第2話:オープニング02

◆ Opening02/Scene Player――マリアンナ ◆



 絡みつくような倦怠感けんたいかん。ブーツになまりでも入れられたかのような、重い足取り。

 マリアンナ・アレクサンド=ライトは、警邏任務を終えて、支部の自室へ帰還する途上にあった。


「はぁ……全くかったるいっての……」


 思わずこぼした溜息がしらむ。今、ロシアは冬の只中にあった。

 雪の降り積もる街中を、警戒しながら練り歩くのはオーヴァードであっても疲労するものだ。

 しかしそれも今日のところは終わり。あとひとつ角を曲がれば部屋に辿り着く――そんなときだった。 


「……何のつもり?」


 足を止める。

 遮断機のように、通路の角から長い諸刃の剣身が持ち上がってマリアンナの道を阻んでいる。そして、剣の根本から漂ってくる”あからさまな”殺気――。

 マリアンナは知っていた。この大剣”トツカ”と――その持ち主のことを。


「よう、裏切り者ダブルクロス


 声に応えて、通路の角から出てきたのは、まだ十代前半と思われる小柄な体躯の少女だった。軽くウェーブがかかった栗色の髪。猫の目を思わせる金色の瞳。

 しかし、彼女が口辺に漂わせる獣のような野趣ある笑みは、マリアンナにすら緊張感を抱かせる冷たい迫力を持っている。

 それもそのはず。彼女はFHでも名の知られた存在――”始末屋”アリサ・トツカだった。


アリサ(GM):「この剣を見れば、あたしが誰だかわかるはずだな?」

マリアンナ:「……はぁ、そういう事。こんな北国までわざわざご足労様ね。始末屋?」

アリサ:「仕事なんでね。――FHなら、覚悟はしていたはずだな? 裏切り者ダブルクロスには、刺客が向けられることぐらい」

マリアンナ:「ええ、勿論。で? ここでやろうっての?」いつでも戦闘態勢を取れるようにしておく。

アリサ:「例えここがUGN本部だったとしても、あたしの仕事には――”始末屋”には関係ない」


 アリサが大剣トツカの切っ先をマリアンナに差し向ける。

 それに応じて、マリアンナも強化薬物のアンプルに手を伸ばしつつ、構えを取る。

 互いに目線を外さないまま、じりじりと睨み合いが続く。いつ何時なんどき、均衡が崩れて戦端を開くか――マリアンナは、そう思っていたのだが、


アリサ:「だが、わからないことがある」


 邪気を消してアリサが構えを解き、剣の腹を肩に乗せる。これには少々面喰いつつも、マリアンナが言い返す。


マリアンナ:「……何がよ」

アリサ:「ひとつは、お前がFHを裏切った理由。……お前がいたセルに関する情報は”殆ど残っていない”。あたしの調査でわかったのは、”今はもう存在しない”ことぐらいだ。何があった?」

マリアンナ:「……アンタには関係のないことでしょう。それともなに? 話せば見逃してくれるわけ?」

アリサ:「見逃すかどうかは、あたしの天秤で決める」

マリアンナ:「チッ」


 露骨に舌打ちする。

 ――要するに、独断と偏見でしょうが。


マリアンナ:「”死んだわ”。私を残して皆……ひとり残らずよ」

アリサ:「案外素直に言うんだな。周囲にるいが及ばないようにか? ずいぶん仲間想いなことで」

マリアンナ:「勘違いしてんじゃないわよ。これは私のため……私はまだやるべきことがある。それまでは死ねない……死んでたまるもんですか。泥水啜どろみずすすってでも生き残ってやるわよ」

アリサ:「自分の”欲望ねがい”のためか……ははっ、いいな。お前は根っからFHだよ」

マリアンナ:「ふんっ……」

アリサ:「しかしまだ、”保留”だな。……だが、教えてくれたからには、こっちの事情も話しておこうか」


 マリアンナがそれを必要とするか否かに関わらず、彼女は一方的に次の句を継ぐ。


アリサ:「実はな、あたしのとこに来た依頼は、複数のブローカーを介して届いてることがわかってる。大元の依頼者の素性は不明だ。あたしはそれが気に入らない」

マリアンナ:「……」

アリサ:「色々調べたが……わかったのは、このロシアに依頼者がいるってことだけ」

マリアンナ:「……へぇ」

アリサ:「だからあたしとしては依頼の裏取りをして、どんな事情が絡んでるのか知りたいんだが――まっ、いずれにせよ……」


 ニィ、と獰猛に口角を釣り上げてアリサは笑む。


アリサ:「お前も依頼者も――誇りのない奴だったら殺す。そんだけだ。よく覚えておけ」

マリアンナ:「……えぇ。私としては”保留”してくれるだけでも万々歳よ。それまでに何としてもアイツを……。情報提供、感謝するわ」

アリサ:「おいおい、あたしは殺しに来たんだぜ……まあいい、そろそろ退散するか。お邪魔虫もやってきそうだし、な」


 呆れるような目つきでマリアンナを見ながら、アリサは壁に寄り掛かる。

 次第に、その小さな体が泥土に呑まれるように埋もれていく――壁面を透過するモルフェウスのエフェクトだろうか。

 彼女の姿が完全に見えなくなると同時、せわしない複数の足音が近づき、UGNエージェントたちが現れる。


マリアンナ:「……あら、そんな大勢でどうしたの? トイレなら向こうよ」

GM:「いえ、この周辺で警備システムの反応がありまして。何かありましたか?」

マリアンナ:「別に、何もなかったわ。誤作動じゃない? 経費をケチってるから」

GM:「誤作動、ですか。わかりました」先頭のエージェントが振り返って告げる。「おい、引き上げるぞ」

マリアンナ:「……お勤めご苦労様」


 ばたばたと遠ざかっていく足音が聞こえなくなると、マリアンナは彼女アリサが消えた白亜の壁面を睨む。


マリアンナ:「(思わぬところで制限時間が出来たわね。でも、私のやるべきことは変わらない)」


 視線を外し、自室へ急ぐ。

 仮に”始末屋”の不興を買ってトツカの凶刃に狙われることになったとしても、その前に目的を達成してしまえば、あとはどうでもいい。

 そう。自分のすべきことは――


「――いつも通り、”殺す”だけよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る