5-4

「龍音ちゃんのほっぺ、みんな言ってたけどすごい威力なんだね」

「よくわからない」


 龍音ちゃんの手を引きながら、私達は教室に向かって歩く。

 トコトコと歩く龍音ちゃんの歩幅はとても小さくて、まるで小動物みたいだ。

 

「基樹先生大丈夫かな……ぶちのめしちゃったけど」

「茜、つよい」

「し、詩音には内緒にしてね」


 教室に向かって歩いていると、途中でピタリと龍音ちゃんが足を止めた。


「どうしたの?」


 尋ねると、興味深げに龍音ちゃんは部屋を見ている。


「ここ、はいりたい」

「あぁ、図書室か。龍音ちゃん、本が好きなの?」

「おじいちゃんがたくさん持ってた。いっぱい読んでもらった」

「そっか」


 私は入り口の窓越しに、そっと中を覗きこむ。

 幸いにも、今は受付の生徒しかいないらしい。


「じゃあちょっとだけ入ろっか」


 そう言うと、龍音ちゃんは目をキラキラと輝かせた。

 どうしよう、可愛い。

 普段はあまり表情を見せない子だけど、嬉しい時はとても分かりやすい。

 

 ドアを開けて中に入る。

 龍音ちゃんを見た受付の図書委員がギョッとしていた。

 私は軽く手で謝罪の意を示す。


 図書室は静かだった。

 まるで本が音を吸っているかのように、静寂が広がる。

 何となく、詩音のおじいさんの家を思い出した。

 あの家の空間と、とてもよく似ている。

 音がないのも、どこか心を落ち着かせてくれるのも。

 

 龍音ちゃんはサッと室内に入ると、素早く本を取り出して読み始めた。


「何読んでるの?」

「ももたろ」

「そっか。私も一緒に読んでいい?」

「うん」


 龍音ちゃんと、同じ本に目を落とす。

 思えば、こうして二人きりになるのは初めてかもしれない。

 不思議だけれど、ちっとも気まずくなかった。

 龍音ちゃんには、心を解きほぐすような不思議な魅力がある。


「ももたろおもしろい。こんど、詩音にもみせる」

「龍音ちゃんは、本当に詩音のこと好きなんだね?」

「うん」

「どういうところが好きなの?」


 何となく、気がつけば尋ねてしまっていた。


「詩音やさしい。私のこと、いやがらない」


 その言葉は、何となく私の胸にズキッと来た。

 単純だけれど、鋭い言葉。

 子供は意外と、色んなものを見抜いている。


「詩音もすきだけど、茜もすき」

「ありがと」


 何だか嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。


「茜は、詩音のことすき?」

「えっ?」


 予想外のことを尋ねられて、戸惑った。

 龍音ちゃんの丸くて大きな目が、私を映し出す。

 その目を見ていると、何だか嘘はつきたくない。


「……うん。好きだよ」

「どこがすき?」

「龍音ちゃんと一緒。あいつ、誰よりも人のこと見て、人の為に動いてくれる。態度は荒いけど、優しいんだ」

「茜と詩音は、ずっといっしょにいるの?」

「うん。この学校ね、みんな同じ幼稚園や小学校だったから、ほとんどが幼馴染なんだ。でもね、詩音が今まで、一番沢山、私と一緒に居てくれたと思う」


 龍音ちゃんは私の顔を見つめる。


「私ね、お父さんが小さい頃に病気で死んじゃったんだ。お父さんが死んだ時、私、ずっと泣いてた。でも詩音は、何も言わないでそばに居てくれた。だから、寂しくなかった。今でもあいつは、目を向けてくれてる。自分にとって大事な人のことは、ちゃんと見てる」

「うん」

「でもこれ、詩音には内緒にしてね。二人だけの秘密」

「うん」


 私と龍音ちゃんは、互いに見合って少し笑う。

 何だか秘密を共有した気分だ。


「俺が何って?」


 その声に、私は動きをピタリと止め。

 ゆっくりと、顔を上げた。

 そこに、詩音が立っていた。


「何か楽しそうだな。俺も混ざっていい?」

「帰れ」

「え?」

「帰れ」


 

 

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