第1話:エンディング02
◆ Ending02/Scene Player――マリアンナ ◆
美裂がモスクワ支部へ赴き、アンゲリーナは軍の参謀本部に出頭中のため、被害報告のレポート作成は自然とマリアンナやイワンの仕事になった。
と言っても、彼らの仕事の分量はごく少ない。
避難キャンプの設備に若干の損壊が生じて、軍人とエージェントに少数の負傷者が出て、あとは行方不明者が一名だけ。
統計上の数字は、微々たるものである。だが――。
マリアンナ:「――ってところね。以上で報告は終わりよ」
レーラ:「……なるほど、キャンプ設備への
マリアンナ:「ええ。けど、まるで神隠しか人さらいにでもあったみたいに痕跡が見当たらないわ。どういうことなのかしら」
レーラ:「さあ、ね。ともあれ、この程度で済んだのは、不幸中の幸いというべきかしらね……」
マリアンナ:「心の”重症者”が何人かいるから、そうもいかないわよ。支部内の空気が重いのなんの……全く、たまったものじゃないわ」
ベロニカは、UGNのエージェントと積極的に交流を図っていたし、両親を亡くした経歴から、可愛がる者も多かった。
特に、アンゲリーナにとっては仲が良い友達であり、守るべき日常の象徴だった。
レーラ:「その筆頭がリーナね。彼女なら、こっちのほうで少し渇を入れておいたわ。気休めだけど、ね」
マリアンナ:「……そう。無事に復活すればいいけどね?」そう吐き捨てる彼女の表情は、いつもよりキレがない。
イワン:「最悪の事態も想定されるべき、でしょうが……それは、野暮な意見ですね」
レーラ:「…………」
しばしの沈黙の後、彼女は話題を切り替える。
レーラ:「話は変わるけど、数か月以内に大掛かりな作戦が実施されるわ。イワンが持っていた端末の情報から、航空写真や衛星写真ではわからなかった地下ルートの存在が明らかになった。これを利用するわ」
イワン:「……深部へ向かう、と?」
レーラ:「うん、最終的な目標は深部よ。もちろん、その途中にはマインドジャマーの問題が立ち塞がっているから、あっちを先に何とかする必要があるけどね」
マリアンナ:「その作戦に私達は?」
レーラ:「あなたたちはこの支部の最精鋭エージェント。不参加なんて、許されると思う?」
マリアンナ:「ならいいのよ。何も言う事はないわ」
レーラ:「作戦の詳細は日を追って説明する。それじゃ、解散。次に備えて、英気を養うこと」
マリアンナ:「りょーかいよ。精々休ませてもらうわ」
気怠そうに返事をして、踵を返す。
しかしそこで「……ああ、そうだ。マーリャ?」と、レーラの気安い声がマリアンナを呼び止める。
マリアンナ:「……気軽に愛称で呼ぶなって言ってんでしょ。何よ?」
レーラ:「ひとつ、教えて。あなたは旧ノビンスク支部に行ったんでしょ。何か、感づいたことはある?」
マリアンナ:「さぁ? それは言わない契約なの」
それは、言外の肯定。
レーラは、少しだけ思案するような顔つきになったが、
レーラ:「……そう。野暮なこと聞いたわね。呼び止めて悪かったわ。それじゃ、また」
マリアンナ:「ええ、またね」
億劫に言って、執務室を後にする。
「アンタもしっかり休んでおきなさい」とイワンに告げて別れると、彼女は自室へと繋がる通路をひとりで歩く。
カツン、カツン、カツン――硬質な靴音が響く。美裂もアンゲリーナもいない支部は、やけに静かだ。
マリアンナ:「はぁ。薬の副作用で体もダルいし……命令通りに休ませて貰いましょうか」
力なくそう呟く彼女の肌は、いつにも増して白く――まるで死人のよう。
血の気がない指先でIDカードを摘まんで自室のセキュリティに
ぎしぎしと錆び付いたスプリングが軋み、それが収まった頃合いで彼女は”あの
「……”あれ”はあいつの仕業なのかしらね。何ともいえないけど、もしそうなら……」
小さく寝返りを打って、古びて黒ずんだ天井の蛍光灯をしばし見つめた後、目を閉じる。すると、瞼の裏に白い残像が焼き付き、その中に、幾人かの人影が浮かび上がった気がした。彼女はその幻に誓うように、一言一句はっきりと言葉を発する。
「私が、必ず、殺す」
再び見開かれた琥珀色の瞳には、激情の炎が灯っていた。
「……そうよ。私が殺すの。あの娘がもし”そうなって”いたら……そいつも、私が……」
怨嗟の籠った独り言は、しかし誰にも聞かれることなく……ノビンスクの夜は更けていく。
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