第2話:マリアンナの回想 後編
月日は流れ、マリアンナも二十歳を超えて大人の仲間入りを始めた頃――。
「ラヨンヴォロス」のセルメンバーは、緊急の案件で拠点の教会に呼集された。
一枚板の円卓を囲むセルメンバーの間には、ただならぬ雰囲気がたゆたっている。
マリアンナもその中にいて、ボリスが口火を切るのを待っていた。
マリアンナ:「……」
ボリス:「……既に知っている者もいるだろうが、今日までに六人の孤児が行方不明になっている。そして、先ほど最初に失踪したスサンナが発見された。残念な結果になったがな」
マリアンナ:「一体どこのどいつよ。うちに手を出すなんていい根性してるじゃない。見つけたら私が直々に硝子細工に変えてやるのに……ッ!」
ボリス:「少なくとも、オーヴァードだろうな。現場からレネゲイド反応が確認されている」
ぎりっ――と、マリアンナの歯ぎしりの音が、痛々しい沈黙に包まれた円卓に響く。
ニーナ:「リーダー。どうするの? まさか、このままってわけじゃないわよね!?」
マリアンナ:「……絶対に見つけ出してぶっ殺す。必要なら薬だって!」 小声でボソッと。
ボリス:「……無論だ。こうなった以上、セルリーダーとして原因の究明と、犯人の無力化……いや、殺害を命じる」
誰よりも、セルの家族を愛するボリスの命令。どれほどの覚悟と葛藤を要したことだろう――。
ボリス:「相手がマフィアでも、ジャームでも、同じFHでも構わない。家族を、守るんだ……だが、マリアンナ」
マリアンナ:「……何?」
ボリス:「使うなとは言わん。しかし、薬は、出来れば控えろ。体を大事にしろ」
マリアンナ:「……はい、リーダー」
ボリス:「以上だ。『ラヨンヴォロス』、出撃」
こうして「ラヨンヴォロス」は、総力を挙げて孤児殺害の犯人を探し回った。
元よりチルドレンの多かったこのセルは、潜入捜査能力に長けていた。
ほどなくして、犯人の手がかりを掴むことに成功した――と都市部で捜査を行っていたマリアンナに連絡が届く。
マリアンナの合流を待たずに、犯人のアジトに対する攻撃が実施され――彼女が帰ってきたとき……教会のベッドは、怪我人であふれていた。
ニーナ:「……ああ、マリアンナか。戻ってきたのね。悪いわね、ベッド使わせてもらって」
マリアンナの部屋のベッドに横たわるニーナが、痛みに表情を歪めながら申し訳無さそうに苦笑する。
マリアンナ:「ちょっと……どうしたのよその傷ッ!? 大丈夫なんでしょうね!?」
ニーナ:「へーきへーき。唾つけてりゃ治るってこんなの。いてて」
ニーナの語ったところによれば、犯人こそ取り逃がしたものの、アジトに捕まっていた子供は全員解放することができた。
敵の反撃で怪我人こそ出たが、死者もジャーム化した者もいないという。
ニーナ:「まっ、大勝利よ」 と彼女は得意げにニッと笑う。
マリアンナ:「しっかり傷を治してちょうだい。それまで、身の回りの事は全部私がするから…」
ニーナ:「……じゃ、悪いけど、今日の料理当番は、あんたに任せるわ。ボルシチがいいな。畑にあたしの育てたテーブルビートがあるから使ってよ、”マーリャ”」
マリアンナ:「ええ、わかった。とびきり美味しいの作ってやるから待ってなさい」
ニーナ:「ありがと。……どさくさに紛れて愛称で呼んでみちゃったけど、これからも続けていいかにゃー? あいたたた」
マリアンナ:「いいに決まってんでしょ。私たちは”家族”なんだから! ほら、重傷なんだから動くんじゃないわよ」
ニーナ:「マーリャが昔みたいに素直になるなら、怪我も悪くないかもねー、なんて。はは……」
彼女の願い通り、マリアンナはボルシチを作るために、テーブルビートの畑に向かう。
ボリスがソ連崩壊直前の時代にダーチャの菜園で半ば自給自足していた経験から、孤児院の近くには畑が開墾されていたのだ。
そんなことを思い出しながら、マリアンナが畑に植わったテーブルビートの葉を掴んだ、そのとき――大きな爆発音が、続けざまに、ふたつ轟く。
マリアンナ:「――ッ!? 何の音!?」 すぐさま教会の中へ戻る!
GM:キミは教会に戻ろうとした、だが、出来なかった。何故なら教会とその近くの敷地にある孤児院が、爆弾に吹き飛ばされたように、瓦礫と化していたからだ。
マリアンナ:「何よ、これ……一体何が……ッ!?」
GM:答える者は、何もない。ニーナも、ボリスも、子供たちも。ただ、すべてが一瞬で消し飛んだ。
「……皆! 返事しなさいよッ! ねぇ……ねぇったら!」
必死に瓦礫を掴んで退かすが、返事は何も聞こえない。
「……ねぇ……意地悪してないで返事しなさいよ……」
大き目の瓦礫をひとつ取り除いたとき、擦り傷と血だらけの手が止まる。
「……そんな」
そこにあったのは、残滓。
今まで過ごした日々を彩った調度品。さっきまで一緒にいて笑い合っていた人。
すべてが、黒ずんで
「あぁぁぁ……」
「あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!!」
煤にまみれた彼女の一部を、腕に抱いて顔を寄せる。
「……こんな、あんまりよ! 何でッ! 何でッ!?」
「何で……私が。私……だけっ」
疑問に答える者は、誰もいない。
「ニーナ姉、皆っ……」
「……”お父さん”ッ!」
彼女は、誰も居なくなった教会の”跡地”で泣き叫び続ける。
「まだ……お父さんって……呼んでなかったのにっ……」
そこに
* * *
その後、マリアンナは爆破事件についてさらなる追跡調査を行い、セルメンバーの遺した資料からFH兵器開発部を追放されたエージェント”レッドラバー”に行き着いた。
”レッドラバー”はエグザイル能力を応用した生体埋め込み型爆弾を開発し、その実験台に孤児を利用していた。ニーナたちも、それに殺されたのだ。
しかし、ここでマリアンナの追跡は思わぬところで足止めを食らう。
”レッドラバー”の最後の足跡はノビンスク市――UGNと軍に封鎖されたあの街で途絶えていた。
「ラヨンヴォロス」も壊滅した今、独力ではノビンスクへの潜入は困難。他のFHセルに助力を請うのも難しいだろう。だから――
彼女は”裏切り者”になることを決めた。
ユーリィ(GM):「……マリアンナ・アレクサンド=ライトだな?」
夜のモスクワ。人気のない待ち合わせ場所に、部下を伴って現れたUGNモスクワ支部長ユーリィ・”ミーシャ”・バクーニンが、闇に声を投げる。
闇の向こうにいた気配の主――マリアンナが、硬質な靴音を響かせて姿を現す。
その美貌に冷たく刺すような雰囲気を纏い、それとは対照的に、琥珀色の瞳が憎悪の炎で燃え滾っていた。
マリアンナ:「……えぇ」
ユーリィ:「確認するが、FHを裏切り、UGNに付くというのは本当なのだな?」
マリアンナ:「ええ、本当よ。私が提供できる限りの情報、物資……全てくれてやるわ。監視も思う存分付けなさいな」
マリアンナの言葉の後、配下のエージェントがユーリィに耳打ちをする。恐らくは《真偽感知》のような、発言内容の真贋を調べるエフェクトが使われたか。
元KGB出身者の肩書に違わない鋭い目つきを光らせて、ユーリィはマリアンナに向き直る。
ユーリィ:「わかった。我々UGNは、キミを迎えよう」
マリアンナ:「感謝するわ」
UGNの案内に付き従いながら、マリアンナは夜空の星々を仰ぐ。
(――復讐のため、私はここまで来た。絶対に……皆の仇をとる)
(――でも、お父さんは止めるかな……? 自分を大事にしろって……けど、残された私にはこんなことしか出来ない)
(――だから、どうか……)
「私のわがままを、許してちょうだい。……”お父さん”」
誰もいない空へ笑いかけ、彼女は口を閉じてUGNの後を追う。
ふと、視界の隅に人の顔が泡沫のように浮かんでは消えていく。血縁はなくても手のかかる姉だったニーナ、いつも仏頂面だが優しいボリス。共に笑って過ごしたチルドレンの皆……。
だがそれは幻だ。彼女を取り巻いていた優しくて暖かいものは、爆炎の中に失われてしまった。
彼女の隣に立つ者は、誰も居ない――。
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