4-2

 ショッピングモールへと到着した。

 俺と龍音は、館内に入り目を丸くする。


「おぉー!」


 一面が吹き抜けになっており、天井が高い。

 三階建てになっていて、様々なテナントが出ていた。

 天井の半分はガラス張りになっており、晴れていたら日の光がしっかりと射し込んでくれただろう。日曜らしく、それなりに賑わっており、俺たちと同じような子連れの家族が多く見える。


「すごいな! 龍音!」

「うん、すごい」


 はしゃぐ俺たちを見て、和美姉が苦笑した。


「大袈裟ねぇ、あんた達。もしかして、来るの初めて?」

「うん。出来たのは知ってたけど、距離も微妙だったし、買い物行くにも他の店行ってたからさ。でもこんなにでかいなら、もっと早く来てもよかったな」

「詩音兄ちゃん、全然ダメね。私なんて、もう五回目なんだから」


 岬がフンと胸を張る。


「じゃあ、今日は岬が俺らを案内してくれるって訳か」

「詩音兄ちゃんは、私が案内してあげるわ。でも、その子はダメ!」


 岬は龍音をビッと指さす。


「こら、岬。龍音ちゃんに意地悪言っちゃダメじゃない」


 和美姉が注意するも、岬はブンブンと大きく首を振った。


「私はまだその子を認めてない! あんた、詩音兄ちゃんが優しいからって、調子乗ってたら痛い目見るからね」

「おい、岬」


 声をかけるも、岬はそっぽを向いてさっさと歩いて行ってしまう。

 龍音は、岬を見てキョトンとした顔をしていた。多分、言われたことの意味がよく分かっていないのだろう。


 俺と和美姉は顔を見合わせると、揃ってため息をついた。


「まぁ、とりあえず買い物するか」

「任せなさい。私も岬も、服にはうるさいんだから。龍音ちゃんに、うんと可愛い服選んだげる」

「お手柔らかに……」


 和美姉は服屋で次々と服を見繕い、龍音と岬に着せていく。

 ファッションショーの如く様々な服を着こなしているのを見て、普段から服屋にはよく来ているのが見てとれた。

 

「龍音ちゃんワンピース似合うわねぇ。こっちのスカートはどうかしら」

「ママ! 私、これ着たい!」

「パーカーワンピースじゃん! 今着てるデニムと合うんじゃない? 岬、センス良いね」


 何だか盛り上がっている。

 和美姉は次から次へと服をチョイスしては、二人に試着させている。

 目まぐるしい速度だ。


「子供服って言っても色々あんのな」

「そうよ。今時の小学生なんてみんなオシャレなんだから。クラスで権力のある子は服にも気を使ってるんだって」

「岬って権力者なの?」

「学級委員とかやってるからね。私に似て可愛いし、男子からもモテてるみたいよ。それに、仕切ったりするのも好きみたい」

「あんまり母親に似ないといいけどな」

「雨降りの中、徒歩でずぶ濡れになって帰る?」

「すいません」


 龍音は新しい服を着るたびに、鏡に映った自分の姿を見て「おぉー」と声を出していた。

 今まで祖父と一緒に暮らしていただけに、こう言う女子ならではの感じが新鮮なのだろう。


「それにしても龍音ちゃん、ワンピース似合うわねぇ」


 うっとりした様子の和美姉の横で、俺は何となく葬儀服を着た龍音を思い出していた。


 確かに、正装――と言う言い方でよいのだろうか――が龍音にはよく合う。

 しかし、その姿はどこか、死神や、見届け人と言う印象を俺に抱かせる。

 何だか普通の子供にはない、妙な雰囲気を龍音はまとっていた。


 龍の子供、か……。


 祖父が夢で出会った女性は、龍音が審判者であり、裁きを下す存在だと言っていた。


 こんな小さな子に、本当にそんな力があるんだろうか。

 信じられないが、トラックを片手で止めたのも紛れもない事実ではある。

 得体の知れない部分を、龍音は持っている。

 

 結局、十着近い服と、下着や靴などを購入した。お袋にもらった金も、ほとんど使い切ってしまった。


「こんなに服買ったの久々だよ」

「あんた、普段服買わないもんね。たまにはオシャレしなさいよ、高校生なんだから。良い男はね、普段からもっと身だしなみに気を使うもんよ?」

「あんまり服に興味ないんだよ。変じゃなかったらそれでいいよ」

「まったく、これだから男子ってのは。あんたは良いわよね、ママ友の付き合いとかないから」

「何それ」

「生活水準とかね、服装とか立ち振る舞いで比べられるのよ。まったく、気を使って仕方がないって。まぁ、無理して背伸びはしないようにしてるけど。意味ないから」

「良い性格してると思うよ、和美姉は」


 荷物を持って散々歩き回り、ベンチで腰を落ち着ける。

 正直、かなり疲れた。


 俺の横では、俺を挟んで龍音と岬がソフトクリームを食べていた。

 和美姉は手洗いに行っていて、今は戻ってくるのを待っている状態だ。

 正直、あまり空気は良くない。


「お前ら、まだ喧嘩してんのか」

「別に喧嘩なんかしてないもん。誰と話そうか、私の勝手じゃん」

「仲良くしろよ。親戚なんだから」

「親戚じゃない」

「えっ?」

「だってその子、家族じゃないんでしょ? ひいじいちゃんの子かどうかも分かんないって、ママ言ってた」


 龍音は俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げる。


「そういう事言うな、岬」

「だって……本当の事じゃん」

「あのなぁ、血は繋がってなくても家族にはなれるんだよ。お前のパパとママも、元々は他人だったんだぞ?」

「でもパパとママは結婚してるじゃん。家族や親戚って、そうしないとならないんじゃないの?」

「そういう問題じゃない」

「じゃあ、どう言うの?」

「それは……」


 正直、分からなかった。

 どうやったら、俺たちは『家族』と呼べるのだろうか。

 その答えを、俺自身が見つけられないでいたから。

 

「それにしても、和美姉遅いな……」


 もう十分くらい経っている気がする。


「あ、詩音兄ちゃん、ママあそこ!」

「えっ?」


 手すりから下を見ると、階下の通路で男に囲まれているのが見えた。どうやら戻ってくる時にナンパに捕まったらしい。


「勘弁してくれよ……。ちょっと行って来るから、お前らここに居ろ」


 正直、龍音と岬を二人にするのは気がかりだったが、今はそうも言ってられない。

 子供二人を連れて行くには少し状況が危ない。

 

 急いで和美姉の下に行くと、姉ちゃんは嬉しそうに俺に手を振った。


「また捕まってんのかよ」

「ごめんね、心配掛けて。じゃあ、彼氏とデート中なんで」


 和美姉が手を振ると、男達は舌打ちをして去っていく。

 何とか事なきは得られたようだ。

 もし立ち去らずに喧嘩を売られたらと思うとヒヤリとする。


「岬と龍音ちゃんは?」

「置いてきた。連れてくると危ないし」


 エスカレーターに乗って戻った時、俺はその判断が過ちであることに気づいた。

 龍音と岬の姿が、なかったからだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る