9-4



 三人で祭りの喧騒の中を進む。

 人が多く、油断すればすぐにでもはぐれそうだ。

 ある程度余裕をもって歩けるものの、提灯ちょうちんや屋台、周囲の人に視線が奪われ、定まらない。


「龍音、俺の手離すなよ」

「うん」

「一応私も繋ぐから大丈夫だよ」

「あんがと」


 龍音を挟んで、俺たち三人は手を繋ぐ。

 その構図は、どこかの宇宙人が捕まっている写真を思い起こさせた。


 茜をチラリと見る。

 髪の毛をアップにしているためか、横顔も普段と違って見えた。

 偽者じゃないかと思ってしまうほどだ。

 茜の親戚のお姉さんだと言われれば、多分信じてしまう。


 ただ、歩き方はどこかぎこちない。

 慣れない下駄を履いているためか、体重の乗せ方や歩き方を探っているようにも見えた。


「どうしたの?」


 俺の視線に気付いたのか、茜が尋ねる。


「足元、歩きにくそうだなって」

「うん。下駄とか履かないからね、普段」

「雪駄とか下駄とか履きなれてないと靴擦れするって言うからな。気をつけろよ」

「詩音、何かお父さんみたい」

「実際お父さんだからな、一応」

「いや、今に始まったことじゃなくて、昔から」

「そんなにおっさん臭い?」

「おっさん臭いというよりは、過保護かな。世話焼きと言うか」

「親があんなだし、弟も姪も小さいからな。そりゃそうなるだろ」

「かもね」


 茜は少しおかしそうに笑った。


「でも私、詩音のそういうところ嫌いじゃないよ」

「そりゃどうも」


 話しているうちに、慣れてきたのか緊張もほぐれて来る。

 そこで初めて、自分が緊張していた事に気がついた。

 何で緊張してんだ、俺。相手は茜なのに。

 小さい頃からずっと一緒に過ごしていたじゃないか。


「あ、詩音、あの福引屋覚えてる? 当たりくじ入ってないところ。小さい頃よく行ったよね。シンジさんが怒って、おじさんと喧嘩してた」

「あ? あぁ、そうだな」


 そうだ。よく覚えている。

 二人で手を繋いで歩いたことも、迷子になって和美姉にこっぴどく叱られたことも。まるで昨日のように鮮明に、思い起こされる。


「詩音、あのくじ、やりたい」


 龍音が俺の袖をちょちょいと引っ張って我に返る。何思い出に浸ってんだ、俺。


「やめとけ、当たらないから」

「やりたい」

「ダメだっつの」


 龍音がムゥとむくれる。今日はわがままだな。

 まぁ今までが従順すぎただけか。

 どうしてやろうかと思っていると、見かねたのか茜が「私が出すよ」と口にした。


「良いって、わがまま聞いてたらキリねぇんだから。たまには我慢させねぇと」

「ううん、なんか私がそうしたいかなって。どっちかと言うと、私のわがまま。ダメかな」

「そこまで言うなら……」


 福引屋は、数百本ある紐からたった一本を引いて当たりを狙うものだ。

 背後に大量のゲーム機をチラつかせているが、実際に当たりは無い。

 ヤクザがやるような商売で、祭りの雰囲気だけがそれを許している。

 まぁ、一種の風物詩だ。


「おじさん、一本良いですか?」


 茜を見た店の親父はパッと表情を変えた。


「あいよ! お、お姉さん綺麗だねえ。もう一本おまけだ」

「あ、ありがとうございます!」


 茜は嬉しそうにニマニマとした笑みを浮かべてこちらを振り返る。

 よっぽど嬉しかったのだろう。

 何せ普段あまり言われることないだろうからな……などと言うと殺されかねないので黙っておく。


「綺麗なお姉さん、だって」

「あぁ、分かったから。くじ選べよ」

「もう、ノリ悪いなぁ……龍音ちゃん、一本選んで良いよ」

「ありがと」


 茜と龍音は適当な紐を選ぶ。

 一本三百円とは、マジで暴利だな。

 そう思っていると、龍音が選んだ紐を見て店の親父がギクリと表情を変えるのが分かった。

 何だ?


「じゃあ、せーので引こっか」

「うん」

「「せーの!」」


 ガタン、と音がした。

 見ると、店の親父が椅子を倒して立ち上がっている。

 茜はそんな親父の様子にも気づかず、「あちゃー、ハズレちゃったか」と苦笑していた。


「龍音ちゃんは?」


 龍音が俺に差し出してきた紐を見て、俺と茜も絶句した。

 何故なら、龍音の差し出してきた紐の先端には、最新の携帯ゲームのハード名が書かれたタグがついていたからだ。

 それを見て、俺も茜も目を丸くする。


「あたった」

「嘘だろ? 当たり入ってるなんて……」

「私も、全部外れだと思ってた」


 俺たちがそれぞれ驚いていると、店の親父が「あー、くそ」と声を出して鐘を鳴らした。その瞬間、俺たちに注目が集まる。


「悔しいけど、大当たりだよ!」

「やったな、龍音!」

「龍音ちゃんすごい!」


 俺たちが口々に褒めると龍音はキラキラと目を輝かせた。よっぽど嬉しいらしい。

 親父は渋々という様子で、機嫌悪そうに本体を袋につめる。

 ゲームの形をした消しゴムでも渡されるのかと思ったが、どうやら本物らしい。


「よかったな」

「うん」


 店を離れる時、クジ屋の親父は不思議そうにこぼすのを俺は聞き逃さなかった。


「当たりクジ外しといたんだけどなぁ……」


 再び人混みの中を俺たちは歩き出す。

 どういうことだ? と俺は首を傾げた。

 クジ屋の親父が当たりクジを用意していたのは、恐らく警察への対策だろう。

 その当たりクジを龍音がたまたま見つけて、引っ張った。


「なぁ龍音、そのクジ、なんかやったのか?」


 俺が龍音に尋ねるも、龍音はフルフルと首を振る。

 どうも本当に何もしていないらしい。


「紐、光ってた」

「光る?」

「うん」

「どう言うこと? もしかして龍の力?」

「かもな」


 どう言う効力かは分からないが、価値あるものが光って見えるらしい。

 めちゃくちゃ便利な力だな、と感じる。


「龍音、良かったな」

「なにが?」

「拾われたのがうちで」


 治癒能力、探知能力、超弩級の運動力。

 どれひとつ取っても、いくらでも悪用できそうだ。

 少なくとも、変な奴が保護者だったらそうするだろう。

 悪用せずとも、放っておきはしまい。

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