第1話:ミドルフェイズ05

◆ Middle05/Scene Player――イワン ◆



 RZ避難民の生活は、様々な問題を抱えている。

 収容所のような避難キャンプから出ることも許されず、狭い仮設住宅に押し込められて暮らす日々。

 しかし、ストレスが行き過ぎるとジャーム化に至る可能性がある。

 ――よって、オーヴァードであるからと心身の負担を軽視せず、精神のケアを行うことが必要不可欠なのだ。



GM:……さて、他に何かやりたいこと、話したいことがある人はいる?

イワン:うぅーん……ちょーっと支部長とお話がしたいなーって。

GM:いいよ。カードは?

イワン:木材調達で。

GM:わかった。では、イワンだけ侵蝕率を上げて。

イワン:7点上昇。安定している。


 ――例によって例の如く、レーラたちに呼び出されたイワンと武蔵。

 彼女は、いつもの軍の執務室ではなく、UGNロシアのシンボルが掲げられた上階の部屋にいた。恐らくは、モスクワ支部だろう。


レーラ:「わざわざごめんねー」

イワン:「いえいえ。今回は何のお手伝いをすれば良いのでしょう?」

レーラ:「実は、避難キャンプのために木材調達をお願いしたいのよ。

ここは都市機能が麻痺してライフラインも寸断されているから、使用できる電力量が限定的でね。暖房の一部を薪炭しんたんに頼っているのが実情なの」

美裂:「なるほど。確かに最近冷え込みも厳しくなってきましたしねぇ」

レーラ:「そして、木材は避難民が行うワークショップの材料としても使われる。少しでも生産性のある生活にしないと、息が詰まっちゃうからね」

イワン:「……切ない。しかし、責任重大ですね」


 イワンは即座に理解した。避難民の生活は過酷だ。ともすれば、ジャーム化に繋がりかねないほどに。

 それをケアするために、こうしてレーラは様々な手を尽くしているのだろう。先の硝子細工展についてもそうだ。


レーラ:「ということで、やってくれる?」

美裂:「もちろんです。それじゃイワン。はりきってやっていこうじゃないか」

イワン:「えぇ、やりましょう」


 ここでカードをオープン。裏に書かれていたのは「【肉体】」。


GM:このイベントでは、近隣の森林地帯に行って丸太を取ってくる。【肉体】判定を行い、[達成値]本の丸太を調達できたことになるよ。

イワン:やはり肉体労働……(【肉体】1、起源種なので侵蝕によるダイス補正なし)

美裂:身も蓋もない容赦なき【肉体】の文字……。

イワン:支部長、一緒に(ダイスを)振りましょう。


 ――かくして、両者はタイミングを計って同時にロール。

 イワンの出目は振るわず「3」。

 しかし、武蔵はクリティカルして「19」と、面目躍如であった。


イワン:私が3本用意してる間に19本……。

美裂:身体が資本ですから。

GM:支部長張り切りすぎ……。合計22本の丸太を運び込んだわけだね。では……。


 ――ノビンスク近郊の森林地帯。ナラの木々の広葉こうようが作るまだらな影の下に、美裂は佇んでいた。

 風が渡れば、ざわざわと森が騒ぎ、木漏れ日が忙しなく揺れ動く。

 ややあって森が落ち着きを取り戻すと、美裂はまぶたを閉じて深く息を吸った。刀の柄にそっと手をかける。


「……ッ!」


 きら、と真一文字の剣閃けんせんが走った。数百キロはある立派なナラの樹幹じゅかんが切断され、重力をあざ笑うように宙に浮かぶ。

 その刹那、美裂の姿が掻き消えた――と思うと、彼女は肩膝を立てて着地し、刀を鞘に納める。

 納刀の鋭い金属音が響くと同時に、手頃な長さになって四半に分かたれた”薪”が、ばらばらと降ってくる……。


「超人してるなぁ……」


 それを遠目から眺めていたイワンは、鼻口を覆うマスク越しに思わず嘆息する。

 彼がやっとの思いで集めていたのは白樺だ。樹皮に油分が多く含まれ、焚き付けに適している。ただ、風媒花なので花粉症予防は欠かせない。


美裂:「おーイワンも結構がんばったねぇ。えらいえらい」


 大量の薪をロープで括って引き摺る美裂。それだけでも重労働のはずだが、その表情には笑顔が絶えない。


美裂:「いいねぇ、こういうの。なんかお爺ちゃんに教えてもらってたときを思い出すわ」


 そして、鼻歌交じりに大量の薪をそのまま引き摺る美裂と、滑車とワイヤーロープを駆使しながら必死の形相で運搬するイワンは、無事に避難キャンプに辿り着く。

 避難キャンプの代表として現れた頭も髭も白に染まった男性は、積み上げられた木材に目を丸くしたあと、何度も丁寧に頭を下げる。


GM:「これで冬が越せます。ありがとうございます」 と、彼は低姿勢で感謝してくる。薪を乾燥させたりする作業はあとで避難民のオーヴァードが行うようだ。

イワン:「いえ、こんな時ですから。大事に扱って下さい」

ベロニカ:「いやー、これはワークショップが楽しみだね。あの硝子細工には及ばないにしても、木彫りの像でも作ってみようかな」 と、ぴょこっと出てきて木材を眺めるベロニカ。

美裂:「ベラちゃんじゃない。いいね、チャレンジ精神は大事だよ」

ベロニカ:「武蔵せんせーのお墨付きとなれば俄然やる気が沸いてきた。チェブラーシカに挑戦してみよう」 と、袖を捲くるポーズ。

イワン:大分難易度高いモノ選んだね?

美裂:「ちぇ……? うん、まぁよくわかんないけどやってみるのが肝心。がんばってね!」


 ちなみにチェブラーシカとは、ロシアで親しまれている小動物のキャラクターである。


ベロニカ:「おうよ。とびっきりの見せて、驚かせてあげるんだから」

そう言ってベロニカはどこか遠くを見るような目つきになり「……何時も頑張ってるあの人に私たちが出来ることなんて、それくらいだし、ね」と。

イワン:「アンゲリーナさんを驚かせられるものが出来ると良いですね。では、私達はこれで」


 美裂が何時にも増して砕けた笑顔を浮かべつつ、手を振って避難キャンプを後にする。その道すがら。

 イワンは、美裂を呼び止めた。


イワン:「……ときに支部長。少し、あなたに確かめて欲しい事があるのですが……宜しいでしょうか?」

美裂:「ん? なにかな?」

イワン:「……RZ深部に私がいた記録があると言う事ですが、他にも深部に辿り着いた人たちはいますか?」

美裂:GM、具体的なデータはある?

GM:RZ深部へは、そもそも到達した記録がない。UGNにも、軍にも。

美裂:やっぱりイワンだけなのね。そこにいたという公式な記録あるのは。

GM:中層以降にはマインドジャマーがあるから有人部隊では進入できないし、無人地上車両UGVを空中投下して調査もやったけど、すぐにジャームに壊されたりしてほとんどわからない。

美裂:イワンだけが例外中の例外と。

GM:うん。そして、そんな感じの説明が美裂の口から語られた、ということにしよう。

イワン:「……参ったな。他にも深部へ向かった情報があれば、私の位置情報と照らし合わせて、ルートの構築ができたかもしれないのに」

美裂:「そうだねぇ……そこまで辿り着いたのはイワンだけだし。でも、そもそもどうしてあんなとこにいて、しかも平気なのかもわからないね。やっぱり失ってる記憶になにかあるのかな……」

イワン:「——……もしかしたら、侵蝕率が低いだけで、既にジャームになっていたり」 と、冗談めかして言ってみたり。

美裂:「……あまり冗談でもそんなこと言っちゃダメだよ」


「ですが、在り得ないと言うわけでもな――」「ダメだよ」

 イワンの台詞を遮るように、美裂は言葉を重ねる。いつになく強い調子だったので、驚いて横を見れば、美裂は辛そうに目を伏せていて――。

 わずかな静寂の後、開かれた藤色の瞳には、哀しげな陰影いんえいがたゆたっていた。


「……マインドジャマーのせいでジャームになった人もいるんだから……。それに、もしそうなら……私はあなたを斬らなきゃいけない」


「…………」


 沈黙と、少し気まずい間。イワンは、話題を変えることにした。


イワン:「しかし、私から頼んでおいて何ですが、機密事項と言える情報をポンと出すなんて……。それも、ほとんど謎の人物である私にね」

美裂:「イワンは私たちに協力してくれるんでしょ? だったら知るべきことは知らないと」

イワン:「……えぇ、それは、間違いではありません。いけませんね、急に何を言い出すんだか」


 そう言ってイワンは懐から花を取り出した。瓶詰めにされた青い造花。

 ――何故か、見ていると心が落ち着く。


イワン:「……ありがとうございました。RZの謎、早急に究明しなければいけませんね」

美裂:「……そうね」

イワン:GM、支部長にロイス取ります。誠意と不安の、表ポジティブで。

美裂:私も取ろう。庇護/不安の、ポジティブ表。

GM:どうぞ。

 


美裂:「ねえ、イワン。私はあなたの言葉を信じたい。一緒に頑張りましょ」

イワン:「えぇ、そうですね。一緒に……」


 ――どちらともなく歩き出し、支部への帰還を再開する。

 それきり、その場で言葉が交わされることはなかった。

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