第3話:エンディング04
◆ Ending04/Scene Player――
日本のとある霊園。茶髪を後ろに纏めたひとりの男性が、「轟木」の名が刻まれた墓前で足を止めた。
石目細やかな御影石は、ぴかぴかに磨き上げられて鏡面の如く。供えられた花束は、まだ青くて、枯れているものはない。
その様子は絶えず人の来訪が続いていることをうかがわせると同時に、彼を慕う者が多かったという証左を示していた。
そして、彼もまた――その来訪者たちと同じく”恩人”に会うために、やってきたのだ。
「……何年も待たせてしまって、ごめんなさい」
桶に水を湛え、花と供え物を携えて、彼は恩人に語り掛ける。
「聞いて下さい。僕、人類救っちゃいましたよ。ただのお手伝いがですよ」
どこか困ったように微笑む。
水をかけて墓石を磨き、花と線香を備え、厳かに作業を済ませると墓前にしゃがみ込む。
「ちょっと大げさかも知れないけど……でも、何だろうな……。ようやく、貴方の教えに沿えるようになった、そう思います」
轟木源十郎は、いつも自分のことを気にかけてくれた。
恐らくは、一人の心の奥底にある破滅的な感情にも気づいていたのだろう。
だから、
「僕は、もっと生きたい。この美しい世界を……僕の新しい世界を、また生きたいです」
はっきりと、墓前に誓う。
”ゾーン”での出来事は……どちらかと言えば、哀しくて、辛いことのほうが多かったと思う。
だけど、絆を紡ぎ、想いを託された。それは最初、生きろと彼を縛る鎖であったが……今は、世界と向き合い、生きたいと願う理由に変じた。
「来年も、お参りさせて下さい」
思いの丈を吐き出し、頭を下げる一人。しかし、振り返ろうとしたその瞬間、彼は背後に気配を感じた。
”ただそこにいる”というだけで、圧倒的な存在感を放つこの重圧の持ち主に、一人は心当たりがあった。
京香(GM):「……人間の感覚に合わせれば、こう申し上げるべきでしょうね。お久しぶりです」
少女の浮かべた笑みは恐ろしく妖艶で――そして、姿形は変われど”彼女”なのだと、直感が理解した。
一人:「お久し振りです、都築京香。しかし今更、何をしに……?」
京香:「……献花とお線香ですよ。轟木源十郎もまた、愛おしき我が宿敵の一人。弔意を捧げたいのです。よろしいですか?」
一人:「……どうぞ」
京香:「ありがとうございます」
都築京香は、慇懃に会釈して、厳かな所作で献花と線香を済ませる。
そして、慎ましく一連の儀礼を終えると、彼女は一人に向き直り、他愛ない世間話のように切り出した。
京香:「”レネゲイド・ゾーン”が消滅したそうですね」
一人:「ええ。元凶を断ちましたから、ね」
京香:「話は聞いてますよ。お詫びと言っては何ですが、一連の事件における、私の事情をつまびらかにさせて頂きたいのです。少し、お話に付き合ってください」
一人:「聞かせて下さい」
京香は「では、あちらで」と霊園のベンチを示してたおやかに座る。
一人も、その隣に腰かけた。膝に肘を乗せて、前より少しがさつそうに。もはや、取り繕う必要もない。
京香:「……さて、ご存知のように、人革機関はジャーム化の対応策を確立した上で、地球人類すべての”覚醒”を目指すための研究組織でした。
そういった意味では、あなたに欺瞞を用いていたのは事実です。……とはいえ、あなたなら”裏”があることに気付いていたでしょうけど」
一人:「長く研究している間に、スッカリ忘れてしまっていましたがね」
京香:「本気で研究はしていたのですよ。ただ……実を言えば、本来のプランにおいて、人革機関の研究は一定の成果を挙げながらも”頓挫”する予定でした」
そこで、一人は眉を少し上げて、京香の顔を横目に見た、
幼い顔立ちには不釣り合いな、妖しい笑みが映る。
一人:「……それは、どちらの方が?」
京香:「両方です。そして、研究の副産物が世界中に拡散し、レネゲイドの進化と可能性を広げるための種となるはずだったのです」
空を仰いで、大きな溜息を肺から吐き出す。
――敵わないな、この人には。
一人:「あの時の僕の希望を返して欲しいなまったく。そこまでは想定できなかった」
京香:「しかし……歯車が狂ってしまった。その結果生まれたのが”ゾーン”です。そしてシームボルは、過去の英雄や指導者から受け継いだ使命感をそのままに、人革機関の目的を果たそうとした」
その言葉を、額面通りに受け取ってしまっても良いものか訝しむ。
彼女に想定外などあるのか。すべて”プラン”のうちなのではないかと。そんな疑惑の目線を、彼女はくすりと曖昧に笑って受け止めた。
追及は難しいだろう。そう思ったイワンは、彼女が口に出した人物――シームボルに思いを馳せた。
一人:「……彼も眩しかったよ。戦って思った。コイツを殺す事は出来ても、超える事は出来ない……って」
”ゾーン”は、彼にとって眩しいもので満ち溢れていた。
そして、戦い進んで行くたびに、自分の矮小さが浮き彫りになって自己嫌悪に陥った。
だけど――今は、もううじうじ悩んだりはしない。そういう所が、好きだって言ってくれた人がいるのだから。
そんな一人の想いを知ってか知らずか、都築京香は言葉を続けた。
京香:「……彼の想いは、幾星霜もの月日を、賢者の石の塊の状態で募らせたものですからね。
結果がどちらに転ぶか、私もわかりませんでした。……しかし、私としては”ゾーン”が消滅しても、しなくても、”プラン”を多少変更すれば対応できたので、今回は事態の推移を見守らせて頂きましたが」
一人:「何処までも、レネゲイドの為に……か」
都築京香:「ええ。私も大概”自分勝手”なものですから」
くすり、と彼女が笑う。
一人:「恐ろしいな。あなたも純粋過ぎる化物だ。レネゲイドへの恋心が、重過ぎる」
京香:「褒め言葉として受け取りましょう」
京香はそう言って、静かに立ち上がる。
一人のとび色の目と、奈落を連想させる京香の漆黒の相貌が交差する。
京香:「お話は以上です。では、ごきげんよう。とく――舟殳さん」
一人:「あぁ。……出来れば、もう会いたくはないね」
その言葉には答えず、京香は小さく会釈して立ち去っていく。
一人:「さようなら……僕の初めての想い人」
その小さな背中が見えなくなるまで追いかけて――視界から消えると同時、重い息を吐く。
そして、未練を断ち切るかのように目を瞑っていたそのとき……携帯端末から、コール音が響いた。
取り出して、発信者を確認する。レーラだった。
一人:「
レーラ:「あ、イワン。私だけど、実はね、あなたにまた”お手伝い”をお願いしたいことが出来たのよ。モスクワまで来てもらえない?」
一人:「……」 僅かな沈黙の後、 「良いでしょう」
小さく笑って、いつもの台詞を口にする。
一人:「僕の”お手伝い”は、役に立ちますよ」
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