11-3

 こうして、災厄の刻は終わりを遂げた。

 町を襲った現象は、未曾有の災害として取り上げられ。

 そして同時に、未曾有の奇跡として人々から口にされた。


 行方不明一名。

 怪我人数名。

 あの男の遺体は、とうとう見つからなかった。


 大規模な災害にも関わらず、ほぼ全ての人が無事だった。

 町を包み込んだ光る樹は、まるで命を芽生えさせるかのように、静寂に包まれた町に人々の声を蘇らせた。

 それはあまりにも奇妙で、集団で夢を見たと言われたほどに。

 町の家屋や道路の崩壊の跡だけが、起こったことを現実と証明していた。


 町の復興に、そう時間は掛からないと言われている。


 龍は『審判』をする。

 その世界を滅ぼすことが龍の『審判』の一つだとしたら。

 その世界を存続させることもまた、龍の『審判』なんじゃないだろうか。

 あの光の樹は、世界を回復させるような力を秘めていたのかもしれない。

 

 龍音が世界の存続を望んだから。


 龍音を抱きしめた時、俺は致命傷を受けていた。

 何十本もの枝が俺を貫き、そして最後は腕ほどの太さの樹が、俺の心臓を正面から貫いた。

 でも、俺の傷はほぼ完治していた。


 ほぼ致命傷だった俺が助かったのも、たぶんあの光る樹の力によるものだ。

 あと、泣いている龍音を抱きしめたのもでかかったんじゃないだろうか。


 涙と血はほぼ同じ成分でできていると言われている。

 龍音の涙が、俺の致命傷をいち早く癒し、留めてくれた。

 だから俺は、生きて帰ることが出来た。


 ただ、一つ思う事があった。


「あいつ……キスする必要あったのかよ」


 病院の屋上で、青空を眺めながら俺はぼやいた。

 俺は大人になった龍音に唾液を流し込まれたわけだが。

 そんなことせずとも、もっとやりようがあった気もしないではない。


「……まぁいっか」


 龍音は白いシーツが風に揺れるのを興味深そうに眺めている。

 龍音は、自分の力で人を殺めた事実を知らない。

 それを、話すつもりはない。

 墓場まで持って行くつもりだ。


「キスが何だって?」


 いつの間にやってきたのか、茜が首を傾げて立っていた。


「別に、何でもないよ」

「ホントに?」


 そのまま横に座る。


「何でもないって」

「まぁ別に、それならいいんだけど」

「お前、もう体調はいいのか?」

「おかげ様ですっかり良好」

「それなら良かったよ」


 そこでふと、俺は祭りのことを思い出す。


「なぁ、茜」

「何?」

「その……祭りで言ってた話なんだけど」

「えっ?」

「続き、したいなと思って」

「それって、どういうこと?」

「だから、俺もお前のこと、悪くは思ってないって言うか……」


 何て言えば良いか分からない。

 こう言うのは、苦手だ。


「だから……その、良かったらウチに来ないかって」

「もっとはっきり言って?」

「俺がお前のこと支えるっつってんだよ!」

「もっとはっきり!」

「嫌だ」

「言え」

「嫌だ!」

「詩音、ちょうちょ」

「可愛らしいチョウチョだなー」

「龍音ちゃん、ちょっと今大事な話してるから」


 ◯


 拝啓、じいちゃん。


 そっちは元気か?

 こっちは何とかやってる。


 あんたが預かった龍の姫は、龍音って名付けた。

 相変わらず元気で、前より表情が豊かになってるよ。

 大樹や岬とも仲良くやって、最近では幼稚園の番長らしい。

 口調もしっかりしてきた。


 なぁじいちゃん、時々思うことがあるんだ。

 何で、龍音の母親は、人に龍音を託したのだろうって。


 たぶん、信じてたと思うんだ。

 種族が違っても、分かり合うことが出来るって。

 家族になれるって。

 だから、龍音をじいちゃんに託した。


 龍音の母親が龍音をじいちゃんに渡したこと。

 そして、じいちゃんが俺に龍音を託してくれたことを、間違いにしたくない。


 バトンはちゃんと受け取ったから。

 これから頑張るよ。

 人と龍……種族は違っても、家族になれる。

 それを、龍音と一緒に証明してく。


 大丈夫、あいつは邪になんかならない。

 じいちゃんから、ちゃんとたくさんの愛情や、優しさを受け取ってるから。


 ◯


「龍音、帰るぞ」

「うん。みんな、ばいばい」

「バイバイ、龍音ちゃん」


 秋が過ぎ、冬を越え、もう時期また春になる。

 龍音がうちに来て、一年が経とうとしていた。

 俺ももうすぐ高三だし、龍音は年長だ。


「幼稚園はどうだ」

「最近のはやりはおままごと」

「そっか」


 暖かな風が気持ち良い日だった。

 木々が花をつけ、緑は芽を出し、世界に色があふれ出す。

 夕暮れに照らされ茜色に染まった町は、どこか懐かしい。

 復興が進み、町はかつての姿を取り戻しつつあった。


 その情景を眺めながら、俺たちは手を繋いでゆっくりと家路につく。


「みんなと一緒に過ごすの好きか?」

「うん、楽しい」


 あの巨大な樹の光が町を包んだ後、沢山の緑が、街を美しく染めた。

 地盤が強まり、地震や地崩れが起こりにくくなったとニュースでやっていたのだ。

 公園には、新しい樹木が増え、花も増えたらしい。


 今でも思う事がある。

 龍が持つ樹の力は、本来世界を回復させるためのものじゃないだろうかと。

 だから、あの樹は世界を包むんじゃないだろうか。


 そうやって、世界を修復するのが、龍の役目なのだとしたら。

 龍は、やっぱり神様なんだと思う。


 ただ、世界の命運をこの小さな少女に背負せるのは、あまりに重い。

 一人で背負わせたくはないと、俺は思う。


「今日はエビフライだってさ。スパゲッティもあるぞ」

「楽しみ」


 だから、これだけは一つ、言っておきたい。


「見ろよ、夕陽がきれいだな」

「おなか減った」

「ちょっとは自然を愛でろよ」


 俺たちは一緒に居る。

 これからも、ずっと。


「早く帰って、飯食いたいな」

「うん」


 世界のためじゃない。


「帰ったらただいまって元気に言う」

「じゃあ練習してみるか」

「うん」

「せーの」

「「ただいま」」


 それが、家族だからだ。



 ――了

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龍の子、育てます。 @koma-saka

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