第1話:オープニング04
◆ Opening04/Scene Player――イワン ◆
暗闇に、光が差し込む。
頭を持ち上げると、医療関係者らしき白衣の人物と、明らかにそれとは違う雰囲気の人物に囲まれていた。
どうやら、ここは病院のようだ。
安堵を覚えると同時に――彼は、不思議と胸にこみ上げてくる喪失感と、”ある感情”を自覚した。
GM:次のシーン。シーンプレイヤーはイワン。美裂とアンゲリーナも自動登場。マリアンナも登場できるけどどうする?
マリアンナ:出ておくわ。折角の顔合わせだし。
GM:了解。では全員、侵蝕率を上げてください。
イワン:3。落ち着いてる。
このときの侵蝕率上昇ダイスで、アンゲリーナは8点、マリアンナと美裂は6点上昇した。
GM:では、イワンの覚醒に気付いた医療関係者が「おや、気付いたようですね」と声をかける。
イワン:「……えぇー……っと……」
GM:医療関係者がタブレットをそちらに向ける。そこには、金髪の小さな女性――レーラが写っていて、キミに挨拶してきた。
レーラ:「
美裂:「私は武蔵美裂。ここノビンスク市のUGN支部長をやってるわ」
アンゲリーナ:「アンゲリーナ・ラストヴォロフ。UGNイリーガルの名探偵よ。よろしく」
マリアンナ:「
イワン:「これは、どうも。……そうか、UGNか……一瞬パニック入りかけた……」
安堵の息が漏れる。未だに抜けない疲労や、体の倦怠感や節々の痛みから、彼女らに保護されるまで自分が危険な状況に置かれていたのは推量できた。
点滴と繋がっていない腕でゆっくりと上体を起こす。
少し鈍いが、痛みはない。……驚異的な回復力に、己は”超人”なのだと自覚する。
レーラ:「あなたの名前は?」
イワン:「
美裂:「そうそう。ここはロシア西部のノビンスクってとこよ」
マリアンナ:「……ご明察ね。頭の回転の早さからしてノイマンって所かしら?」
イワン:「そうでしたか。場所が分かると安心しますね」
レーラ:「……ま、色々と聞きたいこともあるでしょうけど、その前にこちらから尋ねさせてもらうわ」
そう言って一拍の間を置き、レーラはイワンの意識を自分に向けさせる。これから大事な話を聞く、と言いたげに。
レーラ:「あなたは何故、レネゲイド・ゾーンにいたの?」
イワン:「……ゾーン?」
マリアンナ:「はぁ? 知らないの?」
レーラ:「レネゲイド・ゾーンはあなたが発見された場所。覚えてないの?」
イワン:「生憎と、私はそのようなものは……あ、れ……」 片手で頭を抑えて。「……あの、すいません……今……何年何月何日ですか」
美裂:「……もしかして記憶が?」
レーラ:「ふむ。記憶喪失ね。……リーナ(アンゲリーナの愛称)、どう?」彼女は、言外に彼の言葉の真贋を見抜けと言ってるようだ。
アンゲリーナ:では、リクエストにお応えして。イージーエフェクト《真偽感知》を宣言する。判定は必要?
GM:必要ない。イワンは本当に記憶がないみたいだ。
ただし、ここでGMからアンゲリーナに対し、他のPCには内緒で以下の情報が伝えられた。
「記憶喪失とは別に、彼に何らかの隠し事があるのではないか、とキミは感じた」――と。
アンゲリーナ:なるほど。了解。「……本当に記憶を失っているわ。ちなみに、最後の記憶はいつ頃のものかしら?」
GM:イワンが思い出せる最後の記憶は、数年前、取引先の顧客にガルショークを振る舞われた光景だ。そこからこの病院の時まで途切れている。
イワン:「……そう、確かあの頃は吹雪いていて……遅れながら荷物を運び届けたんでした。それで、差し入れを貰って……それで……。……ダメです、この辺りから綺麗さっぱり……」
マリアンナ:「……呆っれた。あ~ぁ、記憶喪失とか、面倒な奴を拾ってきちゃったわね」
アンゲリーナ:「RZ深部まで至ったことによる影響か、それとも他の外的要因……あるいは……」
アンゲリーナが思案顔で考察する横で、タブレットに映るレーラが尋ねる。
レーラ:「……その取引先の名前は?」
GM:特に設定してないなら、答えた、とだけ言ってくれればいいよ。不都合はない。
イワン:個人商のイヴァノフさんとでも。
レーラ:「ふうん……。こっちで照会しておくわ。じゃあ、現在の状況の説明を……と言いたいところだけど、その前にあなたの記憶喪失の範囲を調べましょうか」
簡単な聞き取り調査の結果、イワンの記憶喪失の範囲は、およそ数年分に達することが判明する。
イワンは、コードウェル博士の帰還といった大事件の情報に衝撃を受けると共に、大きく落胆した。
レーラ:「……201X年からおよそX年間の記憶がない、ってことか。
気分は
イワン「……絶対会社クビになってる……」
マリアンナ:「はっ、ご愁傷様」
気落ちして肩を落とすイワンを、マリアンナが嘲る。
――その程度のことで、この世の終わりのような顔で絶望して。気に入らないわ。
琥珀の瞳が、そう言いたげに
美裂:「マリちゃん? いちいち威圧しないの」
マリアンナ:「はいはい。ごめんなさいね?」
美裂に諌められるマリアンナの横で、アンゲリーナは興奮気味に「まさにミステリーね」と気炎を上げている。
その様子を見たレーラは、ひとつ咳払いをして、話題を切り替えることにした。
レーラ:「……大丈夫かしら。話、続けてもいい?」
イワン:「……はい」
レーラ:「では、ここからはあなたが気絶していた場所……そして私たちが直面している問題……”レネゲイド・ゾーン”について話すわね」
このRZの範囲内にいる者は、AWFなどの例外を除いてオーヴァードやジャームに変貌する。当然、極めて危険な領域だ。
ノビンスク支部はRZの拡大阻止と収束を目標として結成され、およそ1年になるが、これといった成果はなく――。
それどころか、1ヶ月前にジャーム集団の攻撃で後退を余儀なくされ、以前使用していた拠点を放棄してきたという、散々な戦況であった。
レーラ:「……そうして状況は悪くなる一方だったところにあなたが現れた。あなたが持っていた端末の記録を解析したところ、RZの深部にいた情報がある。そこは、UGNや軍ですら全く情報が掴めない、RZの中心部よ」
イワン:「……!?」
レーラ:「ここまで言えば、何が言いたいかはわかるわね。私たちはRZの謎を解き明かす手がかりが欲しいの。だから、協力をお願いしたい。もちろん、報酬も払う」
レーラは少し声のトーンを落として、言葉を続ける。
「……ただし。断った場合、あなたはビザの期限切れと不法滞在で、ロシアの法に則り罰金と拘留を喰らうわ。実刑だけは手を回して阻止してあげるけどね」
美裂:「レーラ評議員……それは脅迫ですよ……」
レーラ:「私は事実を述べたまでよ」
マリアンナ:「何が事実よ。まるで逃がす気ないじゃない。正直言ったら? 逃がす気はないと」
アンゲリーナ:「ご愁傷様、と言っておこうかしら」
イワン:「い、いえ、まぁUGNのお願いとあれば、協力はしますけども……」
レーラ:「ちなみに、会社のことなら心配不要よ。
冷酷に言い放つレーラの声は、しかしイワンに届いていなかった。不意に襲ってきた頭痛に一瞬意識を刈り取られていたのである。
レーラ:「クビになったのがよっぽどショックだったか……」
美裂:「そんなこと言ってる場合ですか! 大丈夫!?」
アンゲリーナ:「落ち着いて。気を楽に」
イワン:「ぃ、いえ……大丈夫です……」
美裂とアンゲリーナがイワンを心配する一方で、マリアンナは呆れた様子でレーラに告げる。
マリアンナ:「……アンタ。天然の素質あるわね」
レーラ:「……これでも、私は彼のことを心配してるのよ、マーリャ(マリアンナの愛称)」
マリアンナ:「……気安く愛称で呼ばないで、レーラ」
マリアンナの眉が下がり、琥珀の目が鋭く射抜く。
マリアンナ:「私はあんたと慣れ合ってるつもりはないわよ」
例え相手がUGN評議員――UGNの最高意思決定機関のメンバーであっても、マリアンナの態度には、
彼女は、常にこのような性情であった。それは、冷たい美貌と合わさり、触れれば傷つく鋭利な硝子の破片の印象を抱かせる。
加えて、元FHという経歴やノビンスク支部最強クラスのエージェントのひとりという外聞が交じり合い、味方からも畏怖される女――それがマリアンナ・アレクサンド=ライトであった。
レーラ:「マーリャの減らず口も相変わらずねー」
対するレーラは、風に吹かれる柳のように、マリアンナの言葉の切っ先をいなす。
彼女とは、かれこれ一年近い付き合いになる。もう、手慣れたものだ。
マリアンナ:「……正直に言うけど」
イワン:「……?」
頭痛が収束し、落ち着きを取り戻しつつあったイワンに、マリアンナが言葉を投げかける。
マリアンナ:「ここ、あんたが思っているよりも危険よ? オーヴァードであっても死ぬかもしれないわよ? それでも協力するの?」
イワン「……えぇ、協力しますよ。協力させて下さい。……記憶の手掛かりは、私も求めるものですから」
マリアンナ:「……あっそう。だったら気が済むまで手伝って、ボロボロになって野垂死ねばいいわ」
呆れたように吐き捨てて、彼女は病院の壁にもたれる。
美裂:「マリちゃん後でお説教ね。それは置いといて、確かに危険だけどいざとなれば私たちがいるから安心してね、舟又さん?」
イワン:「
イワンというのは、ロシアで最も有り触れた男性名であり、英語圏のジャックに相当する。
どこにでもいる、名もない男――しかしそれが、彼の
レーラ:「では、イワン。確認させてもらう。協力はあなたの自分の意志……。間違いないわね?」
タブレットの画面の向こう側で、レーラが小型のディスプレイ装置を手元に運び、三度問う。
イワン:「私は自分の記憶を探りたい。その為に、あなたがたと協力がしたい」
アンゲリーナ:GM、フナマタさんの今の発言について《真偽感知》は可能かしら。
マリアンナ:積極的に疑っていくスタイルなのね。
アンゲリーナ:仕方ないのよ……探偵なんかになってしまったから……。
GMはアンゲリーナの要請に応じて、ロールを促す。
結果、達成値は12となり、以下の情報が伝えられた。
GM:嘘ではないね。しかし彼は自分の記憶以外にも、何か強く捜し求めるものがある。そうあなたは感じた。
アンゲリーナ:なるほど。別の目的もあり、と。GM、ここでイワンにロイスを取りたいんだけど、構わない?
GM:いいよ。
アンゲリーナ:では、「有為/猜疑心」の有為表で取得するわ。
GM:さてその一方、レーラはイワンの回答を聞いて満足げに頷き、手元に持ってきた小型ディスプレイ装置を、病院側の人間にも見えるようにくるりと回した。
レーラ:「本人の意志も聞けたことだし、文句はないわね。霧谷日本支部長?」 ――ディスプレイに映っていたのは、霧谷雄吾。UGN日本支部の長だった。
イワン:「霧谷……霧谷秘書?」
霧谷雄吾(GM):「はい……舟殳さんを、よろしくお願いします」彼はとても苦い表情をしている。
マリアンナ:「……あ~ぁ」言質を取られたわね、ご愁傷様。と霧谷を哀れむ。
美裂:「霧谷支部長……表情が優れないですけど大丈夫ですか?」
そんな霧谷の心中を知ってか知らずか、心配そうに声をかける美裂。
そういう彼女も、彼に断りもなく日本支部からロシア・ノビンスク支部へ異動した、霧谷の胃痛の原因なのだが――。
霧谷雄吾:「お構いなく。大丈夫です。ありがとうございます」
イワン:「……な、何故貴方が日本支部長に——……轟木さんは?」
霧谷雄吾:「轟木さんは……亡くなりました」
イワンにとっては、恩人に当たる人物だ。
その彼が、死んだ。自分が記憶を失っている間に。イワンは、呆然と呟くことしかできなかった。
イワン:「…………そう、でしたか」
霧谷雄吾:「RZの件が片付いたら、墓参りに行ってあげてください」
イワン:「……えぇ、そうします……教えて下さって、ありがとうございます。霧谷……日本支部長」
思わず、”霧谷秘書”と喉元まで出かかった言葉を、イワンは直前で飲み込んだ。
イワンが知る霧谷雄吾は轟木支部長の秘書だった。その彼が、日本支部長に就任しているとは――。
時の流れを改めてまざまざと見せ付けられ、彼の
レーラ:「……話を戻すわよ。では、早速だけど目下の問題……”オーボロテニ”について武蔵、説明を」
美裂:「……はい」
レーラに促された美裂は、説明を始めた。
美裂:「現在私たちはオーボロテニと呼ばれるジャームを追ってます。最近では、避難キャンプ周辺でも目撃情報が相次いでいます。このジャームによって較的安全だったはずの”後方”が脅かされ、UGNの活動に支障が生じていますし、何より避難キャンプの人たちの人命が
マリアンナ:「私がイワンを助けた時にも見つけたわ。報告は聞いてるわよね?」
美裂:「えぇ、それについても把握しています。……とにかく、このままジャームを野放しにしておくわけにはいけません。一刻も早く我々は”オーボロテニ”を発見し……処分しなければなりません」
苦々しく告げる美咲の横顔を、マリアンナはじっと見つめていた。しかし何も言わずに、イワンに視線を戻す。
イワン:「……おおよそ把握しました。手を焼いている理由は、その”オーボロテニ”が神出鬼没である所でしょうか」
レーラ:「それに加えて、単身でも強力なジャームだからね。数で押せば倒せるかもしれないけど、それだと包囲網が手薄になってしまうし、逃げられる可能性もある。だから、身軽な少数の精鋭部隊による討伐が最も有効な手なのよ。今まではその条件に適う精鋭が不足していたけど……あなたがいれば、打って出れる」
イワン:「任せて下さい。私のお手伝いは、頼りになりますよ」
美裂:「それは頼もしい! あなたの記憶も、取り戻せるように私たちでバックアップします。ここは一丸となって頑張りましょう!」
レーラ:「医者の話だと、およそ3日で快復するらしいわ。それまで、リハビリも兼ねて支部で過ごすといい。支部の仲間と交流を深めるのもいいかもね。
タブレットを介する映像通信が終了するのと同時に、イワンは皆に向き直って頭を下げる。
イワン:「宜しくお願いします、皆さん」
美裂:「うんうん。これからよろしくね。みんなも仲良くするんだよ」
アンゲリーナ:「ええ。フナマタ……日本人の名前は言いにくいわね。あなたも言ってたように『イワン』と呼ぶわ。こちらこそ、よろしくお願い」
マリアンナ:「……ま、美裂の決定なら仕方ないか。わかったわ、イワン。精々役に立ってよね」
――こうして、ノビンスク支部はイワンという新たな仲間を得た。
そしてこの瞬間から、長い
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