 ぼんやりと、光が浮かんだ。

 ひとりがそれに気づき、それを見て他の者たちも視線を移す。

 そうして衆目の集まるところに、淡い光が収束していき――人の形を、象った。


マリアンナ:「え……?」


 マリアンナたちも、資料で見たことがある。彼らは――ニキータと、マルタといったか。一人の元同僚たちだ。

 その彼らが、ホログラムのように浮かび上がっている。


ニキータ:「……よう、あんたらが今のフナマタのお仲間かい?」

マリアンナ:「そういうアンタ達は……一人の旧知ね」

アンゲリーナ:「でも、どうして……」

ニキータ:「どうして、か。レネゲイドが、人間の意識をコピー・保持するって話は聞いたことがないか? 

”ゾーン”はレネゲイドの領域。そこに保存されてた俺たちの意識が、この異常な高濃度レネゲイドとフナマタに感応して形になった……ま、理屈じゃそうなるか」

マルタ:「いえ、これはきっと奇跡なのです。死してなお、遺志を受け継いで彼の助けになれる」

マリアンナ:「……あいつの、力になれるの?」


 こくり、とマルタが頷いた。


マリアンナ:「教えて」

ニキータ:「いいか。フナマタがあの高濃度レネゲイド空間に飛び込めたのは、賢者の石がレネゲイドを吸着してるからだ。アポロ宇宙船の二酸化炭素フィルターみたいにな。だから、あいつの救援に行くには、賢者の石を作り出すしかねえ。そしてこの場でそれが出来る可能性を持つのは、お前しかいねえんだよ。ジェムストーン計画のご同輩」

マリアンナ:「……はぁ、ご同輩!? でも、私は……――」


 歯切れ悪く、言いよどむ。

 ジェムストーン計画の実験体として、モルフェウスのオーヴァードとして、欠陥品の烙印を押されて生きてきた。

 模倣宝石の製法である”硝子魔女ダブレット”をコードネームにつけられたことからも、彼女の扱いがわかるというもの。だが、


マルタ:「できます。できねば、なりません」


 その迷いを断ち切るように言い放ち、”トリグラフ”から零れ落ちた青白い粒を掬い出して、マルタは続ける。


マルタ:「このトリニティドライブの一粒を《トレース》して、強く、強くイメージするんです。そこに、私たちの力が加われば……奇跡を、起こせるはずです」

マリアンナ:「私は……失敗作なのよ。賢者の石レネゲイドクリスタルどころか、黄金の愚者デミクリスタルすら作れなかった私でも……やれるっていうの?」

アンゲリーナ:「やるのよ。今までだって、ずっとそうしてきたように」

美裂:「うん。そして、必ずできるはずよ。彼への想いが本物なら……奇跡は、奇跡じゃなくなる」

マリアンナ:「美裂もアンゲも……言ってくれるじゃないの。わかった。やるわ」

GM:では、クライマックス02について説明しよう。


①このシーンでは、「イワン単独での戦闘処理」→「他PCの行動処理」の順番で、交互に処理していく。

②他PCがイワンの戦闘に参加するには、人工レネゲイドクリスタルの作成が必須。そのためにマリアンナは<意思>難易度30に成功しなければならない。

③美裂とアンゲリーナは<意思>難易度9に成功することで、マリアンナの判定達成値を+3出来る。

④マリアンナが判定に成功すれば、次のセットアップから他PCは戦闘に合流可能。失敗した場合は、同じように処理を繰り返す。


GM:以上が基本的な流れだ。ただし、イワンが死亡もしくは爆弾の起爆に成功すれば、このクライマックス02は終了。なお、クライマックス02におけるふたつの状況は、同じ時系列・シーンで行われているものとして扱い、これ以降登場時の侵蝕上昇は発生しない。

マリアンナ:……わかったわ。

アンゲリーナ:了解しました。質問はありません。

イワン:僕が起爆すれば、一発で終われるってわけだ。

アンゲリーナ:終わらせないわよ。


 ここでPL間で話し合いが行われ、一番手はアンゲリーナの行動から。次いで美裂の支援という運びになった。


アンゲリーナ:<意志>難易度9……参ります(ダイスロール)……10! 成功!

美裂:次、行くわよ。(ダイスロール)……5。固定値なしのダイス4個だからきついわね。

アンゲリーナ:ロイスを切ればあるいは……。

美裂:……ではレーラ評議員のロイスをタイタス化昇華。達成値を+1dするわ。(ダイスロール)出目は9! 届いた!

アンゲリーナ:さすが支部長!

GM:最後はマリアンナ、君の判定だ。<意思>難易度30!

マリアンナ:判定前に《パーフェクトコントロール》を宣言。判定値+10!

GM:ここでニキータが先輩からの餞別として《砂の加護》を渡そう。

マリアンナ:ありがとう。行くわ。


 ダイスロールの結果は――26。惜しくも、Dロイスの強化兵バーサーカーによる達成値減少が仇になった形だが。


マリアンナ:タイタス昇華を宣言。ロイス対象はイワン。美裂と同じく、効果は達成値+1d10を選択。

イワン:《勝利の女神》でも行けると思うけど――

マリアンナ:……ちょっと意地になっててね。

アンゲリーナ:好きにしなさい(まろやかな笑顔)

マリアンナ:ありがとう。私の我が儘を許してください。判定、行きます――


 マルタの手に乗せられた”トリニティドライブ”の欠片を見つめ、マリアンナは手を翳す。


マリアンナ:「できる、できないじゃないのね。心に、従うわ。それが……お父さんからの教えだものね」


 意識を集中し、《トレース》を開始。それと同時に、”トリニティドライブ”の欠片に光が集まる。

 物体の構成要素を割り出し、そこに含まれる元素と性質を把握する――モルフェウスならば基本とも言える能力だが、

 先の戦闘で用いられた薬剤の効果が切れ、副作用が身体を蝕もうとしている今のマリアンナには、それさえも困難だ。


マリアンナ:「この、言うこと……聞きなさいよっ」

アンゲリーナ:「落ち着いて……。レネゲイドは心を映す。今、あなたの心はどこにある? どこにあるべき?」


 震えるマリアンナの色白な腕に手を添えて、アンゲリーナは優しく、落ち着いた声音で諭す。


マリアンナ:「ここ、ろ……私の……」

アンゲリーナ:「思い描くの、強く。透明な硝子のように、どこまでも、純粋な意志で」

マリアンナ:「私の、想い。私の……意志……」


 アンゲリーナの反対側から、美裂も同じように手を添える。

 その温かみに視線を向ければ、いつもと変わらない、人当たりの良さそうな優しい笑顔があった。


美裂:「さぁ、そろそろ素直になるときが来たんじゃない? 自分のことを見つめて、信じなさい。そうすればきっと導いてくれる。他でもない、今までのあなた自身が」


 ふたりの言葉を受け取ったマリアンナは、静かに目を閉じる。

 瞼の裏側にある闇の中――見つめるのは己自身。


マリアンナ:「……私は、ずっと……寂しかった。寒いのが……怖かった」


 物心つく頃から実験体として扱われ、親の愛など知る由もない。

 ”ラヨンヴォロス”の家族に囲まれてはじめて、人の暖かさを知ることができた。だが、それも業火の中に消えて行った。


マリアンナ:「人に嫌われるのが、捨てられるのが、失うのが、去っていくのが……怖かった。いつも、それを私は視て、観て、見て……何もかも失ってきた」


 暖かさを得て、それを失うことは、より一層孤独という寒さを際立たせる。

 だから、氷のような冷たく厳しい態度を装うことで、彼女は人の温もりを遠ざけようとした。

 けれども――彼女は得てしまった。信じられる仲間というものを。それを、二度と、二度と――!


マリアンナ:「……もう、失うだけなのは……嫌」


 息を吐く。すぐにそれはロシアの冷たい外気に晒されて白むが――不思議と、マリアンナに冷寒な感覚はなかった。

 隣にいる仲間のこと。待っている彼のことを思えば、気にならない。


「――基本骨子、解明」


「――構成材質、変化」


「――創造理念、想定」


 受け取ったすべての情報をもとに、手の中に物質を創出――。

 最初、それは無色透明な硝子だったが、少しずつ”トリニティドライブ”と同じ青白い色合いを帯びていく。

 その先はいつも手の届かなかった領域だった。でも、今は……先輩のおかげか、自然とわかる気がした。


「――オール・カット」


 不要な個所を削り、研磨し、カッティングしていく。

 最後に――ぎゅっと、思いを込めて手を握りしめ、そして再び開く。


「……クリア・ゼロ」


 開かれた掌の上には――きらきらと、輝く結晶があった。

 それは、シームボルの作る青白いサファイアのような賢者の石とも違う。

 マリアンナの秘めたる可能性の如く、光を受けて様々な色合いに輝く宝石――まるで”アレキサンドライト”のようなレネゲイドクリスタルだった。


マルタ:「後は、これを……!」 


 祈りを込めて、レネゲイドを同調させる。マルタの力で、マリアンナたちは先ほど作り出した賢者の石アレキサンドライトと接続したのだ。


マリアンナ:「ありがとう」


 その”意志”を握りしめ、立ち上がる。


マルタ:「どういたしまして、でも、こうして、マリアンナさん、武蔵さん、アンゲリーナさんに行き渡らせるのが精一杯です。だから……後は、お願いします。彼のもとへ、行ってください」

美裂:「十分です。マリちゃん、おふたりとも。本当にありがとう」

アンゲリーナ:「……彼に、伝える言葉は、ありますか?」

マリアンナ:「伝言役くらいは受けるわよ」

ニキータ:「俺たちは死人だし、そもそも”オリジナル”でもない。幽霊みてぇなもんさ」

マルタ:「だけど、一言だけ。いいですか」


「『生きて』」 ふたりの声が、同時に重なった。


マリアンナ:「……その伝言、確かに受け取ったわ。後は任せて」


 それが最後の力だったのか――ふたりの見た目は薄れて、姿を象る淡い光が霧消していく。

 だが、消えゆく彼女らは、その間際まで、確信に満ちた笑顔を浮かべていた。

 その光景を静かに見送ったあと、レーラはマリアンナたちに向き直り、告げる。


レーラ:「……全部終わらせて、イワンを連れ戻してきなさい」

美裂:「……了解ッ!」

アンゲリーナ:「任務、了解」

マリアンナ:「一人、今追いつくから。絶対に……死なないで」



 ◇ ◇ ◇



GM:では、2ラウンド目セットアッププロセス――だが、ここでマリアンナたちが登場だ。


 イワンは、”トリグラフ”と対峙しながら――その向こう側から、三つの光が迫って来るのを見た。

 通路の照明や非常灯を浴びて、変化する色彩を放ちながら近づいてくるそれを、信じられない面持ちで眺め――次の瞬間、飛んできた鋭い言葉に、我を取り戻した。


マリアンナ:「間に合った! 死なせないわよ、一人!!」

イワン:「……皆!?」

シームボル:「この高濃度レネゲイドの中を……!? まさか、ジャーム化して来たとでも?」

マリアンナ:「いいえ、そんなわけない。ジャームを心底嫌うアイツに、そんな姿見せられない」

シームボル:「では一体どうやって……!? いや、まさか――」


 シームボルは、彼らが放つ輝きの根源に、宝石のような物体があることに気づき、驚愕する。


シームボル:「この瀬戸際で生み出したというのか、人工レネゲイドクリスタルを!?」

美裂:「ふん、うちのマリちゃんをなめないことね」

アンゲリーナ:「そういうこと。これが人の可能性よ」

イワン:「そうか……それが、本当の……」


 ――あれこそが、彼女の本当の心なのだ。

 無色透明な硝子がマリアンナの純粋さの証ならば、光を受けて様々な色彩を帯びるアレキサンドライトは、変わってきた彼女の軌跡そのもの。

 実験体として扱われた虚無の過去。孤児院で愛情を受けて育った幸福な過去。すべてを失い復讐に燃える怒りの過去。そして――仲間と呼べる友人を得た、今。

 そのときどきによって、マリアンナ・アレクサンド=ライトという人間が放つ光も移り変わってきたのだ。


マリアンナ:「一人かずとっ! ふたりから伝言よ」

イワン:「……えっ?」


 ”ふたりから”――そう言われて、なぜかすぐにニキータとマルタのことが脳裏に浮かんだ。


マリアンナ:「『生きて』……だそうです。だから生きなさい。じゃないと……許さないんだから!」

イワン:「…………ッハ…ハハ……」 


 その言葉に、爆弾として調整された”フィンビット”が、自然と彼の手から零れ落ちた。

 鉄の冷感と重量感から解き放たれた手で、顔を覆う。


イワン:「最後の最後に……そんなことを言いに来たのか……」

マリアンナ:「……さぁ、生きましょう。みっともなく、醜く、前に向かって」

イワン:「あぁ……あぁ、わかったよ。一人、図々しく生きてやるよ」


 その言葉に、もう迷いの色はなかった。

 イワンは”トリグラフ越し”にマリアンナたちを見つめて、


「だから、皆……お願いだ……。僕を、”助けて”くれ」


 はっきりと、そう懇願したのだった。



GM:勝利条件から目標地点への到達とドローンの起爆を消去する。君にとって、決死の行動は、もはや”勝利”ではない。

イワン:あぁ。



 ◆2nd Round



GM:改めてセットアップ!

イワン:《戦術》で、ダイス+10個!

GM:こちらは《レネゲイドチェイン》! 満身創痍のシームボルから放たれる気迫が重圧となって、君たちを抑制する。行動値を-10してもらおう。

シームボル:「形勢逆転、か。しかし……僕も、諦めるつもりは、ない」


 ”トリグラフ”の武器はRGサーベル一振りのみ。

 機体は、もはや一歩踏み出すだけでコクピットのディスプレイに多数の「Error」が躍る有様だ。

 それでもなお、彼は英雄の矜持を以て対峙する。その異様な迫力が、イワンたちに金縛りに似たプレッシャーを与えた。


GM:(他にセットアップの行動がないのを確認して)イニシアチブ、シームボルの行動から行くぞ。メジャーで《コントロールソート:白兵》《原初の赤:かまいたち》。目標イワン。

イワン:防ぎようがないな。良いよ、来い。ただし――《インタラプト》!

GM:(ダイスロール)……15。C値11になってるからこれが限界だな。

イワン: 「嫌だ、死にたくない!」 ――ドッジ!


 しかし、イワンのドッジのダイスロールは、惜しくも「9」で止まり、技能値とあわせても「10」。

 命中するかに思われたが――


アンゲリーナ:女神に祈る?

イワン:助けて!

アンゲリーナ:ええ! 《勝利の女神》を宣言……達成値+18よ!


 ”トリグラフ”が、RGサーベルを振るうと同時、分離したレネゲイドエネルギーが光波となってイワンに向かう。

 だがイワンは、それに向けて”青い何か”を散らし――光波の勢いをわずかに押しとどめた直後、アンゲリーナの放ったレネゲイド鎮静弾がそれを打ち破った。

 前の作戦で、イワンに対して放たれる寸前だった弾丸――それが彼の命を救ったことに、アンゲリーナは妙な感慨を覚えた。


アンゲリーナ:「”助けて”――その願い、確かに聞いたわ、イワン!」

イワン:「ッ、ありがとうリーナ!」

シームボル:「馬鹿な。防がれただと。なぜ――……あれは?」


 その答えを求めて、弱々しい光を湛えた”トリグラフ”のツインアイセンサーが、”青い何か”の正体をズームする。

 ――花びら、だった。

 シームボルは、知る由もない。それが抗レネゲイド素材で象られた、造花であることを。今は亡き仲間から贈られた親愛と絆の証であることを。


イワン:「みんな……助けてくれるんだ。こんな、僕を……」

美裂:「助け合って生きてくのが人間だもの」

マリアンナ:「えぇ。助けて、と言われて手を振り払えるほど、人間捨てちゃいないわ。それに……決めたの。もう、見ているだけは嫌だから……追いかけるって」


 ――死ぬべきだったと何度も思った。

 ――自尽することを、何度も考えた。

 けれど、今――イワンはどんなに醜くても生き足掻こうとしている。その姿に、皆、手を差し伸べることを躊躇わない。


マリアンナ:マイナーは放棄。メジャーで《コンセントレイト》《砂の刃》。もうシナリオ使用回数制限があるエフェクトは使えないわ。(ダイスロール)……63。

GM:……ガードだ。

マリアンナ:ダメージは――55点!

GM:戦闘不能だ。そしてもう、今度こそ何も手段がない。君たちの勝利だ。


マリアンナ:「正直、あなたを殺したいのは私。でも……」


 残された力を振り絞り、硝子の欠片を浮かび上がらせる。

 もう、大技を繰り出すようなレネゲイドは練れない。体力はとうに限界で、《リザレクト》も使えず傷口が灼熱の痛みを伴う。

 だというのに――不思議と、気分は悪くない。疲労より痛みより、気力が勝っている。突き動かされている。


「私よりも優先されるべき人がいる。だから……」


 放たれた硝子片の礫は、今までのような勢いも威力もない。

 しかし、機体の四肢をその末端から結晶に変えて侵蝕し……姿勢を崩して地面に倒れると同時に、儚く砕け散る。


「今回限りは譲るとするわ。それが私の成したいことだから」


 ……胴部のみとなった”トリグラフ”のコクピットハッチが解放される。

 手をかけて、這い上がって来たシームボルの身体は、イワンたちと同じかそれ以上に傷だらけだった。


シームボル:「僕の、負けか」


 そこで力尽きたのか、彼は腰を落として”トリグラフ”胴部の上に座り込み、”ゾーン”の中心たる花の結晶を見やる。


シームボル:「…………マリアンナ・アレクサンド=ライト」

マリアンナ:「……何?」

シームボル:「”ゾーン”の発生装置……”遺産”には、コアがある。それに君のレネゲイドを撃ち込めば、この”ゾーン”は終わるよ」

マリアンナ:「……そう。有益な情報どうもありがとう。でもどうして? 何故それを?」


 少し怪訝な顔を浮かべて、マリアンナは問い返す。

 シームボルは血交じりの咳と一緒に乾いた笑い声をあげつつ、答える。


シームボル:「僕は、諦めが悪くてね。”ゾーン”の最期を見届けないと……化けて出てしまうかもしれない。……化けて出る、は僕なりの人間風ジョークだがね」

マリアンナ:「わかりにくいし、面白くないわ。でも、なるほどね。つまり、アンタの目の前で”殺れ”というわけ」


 花型の結晶――”遺産”に向き直って、静かに歩み寄り、腫れ物に触るようにそっと指先を重ねる。


マリアンナ:「……綺麗ね。でも、さようなら」


 レネゲイドを撃ち込むと、”遺産”は瞬間的に氷結するかのように硝子に覆われた。

 そして、指先を離すと重ねていた地点に小さなひびが入り――その直後、一気に全体へと蜘蛛の巣状に広がって、砕けた。


シームボル:「これで、ゾーンは終わりだ」


 残念そうな――あるいは、満足そうな表情でそれを見届けると、シームボルはイワンに視線を移した。


シームボル:「フナマタ。トリニティドライブなしに高濃度レネゲイドに晒された僕の体は……間もなくジャーム化するだろう」

イワン:「……」

シームボル:「だけど、僕は、最期の瞬間まで僕自身でいたい。すまないが……お願いしても、いいかな?」

イワン:「……あぁ。手伝うよ」


 ニキータに託されたワルサーP99を、イワンは両手でしっかりと構えて、銃口を向ける。

 戦いに負け、志半ばで理想は絶たれ、次の瞬間に生命が終わろうとしている。それでもなお、シームボルは変わらず穏やかな微笑を湛えたまま、彼に告げる。


「……――ありがとう」


 こうして、一発の銃声が、すべての戦いに終止符を打った。


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