第1話:ミドルフェイズ08

◆ Middle08/Scene Player――美裂 ◆



 夕刻。美裂は、暮れ行く陽が半分かかった緩やかな丘の上に足を運んでいた。

 人の足で踏み固められた坂道を登りきると、茜色に染まった墓石の群れが美裂を出迎える。


 ――ここは、墓場だった。

 埋葬されているのは、亡骸を回収できず、RZから帰らずの身となった戦士たち。

 そこはUGNや軍隊も区別なく――彼らの戦いと献身を忘れぬために、あるいは紙上の記録では不憫ふびんだからと、遺志を継ぐ者たちが自然と作り上げた場。

 ママイの墳丘墓ママエフ・クルガンのような壮麗そうれいさとは無縁の、急ごしらえの戦場の墓地。


 美裂は、丘の中央に聳える八端十字架はったんじゅうじかの影の前に立った。墓碑銘ぼひめいには「ニコライ・ジュガーノフ」と書かれている。


美裂:「……ニコライ支部長。また来ちゃいました」

 

 伏せていた藤色の瞳を上げる。夕日に陰る八端十字架はったんじゅうじかは、赤い建築用鉄骨を組み合わせて作られていた。

 ――葬儀は簡素に留め、列車は墓石や棺よりも避難民の生活物資を運ぶべし、と。死後に開封された彼の遺言に書かれてたのだ。

 そのため、墓は崩壊したビルから取り出した建築用資材で構成されている。


美裂:「これをお話しするのは何度目かになりますが……ロシアに来て右も左もわからない私にいろいろ教えてくれたのはあなたでした」


 一年前、己の異能と剣術を誰かの救うために役立てたいと、ただそれだけを胸に抱き、RZに至った。

 そんな異国の女に、皆は怪訝けげんな視線を向けた。当然だと思う。しかし、彼は――ニコライ前支部長は違った。

 美裂の理想を解し、その推進に必要な事柄を教え、支援してくれた。彼がギムナージヤで日本語を学んだ事務員を招聘して、ロシア語を教えてくれなかったら、今の自分はいなかっただろう。

 そんな彼がいたからこそ、みさきは。


美裂:「RZは未だに健在……けれど、私も皆も、頑張っています。あなたがいたから、頑張れています」


 美裂はそう言った後、少し喜色を浮かべた。


美裂:「――そうそう。先日、RZ深部から生還した舟又さんって人がUGNに来たんですよ。今は部下としてとっても熱心に働いてくれてます。彼は記憶を失っていますけど、それが戻れば、今までわからなかったことがわかるようになるかもしれない……」


 ――今までRZに対し、後ずさりするばかりだった状況を覆せるかもしれない。

 これが支部長の地位を継いで以来、はじめて伝えられるだった。どんなに不確実でも、ようやく掴んだ光明であった。


美裂:「私……あなたの願った平和を必ず実現して見せます。必ず。なんとしても」


 はっきりと決意を示し、美裂は持ってきた瓶のコルク栓を抜く。途端に、強い酒精が鼻腔びこうにつんと届いて染みる。ウォッカだ。

 ロシアでは命の水とさえ呼ばれており、ノビンスクにも配給品として届けられているのだ。

 美裂は墓の上に手を伸ばし、瓶を傾ける。


美裂:「お酒、好きでしたよね。これ、日本ではよくやりますけど、ロシアじゃあまりしないかな?」


 アルコールのつゆに濡れて夕日にきらめく八端十字架はったんじゅうじかに改めて祈りを捧げ、美裂はわかれの間際に告げる。


美裂:「……あとは私がケジメを付けます。だから……どうか待っていてください」


 背を向け、ゆっくりと丘を下って支部へ帰っていく。

 固く、固く握りしめられた拳が、美裂の中の決心を物語っていた。


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