第3話:エンディング05

◆ Ending05/Scene Player――美裂 ◆



 F市の中心街から少し離れた高台に、山を背にした美裂の実家がある。

 まず、目に映るのが屋敷を取り囲む白い土塀だ。しっかりとした厚みのある造りで、ただの見せかけでないことが伺える。

 入り口は年季の入った高麗門で、まるで城郭のような威厳ある佇まい。

 門を潜ってみれば、石畳の先に重厚で雰囲気のある日本家屋が威風堂々と待ち構えていた。


 ――そりゃ男が寄り付かないわけだ、と美裂に先導されながらアンゲリーナは内心思ったが、口に出して指摘するのははばかられた。

 母屋は鍵がかかっていたので、敷地内にある瓦葺きの道場へと足を向ける。美裂の祖父は剣道場の師範で、度々道場に入り浸っているのだという。


 その言を裏付けるように道場の重い戸を開いてみれば、杉の一枚板で作られた床の奥間で、掛け軸を背にして座禅を組む和服の男がいた。

 還暦を超え、目元に刻まれた皺は齢を感じさせながらも、日焼けした浅黒い肌と相まってさながら大樹の年輪のように力強く。

 座する姿勢はまるで彫り物のごとく一寸も微動だにせず、強靭な体幹の持ち主であることを伺わせる。

 そんな老人であるから、その傍らに天然理心流が稽古に用いるような太く重い表木刀が置いてあっても、見る者にそれを何ら不思議に思わせなかった。


「じいちゃんただいまぁ……」


 おずおずと美裂が言葉を投げかけると、男――武蔵宗近は、


「帰ったか。美裂」


 と静かに瞼を伏せたまま答えた。


「あのぉ……じいちゃん。うちを支部の拠点にしちゃったって……」


 聞いたんだけど――と尋ねようとして、しかし美裂は、最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

 宗近がやおら瞠目すると同時、座した姿勢から表木刀を取って跳ね、抜きつけてきたからである。

 それは、以前であれば到底反応の及ばなかった神速の剣戟――だが今の美裂は、その剣筋を捉えることができた。


「――っ!」


 即座に刀を抜いて応じ、一髪の差で木剣を弾く。すぐさま宗近は間を取って平晴眼に構え直す。

 対して美裂も、凛とした八相で身構えた。

 緊張に包まれた静寂が、道場の中を支配する。

 このとき、宗近と美裂は祖父と孫娘ではなかった。ただふたりの剣士であった。


「…………」


 しばらく、そうして互いに炯々と目を光らせ視線を交わしていた両名だったが……宗近が、静かに剣先を降ろす。

 同時、張り詰めていた空気が消散するように解けていった。

 

宗近(GM):「……ほぉう。この撃剣を捌くか。露西亜ロシアで無為に放蕩していたわけではなさそうだな」

美裂:「まぁ……それなりに死線はくぐってきたからね」

アンゲリーナ:「(……今の、かすかにしか見えなかった……)」


 祖父と孫娘に戻って会話を交わすふたりの様子を、唖然と見つめるアンゲリーナ。

 一方のベロニカに至っては、何が起こったのかすらよく理解できていない様子だ。


美裂:「っていうかマジでびっくりするからやめてよ! お客さんがびびっちゃうでしょ!」


 と、刀身を大気に還元させながら抗議する美裂。だが美裂はあくまで、アンゲリーナたちを驚かせたことを怒っていた。

 剣術の世界は常在戦場。

 新選組、斎藤一の長男・勉は、孫の實が帰宅すると竹刀を持って不意打ちを仕掛け「士道不覚悟!」と叱ったという。

 先の不意打ちも、それと同義の行動なのだろう。


宗近:「それもそうだな。すまなかった、めのこたちよ。……して、めのこたちは我が家に何用かな?」

美裂:「あ、えっと……この子たちはロシアでお世話になった人たち。いろいろあってこっちで世話することになったの」

アンゲリーナ:「……はじめまして、アンゲリーナ・ラストヴォロフと申します。今日から、こちらのお屋敷でお世話になる予定だったのですが……」(冷や汗一筋)

ベロニカ:「ええと、今後この支部でお世話になる感じのベロニカ・セーロヴァと言います……けど……もしご迷惑なら別の場所に……」(冷や汗たらたら)


 宗近は、表情の変化少なに小さく笑って応える。


宗近:「良い。事情は聞き及んでいる。息子夫婦も居を移しておるし、部屋数だけは余っているゆえ。……しかし、美裂よ」

美裂:「……うん?」

アンゲリーナ:「(ごくり)」

宗近:「何故に、めのこばかりなのだ。ここを出ていったときはあれ程……」

美裂:「~~~~うっさい!! わかってるわよそんなの!! 仕方ないじゃない向こうは向こうでいろいろあったしそんな暇なかったしその……うぅぅ……」


 しょぼくれている美裂の姿は、先程まで鋭い剣気を放っていた人物と同じには見えない。

 しかし、アンゲリーナはよく知っている。どちらもやはり美裂なのだと。

 それを再確認できたのが嬉しくて、助け舟を出す。

 

アンゲリーナ:「確かに、お相手は見つけられなかったかもしれません。ですが……武蔵支部長は……彼女にしか出来ない、大事を成し遂げてきました。そのことだけは、間違いありません」


 ぎらり、と炯々たる眼光がアンゲリーナを射抜く。


アンゲリーナ:「っ……」 


 一瞬たじろぐも、アンゲリーナは視線を外さない。

 それは軍人としての矜持ではなく、美裂の仲間という誇りのために。


宗近:「……良い仲間に恵まれたな。美裂」

美裂:「ふふん、伊達に同じ釜の飯食った仲じゃないですから! 二人ともまっすぐでとても大切な仲間よ」

宗近:「そうか。……さぞ、孫娘が迷惑をかけただろう。許せ」


 と、宗近はアンゲリーナたちに小さく頭を下げる。


アンゲリーナ:「迷惑だなんて、そんな。こちらこそ、支部長にはお世話になってばかりで……!」

ベロニカ:「私なんて、助けられてばっかりで……」


 そんな風に答えるふたりの様子を見て、宗近は感慨深そうに目を細めた後、美裂に「さて」と言いつつ向き直った。


宗近:「話を戻すが……ゆーじーえぬの支部の件なら確かに承っておる。世の助けになるなら存分に使って欲しいと快く引き受けた」

美裂:「そういうとこ何にも言わずに決めちゃうんだからホントもう……」

宗近:「それを、ろくに連絡も入れず日ノ本を飛び出したお主が言うか」


 うぐっ、と言い返せず言葉に詰まる美裂。


美裂:「じいちゃんは剣術だけじゃなくてツッコミも鋭い……」

宗近:「これで少しでも剣に曇りが伺えたなら勘当だったぞ」

美裂:「うげ、まぁ確かにそれもやむなしだったかもね……でも、おかげでみんなを救えたし頼れる仲間も見つかった。結果オーライってやつ?」


 と、顔を綻ばせて言う美裂の姿に、宗近は僅かに目を細める。


宗近:「そうだな。正直に言って……おぬしの成長は、想像以上だった。ふむ、これならば良かろう」


 そう言って宗近は道場の壁から、墨で自分の名前が書かれた木札を外した。


宗近:「是より後は、お主が師範の座につけ。そして異国の地にて磨いた剣術にて、守護と流派の発展に努めるが良かろう」

美裂:「は? え? ちょ、そんないきなり!?」

宗近:「いやか?」

美裂:「……ううん、驚いただけ。ついにじいちゃんにも認められたってことかぁ……なんか感慨深いかも」

宗近:「だが、慢心はするな。師範は譲ったといえ、我が身果つるまで、稽古指導は続けるからな」

美裂:「それはもちろん!まだまだ高みには至ってないと自負しておりますので、今後ともよろしくお願いします!」


 深々と頭を下げる美裂。


宗近:「めのこたちも、よろしいな? 我が家の敷居を跨ぐからには、容赦はせぬぞ」

ベロニカ:「うぇっ、あ、はい、どうぞよろしく……」(がくがく)

アンゲリーナ:「はい。私たちも、改めて。今日からお世話になります。手伝いでも何でも申し付けて下されば」

美裂:「まぁ厳しいのは道場の中だけだからそこまでかしこまらなくていいよ? それじゃ、ふたりとも。これからもよろしくね!」

アンゲリーナ:「はい、支部長! ベラも、よろしくね」

ベロニカ:「よろしくされました!」


 皆、笑って顔を合わせたそのときだった。慌ただしい様子で、道場の戸が勢いよく放たれたのは。

 そこから元気そうな少女が顔を覗かせて、大きな声で問う。


UGNエージェント(GM):「失礼します! 武蔵支部長はいらっしゃいますか!?」

美裂:「へ?! あ、えっと私ですが……」

UGNエージェント:「おお、あなたですか。帰国早々、申し訳ありませんが、”ディアボロス”がF市内に潜伏中との情報が齎されました。何らかの計画が水面下で進行中と思われ、F市支部は至急調査せよとのことです」


 ”ディアボロス”春日恭二と言えば、ある意味もっとも有名なFHエージェントだ。

 何度も何度も打倒されては蘇る、不撓不屈の悪魔。

 悪し様に言えば、往生際が悪い。


アンゲリーナ:「これはつまり……事件ということですね!?」(キュピーン!)

美裂:「そーなりますかねー……仕方ない、F市支部の初陣と行きますか!」

アンゲリーナ:「初陣……! 準備を整えてきます!」


 そう言って、そそくさと更衣室へ引っ込んだ、その一分後――

 ブラウンの鹿撃ち帽とインバネスコートに身を包み、ルーペを携えたアンゲリーナが勢いよく飛び出してきた。


アンゲリーナ:「お待たせしました! ノビンスクの名探偵こと、UGNイリーガル。アンゲリーナ・ラストヴォロフ! 捜査に合流します!」

ベロニカ:「その助手、ベロニカ・セーロヴァも尽力します!」

アンゲリーナ:「さあ、初仕事よ助手くんベラ! 気合は充分かしら!?」

ベロニカ:「気合だけなら有り余ってます!」

アンゲリーナ:「よろしい! それじゃ、名探偵の合言葉……『真実はいつもひとつ』!」


 高らかに宣言して、道場を後にする。

 慣れない異国の地にちょっぴり不安はあるが、それ以上に希望と、信頼できる仲間がいてくれる安心感がある。

 だからきっと、大丈夫――。

 

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