第3話:エンディング06
◆ Ending06/Scene Player――マリアンナ ◆
ロシアの小さな街を見下ろす、なだらかな丘の中腹。
かつてここには、教会があった。
より正確に言えば、教会に扮したFHセル”ラヨンヴォロス”の拠点――マリアンナたちの家があった。
あれはもう爆風と共に喪われてしまったが、今同じ場所には新しい教会と、孤児院が建設されていた。
UGNが出資して作られた、レネゲイド事件関係者用の孤児院だ。
”ゾーン”は消滅したが、未だにその爪痕は深い。家族を失い、孤児となった者も多い。
UGNのチルドレン養成所――あるいは軍の幼年学校が受け入れ先になっているが、危険な世界を拒む者や、レネゲイド出力が小さくエージェントに適さない者、《AWF》所持者もいる。
そんな彼らの受け皿が、この孤児院だった。
そしてその院長を務めるのが、マリアンナ・アレクサンド=ライトなのである。
マリアンナ:「……さぁて、今日も忙しいわね。歓迎会の品物は……そうね。またターキーにしましょう」
今日も何人か、新しい子供が来る予定だ。マリアンナは、歓迎会の催しに頭を悩ませていた。
子供(GM):「せんせー、ターキーってなーに?」
マリアンナ:「ん? そうねぇ……七面鳥の丸焼きみたいなものよ。お肉が沢山食べれるわ」
子供:「ほんと? やったー!」
マリアンナ:「……ふふっ。新しい子とも仲良くするのよ? 喧嘩してもいいけど、殺し合いになったらぶっ殺すわよ?」
およそ孤児院の院長には相応しくない物騒な物言いをして、にこりと笑顔を浮かべる。
しかし子供たちは、マリアンナの裏に邪なものがないのを感じ取っているのか、「はーい」と素直に答えるだけ。
ちょっと奇妙な、でもこれがこの孤児院の日常だ。
今日も、面白おかしい一日になりそうだ――と、そう思ったとき、マリアンナは視界の片隅に、栗色の髪とこちらを凝視する猫のような金色の双眸を認めた。
マリアンナ:「っと……ごめんなさい、ちょっとお客さんだから向こうで遊んでて頂戴な」
子供たちに優しく微笑みかけて、表情を凛と正し視線を飛ばしてきた人物のもとへ向かう。
果たして、マリアンナを目で招いた人物は”始末屋”アリサ・トツカだった。
アリサ:「ようマリアンナ。楽しそうだな」
友人と待ち合わせていたかの如く、気安く挙手して挨拶をする。
アリサ:「噂にゃ聞いていたが、本当に孤児院の院長さんになってるとはな」
マリアンナ:「えぇ、それなりに楽しくやってるわ。新しい家族も悪くないわよ。それで、始末屋さんが私に何の用?」
アリサ:「見に来たんだよ。お前と――オーヴァードになった子供の様子をな。聞けば、ここには戦いを拒んだ奴もいるらしいじゃないか」
マリアンナ:「ええ、居るわね。戦いから遠ざかりたくてうちに流れてきた子も少なくないわ」
アリサ:「……そうか。あたしのポリシーは、覚えているな? ”オーヴァードは、誇り高くあるべき”と」
彼女の手からトランクが離れ、草地にどすっと落ちる。
マリアンナは幾度かの戦いの中で見てきた。あのトランクから彼女の象徴たる大剣”トツカ”が飛び出してくるのを。
一陣の風が吹き抜け、にわかに空気が緊張を帯び始める。
同じ金色の眼差しが、鋭く絡み合う。
マリアンナ:「もちろん覚えてるわよ。でも、それを子供に押し付けてどうなるの。道を決めるのは、教育が終わってからでも遅くはない。そして、今この場で手を出すつもりなら……分かるでしょうね?」
すっ、と手を持ちあげる。
一度念じれば、彼女の周囲には無数の硝子片が浮かび上がってくることだろう。
アリサ:「前にも言っただろ。それを決めるのは、あたしの天秤だ」
マリアンナ:「……んで? 今回も見逃されるってことでいいのかしら」
少し態度を和らげて挑発的に笑うと、アリサはいかにも面白くなさげな様子で露骨に舌打ちした。
アリサ:「ああ。結論から言うと……保留だ。あたしのポリシーに即さない奴もいるが、そんな連中に拠って、あたしの”お気に入り”のマリアンナが支えられているからな。それに……いずれ気付くだろうよ。オーヴァードの宿命ってやつを。今はそれまでの、少しばかりの猶予だ」
マリアンナ:「そう、それはいい気味ね。そして安心した。これから御馳走だってのに、殺し合いなんてしたくないもの」
アリサ:「だが、忘れるなよ。お前がこの状況に堕落して腑抜けたとき――あたしと”トツカ”は、また現れる」
マリアンナ:「肝に銘じておくわ。……にしても、私はまだ一応UGNよ? よくそんな気軽に顔を出せるわね」
アリサ:「安心しろ。今度こそ、これを今生の別れにするつもりだ」
ぶっきらぼうに言い放って、アリサは踵を返す。
アリサ:「なんせ……次会うときは、きっと、お前を殺すときだからな」
マリアンナ:「そう。お互い、金輪際顔も合わせないことを願っておきましょうか。アーメンっと……」
アリサ:「ふん。ああ、そうそう……そのトランクは、あたしからの餞別だ。せいぜい子供たちと分け合いな」
そう言い捨てて、アリサは振り向くこともなく足早に立ち去っていく。
その背中を見送って、トランクの中を確かめてみれば、そこそこ値の張りそうな菓子折りや、ルーブル札――気のせいでなければ、最後の戦いでアンゲリーナが彼女を雇った代金と同じ――が入っていた。
マリアンナ:「……ふふっ。相変わらず律義ね。さて、この中から、新しい子の大好物が見つかればいいのだけど……あら、これ美味しいやつ」
目を細めながらトランクの中身を改めていると、背後から声を投げかけられる。
UGNエージェント(GM):「驚いたな。事前に話は伺っていたが、あの”始末屋”と知己の関係とは」
そう言ったのは、浅黒い肌の青年だった。
幹のしっかりとしたカエデの木陰に背を預けながら一部始終を伺っていたが、事が穏便に済んだのを見計らって姿を現したのである。
彼はレーラ直属のエージェントで、護衛役と先生役を兼ねて孤児院にいた。
マリアンナ:「ええ。でももう金輪際会うこともないから問題ないでしょう?」
UGNエージェント:「ああ、全く以って問題ない。それよりも――……院長先生にお仕事だ」
マリアンナ:「なにかしら?」
UGNエージェント:「我が孤児院は受け入れ人数の増加に伴って、新しい職員の採用が決定している、そして先ほどレーラ評議員の推薦する候補者が到着した。面接をお願いしたい」
マリアンナ:「あら、もう来たのね。わかったわ。軟弱な奴だったり、裏がある奴だったら即刻帰ってもらうから」
UGNエージェント:「相変わらず手厳しい。では、実際に話してその真贋、確かめてもらえるか」
そう言って、彼が指差す先にいたのは――
「……ここが、マリアンナ・アレクサンド=ライトの孤児院でよろしいでしょうか、ね」
とび色の髪を後ろで結んだ、温和そうな日本人の青年。
少し気恥ずかしそうに、彼は問う。
「……はは。なぁんでここにいるのよ……」
感心するやら呆れるやら、肩を竦めて小さく笑う。
「フフッ……職員に立候補致しました。舟殳一人と申します。僕のお手伝いは、役に立ちますよ」
と、いけしゃあしゃあ言ってのける彼――”一人”を見て、マリアンナはまた呆れたように頭を振った。
マリアンナ:「あっきれた。もぅ……こんな面倒なことせずに直接会いに来なさいよ全く」
一人:「それじゃぁダメだ」
マリアンナ:「何でよ? 日本人はサプライズをそこまで重要視するの?」
一人:「違う。会う相手が、君だから……じゃ、理由にならない?」
瞬間、マリアンナの白い顔は、かあっと耳まで赤くなった。
少しばかり言葉に詰まった後――盛大に溜息を零す。
マリアンナ:「またアンタは恥ずかしい事をおっぴろげもなく言うんだから……本当、質が悪いわ。心臓がいくつあっても足りないわよ全く」
一人:「……?」
マリアンナ:「はぁぁあ……こいつは」
一人:「初対面で剥いてきた貴方が何を言っているのかな?」
マリアンナ:「OK,私が悪かった。だからその話はここまでよ」
少し意地の悪そうな微笑みを一人が浮かべると、マリアンナはもう参ったとでも言うように手を突き出した。
一人:「フフ……さて。面接会場は何処ですか、院長?」
マリアンナ:「はぁ……じゃあ、孤児院の応接間までお願いするわ」「少し長くなるでしょうから、美味しいお茶とお菓子をお願い」
頼まれたエージェントは黙して慇懃に一礼すると、裏口から厨房へ向かう。
その口辺には、微笑が浮かんでいたという。
それをちょっとばかり不満そうに見送ると、マリアンナは一人に向き直った
マリアンナ:「こうなったら、根掘り葉掘り聞いてやるわよ。一人の個人的なあれこれまで。精々、覚悟して頂戴?」
一人:「……それは、楽しみだ」
共にゆっくりと歩き出す両者の顔には、自然な笑顔が浮かぶ。
そして、孤児院の正面扉を開けて、マリアンナは誇らしそうに告げた。
マリアンナ:「ようこそ。私の家、孤児院”ラヨンヴォロス”へ」
「――歓迎するわ」
もう、喪った過去は取り戻せないけれども。
嘘を乗り越えて、つかみとった真実は、新たな絆を紡いでくれた。
再び得た温もりはしかし、失う怖さを伴う。
だけど――。
一緒なら、きっとどんな苦難も乗り越えられる。そう信じて。
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