第3話:エンディング02

◆ Ending02/Scene Player――マリアンナ ◆



 マリアンナが、こうしてモスクワ支部に足を運ぶのは、UGNエージェントに転向したあの日以来――実に一年ぶりとなる。

 たまの休暇でモスクワに行くことはあったが、それ以外のときは常に”ゾーン”の最前線に立ち続けてきたのだ。

 だから、評議員用執務室の、高級そうなオーク材の扉を叩く経験は、これが初めてであったが――彼女の心中は、緊張とは無縁であった。


マリアンナ:「入るわよ」


 気安く言い放って、扉を開く。室内では、レーラとエリーゼがが待ち受けていた。


レーラ:「マーリャ、非番の身なのに急に呼び出して悪かったわね。実は、ちょっと話があってね」

マリアンナ:「まぁいいけど……んで、何の用? ここ最近終始駆り出されて割と疲れてるんだけど?」

エリーゼ:「ご心労のほど、お察し申し上げる。リトヴァク評議員、この先は私が引き継ぎますね」


 ええ。と頷いて、レーラは言葉の続きを促した。


エリーゼ:「……あなたは、人工レネゲイドクリスタルを生み出すことができた。間違いないな?」

マリアンナ:「……えぇ、そうよ。でも、一時的なブーストによる所が大きいから、言っておくけど今は無理だから」

エリーゼ:「だが、事実、作り出した。言うまでもなく、それは希少で貴重な力だ」


 生真面目を絵に描いたような表情で、エリーゼは滔々と告げる。面倒なことになりそう――と渋面を浮かべて、マリアンナは次の言葉を待った。


エリーゼ:「その能力が、FHに狙われる可能性は非常に高い……。いや、最悪の場合、同じUGNの強硬的な派閥の標的となることもあり得る」


 エリーゼが担う査察部長という役職は、元々は強硬派閥”改革派”の先鋒アッシュ・レドリックの席であった。

 今も、査察部には”神の報復”マリア・チェスノコフのようなアッシュの信奉者が多く、彼らはいざとなれば手段を選ばない。

 エリーゼ本人は中立的立場だが、内情を知悉しているだけに、危惧するのも当然であった。


マリアンナ:「あぁ……そう、ね。確かに」


 マリアンナは、面倒そうに頭を振った。

 UGNという組織内の立場にはさして関心がないが、それで仲間たちに累が及ぶことになっては問題だ。


エリーゼ:「それで、一時エージェントの立場から退き、イリーガルとしてリトヴァク評議員の管轄下で事態の風化を待つのが望ましい……という話になった」

マリアンナ:「ふぅん? まぁ、面倒なことに関わらなくてもいいのは願ったりかなったりだけど、それには何か条件があるんじゃない? おいしい話には何とやらってね」

エリーゼ:「FHとUGN、双方の目を欺くため、あなたには表向きの仕事を持ってもらおうと思う」

レーラ:「……あなたの”欲望ねがい”は果たされた。新しい目的や、やりたいことを見つける時期よ。援助は惜しまないわ」


 マリアンナにとっては、まさしく渡りに船、というべき提案だった。

 今更FHに戻る気はないが、かといってUGNの掲げる崇高な理念やらにも関心はない。惰性でエージェントを続けるべきか、ぼんやりと悩んでいたのだ。


マリアンナ:「へぇ? 随分と大盤振る舞いじゃない。何でもいいのね?」

レーラ:「もちろん! 評議員権限で何とかしてあげる!」

マリアンナ:「……言ったわね?」


 言質を取り、不敵に笑うマリアンナ。


レーラ:「え、ええ……ただ、私の手が届く範囲で、ね?」

マリアンナ:「それは問題ないわ。アンタ達にも悪い話じゃないはず」


 疑問符を浮かべるレーラに、マリアンナは言葉を続ける。


マリアンナ:「私ね、孤児院を開きたいの」

レーラ:「孤児院、か。なるほど、ちょうどいいかもしれない。実を言うとね、軍もUGNもイヤだって言う避難民の孤児もいるから」


 避難民の多くを占めるのは、望んだわけでもないのにオーヴァードになってしまった者たちだ。

 大人ならば、まだ自分の意志で道を選ぶことができる。だが子供の場合は、判断力を身に着けるまで庇護する者が必要だ。

 UGNでも軍でもない、第三の庇護者が。

 マリアンナは、自身の過去と照らし合わせて、そう思ったのだ。


マリアンナ:「そうでしょう? あ、言っておくけど、UGNに渡すために保護するわけじゃないから、そこだけは言っておく」

レーラ:「わかってるわよ。信用ないわねぇ」


 両手の拳を振り上げて、ぶーぶーと抗議するレーラ。


マリアンナ:「念のためよ。念のため。問題児でも何でも寄こしなさい。その子たちが安心して過ごせる、”家族”を作ってみせるから」

レーラ:「ま、マーリャなら任せても大丈夫そうね。それじゃ、よろしく頼むわよ」

マリアンナ:「ええ。時々遊びに来て頂戴。レーラは子供に人気も出そうだし」

レーラ:「それはもしかして私が子供っぽいとでも言いたいの!?」


 小柄なレーラがそう言ってぷんぷんと怒って見せる姿はしかし、まさしく子供じみていて――


マリアンナ:「あら? 私は別に何とも言ってないのだけどね?」


 と、からかうように笑い返すマリアンナに、しばらくレーラの抗議は続いていたという。


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