9-5

 しばらく屋台の食べ物を買いながら歩いた。脚もくたびれてきた頃合いで、祭りの道が終わりを迎える。ここから折り返しだが、少し休みたかった。


「ねぇ、確かこの先に神社あったよね」

「あー、あるある。昔行ったな」

「そこでちょっと休もっか。屋台の食べ物も食べたいし」


 少し歩いた先にある神社の石段に、俺たちは腰を下ろした。もともとこの夏祭りはこの神社を奉っているためのものだ。神社にも提灯が下げられ、夏祭りらしい雰囲気が漂う。辺りに人の気配はなく、祭りの喧騒がどこか遠くから聞こえていた。


「痛っ」


 石段に座った茜は、顔をしかめて下駄を足から外す。


「やっぱり浴衣、あんまり慣れないね」

「靴擦れしてるじゃねーか」


 茜の親指と人差し指の間、ちょうど鼻緒が当たる部分が、赤くなっている。


「まぁ、この人混みだし、ただでさえ歩きにくいから仕方ねーか」

「だね。ちょっと休めば帰りくらいは大丈夫だと思う」


 流れ行く人混みを、なんとなく遠巻きに眺めた。

 幸いなことに、今のところ知り合いとは出くわしていない。

 少し早目にきたのが良かったのかもしれない。


「ねぇ、覚えてる? 昔迷子になって、ここで二人で休んだこと。和美さん来るまで、ぼんやり座って話してた」

「あったな。覚えてるよ。お前めちゃくちゃ泣いてたな」

「だって不安だったんだもん」

「……親父さん、死んだのあの時期だったか」

「うん。それで、みんなが励まそうって私を誘ってくれたんだよね」


 ここで泣いていた茜は、和美姉達とはぐれた恐怖が徐々に拡大して、親父さんが死んでしまった悲しみも引き起こされていた。

 感情と記憶は時に連鎖する。

 泣いた時に、昔泣いた記憶も同時に蘇るんだ。

 頑張って覆い隠していても、何かの引っ掛けで表に出てくることがある。

 人は一人では強く居られないのだと、幼かった俺は、その時初めて悟った。


「詩音がずっと話聞いてくれた時、嬉しかった」

「それくらいしか出来ないからな」

「それくらい『しか』じゃないよ。それくらいのことをやってくれたから良かった」

「……十年以上前だよな」

「ちょうど龍音ちゃんと同じくらいの歳のころだったから、そうだね」

「俺らも、でかくなったな。すっかり」

「これからもっと大きくなるよ。大人になって、今度はここで一緒にお酒飲んでたりして」

「あるかもな」

「……ねぇ、詩音」


 不意に、茜の声のトーンが落ちた。

 どことなく、周囲の空気が緊張に満ち溢れるのを感じる。

 なんだか妙だ。まるで、告白の前のトーンみたいな……。


 告白?


「あのね、私ね、詩音のこと――」


 真剣な表情の茜に、思わず目が泳ぐ。

 そこで俺は、不意に気付く。

 龍音の姿がない。


「あれ? 龍音は?」


 俺が口にすると「えっ? あれ?」と茜も表情を変える。


「さっきまでここで焼きそば食べてたよね?」

「もしかして屋台見に行ったのか?」

「そうかも」


 ここに来るまでに、あいついくつか食べたそうな物に目を光らせていた。

 気になって、見に行ってしまったのかもしれない。

 俺は立ち上がる。


「悪い、ちょっと見てくるわ」

「私も一緒に行くよ」

「やめとけ。足痛めてんだろ? それに、戻ってくるかもしれないし、ここに居てくれたほうが助かる」

「そっか、そうだよね……」

「すぐ戻ってくるよ」


 茜の方を振り返らず、俺は小走りで祭りの人ごみにもぐった。

 危なかった。

 こんなみっともない顔、見せられない。

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