第1話:ミドルフェイズ02

◆ Middle02/Scene Player――美裂 ◆



 RZの厄介な点は、単体でも手を焼く代物であるのに、それに付随して様々な問題を生むことだ。

 その代表例が、数千を数えるオーヴァード化した避難民である。

 

 レネゲイドの秘密を守るため、彼らを簡単に解放するわけにはいかない。それは理解している。

 しかし――理屈ではわかっていても、仮設住宅に押し込められ、監視塔の機関銃に睥睨へいげいされて暮らす姿を見れば、納得できない者はいる。


 武蔵美裂も、そのひとりであった。



GM:次は誰が行く?

マリアンナ:美裂行ってみる?

美裂:行きますかぁ。アンゲリーナ、一緒に出ましょう。


 PL間で相談し、このシーンは美裂がシーンプレイヤーとなり、アンゲリーナと一緒に登場する運びになった。

 イベントカードも使用。選んだカードは「青空教室」だ。


GM:では武蔵だけ侵蝕率を上昇させて。

美裂:1点上昇。よかった。

GM:それではシーンの描写に入ろうか。


 イワンたちと同じように、レーラの呼びかけに応じてやって来た美裂とアンゲリーナ。

 壁面に設置された大型ディスプレイに映るレーラは、軍の基地らしき執務室で書類にペンを走らせていたが、彼女らの到着を確認すると手を止めた。


「よく来てくれたわね。……これは、命令じゃなくて、お願いなんだけど……まあ、ひとまず聞いて頂戴」


美裂:「およ? なんでしょうか」

アンゲリーナ:「聞きましょう」

レーラ:「RZの影響を受けた避難民には、当然ながら子供も含まれている。……でも、こんな状況では満足に教育を受けさせることもできない。アカデミアから講師を招聘しょうへいしたり、手隙てすきのときは私がインターネットを使って教えてあげてるんだけど、手が足りないのよ」


 オーヴァードアカデミア――通称アカデミア。

 一般人とオーヴァードが共に暮らし共に学ぶ学校で、両者の共存を謳うUGNの理念を体言する存在だ。

 公式サプリメント『ディスカラードレルム』にもステージとして収録されている。


レーラ:「一時的なもので構わない。青空教室の講師になってくれないかしら?」

美裂:「おー! いいじゃないですか! もちろん喜んで!」

アンゲリーナ:「私も構いません」


 ここで美裂はカードをオープン。裏には「<知識:学問>」と書かれていた。


美裂:体育じゃない!?

アンゲリーナ:そりゃまあ……左から3番目に配置してあるし【精神】カテゴリの技能だと思ってたけど。

GM:ということで、<知識:学問>で判定して達成値を合計してくれ。2~7で指導要領の半分、8~14で指導要領を満たし、15以上でカリキュラム以上のことを教えられた、とする。

美裂:お、恐ろしい……。

アンゲリーナ:GM、《完全演技》で理想の教師を演じる、などで達成値に修正は貰える?

GM:いいでしょう。達成値に+2で。


 ダイスロールの結果、【精神】6のアンゲリーナが1回クリティカルして14、美裂もダイス1つで7と上々の内容だった。


GM:合計21。大成功だね。じゃあ――。


 ――今日も変わらず、太陽を遮る鉛色の雲が立ち込めるRZの空。その空の下で、子供たちは屋根もない中で机を並べ、ホワイトボードに向かう。

 講師役は、ノビンスク支部のイリーガルと支部長。

 明らかに彼女らの領分の仕事ではなかったが――それでも、嫌な顔ひとつせずに、務めていた。


「じゃあ次は、この応用問題。さっき使った公式を活かして、考えてみてちょうだい? わからない部分はいつでも訊いてくれていいからね」

 

 そう教えるアンゲリーナの表情には、優しい笑顔が浮かんでいる。

 優しく、丁寧で、教師の模範とも言える姿。しかし、それは《完全演技》で役割を演じているから、というだけではない。

 ――本来なら、学校で友達と過ごし、勉強や青春に励んでいるはずの子供たち。その彼らの助けになるならば。

 そんな思いが、彼女を”教師”たらしめていた。


美裂:「そうそう、そこはそんな感じでやっていけばいいから。なんだー、みんな頭いいねぇ」 ひとりずつ机間指導を行って見回るわ。

ベロニカ:「はい! 先生! 証明問題がまったくわかりません!」 と、そんな中、席を立って元気良く挙手するベロニカ。

アンゲリーナ:「証明問題は、逆算の問題。必要な式さえ思い出せれば、簡単に解けるわ。この場合だと――」


 少々教師役に入れ込みすぎたのか、アンゲリーナは一通り教授した後、質問をしてきた相手がベロニカであることに気付く。


アンゲリーナ:「っていうか、ベラも来てたのね」 と、このときだけ素に戻るわ。

ベロニカ:「そりゃまー、元々学生ですから。……おお、なんかわかった気がする。私、もしかしてノイマンってやつ?」

アンゲリーナ:「あら、それなら私とお揃いね。じゃあ次は、もう少しレベルを上げましょうか。ノイマンなら行けるわ」

ベロニカ:「あぅ、いえ、その……武蔵先生、助けて!」

美裂:「いやー、できるできる! 大切なのはまず信じること。”自分はできる”ってね」


 そう言ってベロニカを見る美裂の顔は、思わず目を逸らしてしまいそうになるほどきらきらと眩しくて――。


ベロニカ:「う、うう……ガンバリマス……」

アンゲリーナ:「大丈夫、ベラなら出来るわ。地頭は悪くないもの」

美裂:「もうすぐで今日のカリキュラムも終わるから、この後はみんなで体育の授業だよ。体を動かしていっぱい遊ぼうね」

ベロニカ:「おー、やった! アンゲリーナにも褒められちゃったし、これは頑張らないと!」


 カリキュラムの内容を終えたあと、青空教室は、スポーツに興じる場となった。

 サッカーで美裂の放ったシュートがゴールポストを盛大に外してそのまま柵の外へ飛び出し、監視中の軍にその旨を伝えて呆れられるという一幕もあったが――

 概ね、子供たちの表情は笑顔に満ちていた。


「アンちゃんは教えるのも上手いし、すごいねぇ」


 片付けを終えて、支部へ戻ろうとした矢先――美裂はアンゲリーナを労いながら言った。


「まあ、ノイマンですしね」


 少し面映い感覚に、顔の火照りを自覚しながら答える。

 アンゲリーナ自身は前支部長のことを資料でしか知らないが、大型支部に相応しい風格を持つ中年の男性だったと聞く。

 それに比べると、美裂は良い意味でも悪い意味でも気安い人物だ。そして理想に邁進まいしんし、恥ずかしくなるような言葉でも躊躇なく口にする。

 そんな彼女だが、この避難キャンプの現状をどう考えているのだろう――。


アンゲリーナ:「ところで、支部長」

美裂:「どしたの?」

アンゲリーナ:「今の避難キャンプの状況。端的にどう思います?」

美裂:「……正直良くはないわよね。RZの謎も深まるばかり。住民のみんなも不安や焦燥感でいつ潰れてもおかしくない。だからこそ私たちは、子供たちの未来のために頑張らないとって思ってはいるんだけどね……」


 こうして一目見ればわかる。彼らは疲れ切り、明日に抱くのは不安の二文字だけ。

 おまけに、避難キャンプ周辺で目撃されるようになった”オーボロテニ”の存在――それがどれだけ彼らの心を苛むことか。

 思わず、刀の柄に視線を落とす。


アンゲリーナ:「ええ、同感だわ。……もうひとつ、お聞きしたいのですが」

美裂:「ん?」

アンゲリーナ:「支部長は、軍の台頭についてはどう考えますか?」


 美裂はその言葉に振り仰いだ。藤色ふじいろの瞳が見つめる視線の先には、機関銃が設置された監視塔がある。


美裂:「……私はあまり良いとは思ってないわ。でも状況が状況なだけに、仕方ない部分があるのもわかる」


 レネゲイドの隠蔽はUGNの基本方針であり、ロシア政府クレムリンもこれに同調している。

 また、オーヴァード化した避難民をマスメディアや心ない人間の衆目から守ったり、脱走を防ぐために、このような収容体制が必要なのは、美裂も理解するところだ。


アンゲリーナ:「仕方がないから、現状維持で良い、と?」

美裂:「軍隊がやらなかったらUGNがやるだけよ。それに――好むと好まざるとに関わらず、軍なしでRZの封じ込めは維持できないわ」


 UGNは、少人数のエージェントが属する支部を都市ごとに配置して、レネゲイド事件の対応に当たらせるスタイルを基本としている。

 そのためUGNの兵站、とりわけ糧食は現地調達でまかなわれることが殆ど――これは要するに、食事をするならば近隣のコンビニで弁当を買ったりする必要があるというわけだ。

 しかし、RZによってノビンスク市の都市機能は完全に麻痺している。おまけにノビンスク支部はUGNでも稀な規模の大型支部だ。

 軍が運行する鉄道によって大量輸送される生活物資がなければ、UGNノビンスク支部と避難民の暮らしも立ち行かないのだ。


 余談であるが、ロシアの鉄道の軌間きかん(レールの幅)は1520mmと世界標準よりも広い。日本の在来線が1067mmの狭軌きょうきだから、日本人の美裂は驚いたものだ。


美裂:「でも、それで”仕方がない”が行き過ぎて、心を失い暴走しないように、私たちは最後の砦になる必要がある」


 決意を込めた表情でそう告げた後、美裂は向き直っていつもの人当たりの良い笑顔に戻る。


美裂:「……できればそんなことにはなって欲しくないし、軍隊の人たちともきちんと協力して行きたいけど、UGNは信用されてないからなぁ。たはは」


 ロシア国内におけるUGNの活動は、政府によって制限が課せられている。

 その理由には、様々な憶測が流れているが――美裂が感じるのは、警戒されているということ。

 それがUGNに対するものなのか、オーヴァードそのものへの偏見かはわからない。しかし――。


美裂:「――でも。まだ希望は捨てない。組織とか、そういう垣根を越えて、みんなで頑張れるようになりたいと私は思ってる」

アンゲリーナ「みんなで……か。本当に。全員で協力してことに当たれれば、解決も早まるんでしょうけども。中々どうして、難しいものですね」

美裂:「そうね。とても難しいことだと思う――だから、アンちゃんも私に力を貸してね。ひとりじゃ困難なことでも、ふたり、三人、と輪を広げて行けばきっと――」


 ――美裂が口にしているのは綺麗事だ。そんなこと、アンゲリーナが言うまでもなく、本人も理解しているはず。

 しかし美裂は、綺麗事を綺麗事のままで終わらせないように、実現に向けて邁進している。

 いつだって、美裂は真っ直ぐで、眩しい。

 見通しがきかない不安という名の暗雲に苛まれるRZには、この眩しさが必要だ。


「貴重なご意見、ありがとうございます」


 アンゲリーナが感謝の言葉を述べる。

 美裂は、いつも通りの人当たりの良い笑顔で応えた。

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