9-3

「おふくろー、龍音まだ?」

「ちょっと待ちなさい。あんたは本当、せっかちなんだから」

「待ち合わせ時間が近いんだよ……」


 祭り当日。

 玄関で待っていると、リビングからお袋に連れられて龍音がやってきた。

 龍音は、綺麗な浴衣に身を包んでいた。紺色の生地に桜吹雪が描かれたもので、風情を感じる。


「どうよ、お母さん着付けは得意なんだから」

「へぇ、可愛いな」

「ゆかた」


 龍音はトテトテとこちらに歩いてくる。まだ慣れていないのか、歩き方がぎこちない。


「この浴衣どうしたの?」

「お母さんのお古よ。子供の頃着てた奴。もう使うこと無いかなって思ってたけど取っといて良かったわ」

「へぇ……。龍音、どうだ? 着心地は」

「たのしい」

「答えになってないぞ……まぁいいけど」


 龍音の目はキラキラしている。喜んでいる証拠だ。


「それじゃあ、行って来るから」

「はいよ、楽しんできなさい。茜ちゃんにもよろしくね。あぁ、あと祭りに和美達も行ってるみたいだから、会ったらよろしく言っといて」

「へいへい」

「いってきます」


 玄関を出て、手を繋いで待ち合わせ場所に向かう。

 下駄の音がするかと思ったら、意外と静かだ。見てみると、龍音の足元は子供用サンダルだった。そのお陰か、浴衣だけど龍音の動きはどこか機敏だ。


 空には満月が浮かび、夕暮れの空は夜と混ざり出す。

 まだ会場にはたどり着いていないけれど、夏の気配と、祭りの気配が、どこか空気をざわめかせていた。ちらほらと、浴衣の人も見受けられる。


「わくわくする」


 龍音はどこかそわそわしている。

 町の喧騒や賑やかな雰囲気を、体で感じているのだろう。


 町内にある商店街。約二、三百メートルはあろうかと言う長い通り。

 その通り一帯に、毎年この時期は大量の出店が出る祭りが開催されていた。


 お神輿みこしや盆踊りが出るような本格的なものではないが、結構遠方からもお客さんが来るほど賑やかな祭りであることに変わりはない。

 ここ数年はあまり来ていなかったが、昔はよく和美姉やシンジ兄ちゃん、それに茜とも遊びに来ていたのだ。


「久しぶりだな、この感じ……」


 商店街の大通りを、左右挟みこむように出店の屋台がぎっしりと並んでいる。そしてそこに、大量の人が歩いていた。

 右側から入って、左側に折り返す人の流れが出来ている。油断するとすぐはぐれそうだ。


 商店街の入り口で待ち合わせのはずだったが、茜はまだ来ていないらしく、姿は見えない。携帯で時間を確認すると、約束より少し早めに来てしまったらしい。


 ふと龍音を見ると、何かを物欲しげに眺めている。

 見ると、綿あめを仲睦まじく二人の子どもが食べていた。男の子と、女の子だ。

 その姿に、なんとなく過去の俺と茜の姿が重なる。

 あの年の頃くらいは、男女とか世間体とか面倒くさいこと考えずに接していた。今は今で悪くないけれど、何となく幼い日々のことも懐かしんでしまう。


「食べるか? 綿あめ」

「いいの?」


 信じられない、と言った様子でこちらを見上げてくる龍音に、俺は苦笑して頷いた。


「棒で喉突っつかないよう、気をつけな」


 買った綿あめをもぐもぐと食べる龍音は、心底幸せそうな表情をしている。

 口に入れると溶けて無くなってしまう綿あめの感触が、新鮮でたまらないのだろう。

 ここまで喜ばれると、屋台のおじさんも本望だろうな。


「ちょっともらって良い?」

「うん」


 綿あめをちぎって口に運ぶ。

 何となく、懐かしい味がした。屋台の味だ。

 何となく、いろんな物事の移ろいを感じる。


 すると、カランコロンと下駄の音が耳に入った。

 何気なく振り返と、そこに浴衣姿の女性が立っていた。

 髪の毛をまとめていて、薄く塗られた化粧。大人っぽい人だ。

 綺麗だな、と感じた。何となく、胸の高鳴りを覚える。美人は和美姉で相当の耐性がついているけど、心に引っかかるものを感じた。


 女性はどこかぎこちない様子で、俺たちに近づいてくる。何か用だろうか。


「おま、お待たせ」

「はっ?」

「待たせてごめん」


 意味がわからず怪訝な顔をしていると、龍音が「茜」と声を出した。


「茜? マジで?」

「マジで? って……見たらわかるでしょ」

「どうしたんだよ、その格好」

「恵子が着付けしてくれるからって。メイクもしてくれるからお願いしたんだけど……変かな」

「変っていうか……」


 俺は内心どぎまぎしていた。変わりすぎだろ。


「いいんじゃない? その……何か」

「何かって、何よ」

「いや、雰囲気とか、大人っぽいと言うか。違いすぎて最初わかんなかったし」

「それ、褒めてんの?」

「まぁ、一応……」


 すこしの沈黙ののちに、茜は「ぷっ」と吹き出した。


「何笑ってんだよ」

「褒めんの下手だなぁって思って。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

「余計なお世話だ。……じゃあまぁ、行くか」

「うん」


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