第4話 雨と、虹と、時々買い物

4-1

 雨の季節になった。

 例年にも増して雨の日は多くなる。肌にまとわりつくような湿気が濃度を増し、雨粒が窓を叩く機会が増えた。草木は恵みを得たかのように葉を湿らせ、よりその枝葉を伸ばし行く。


「あめあめ……」


 窓の外を眺めながら、物憂げに龍音が空を眺める。雨の日は外で遊べないからつまらないのだろう。


「じいちゃんのリンドウ、枯れちゃったな」


 庭にはすっかり萎れたリンドウの姿がある。

 調べてみたのだが、リンドウの咲く季節は本来秋なのだそうだ。

 祖父の家から持って帰ってきたリンドウは『ハルリンドウ』という少し特殊なもので、一般家庭で栽培するには難しいらしい。


「まだ他の花のタネはあるっぽいから、新しいの育ててみようか」

「うん」

「夏頃には咲く花が良いな。ヒマワリとか。龍音は何か育ててみたいのあるか?」


 窓の外を眺めながら二人で話していると「ちょっと詩音」とお袋が声をかけてきた。


「あんた、お金あげるから龍音ちゃんと買い物行ってきなさい」

「買い物? 何の?」

「龍音ちゃんの服よ、服。おじいちゃんの家から持ってきたの、サイズ合わなくなってたでしょ」

「そう言えばそうだったな……」


 龍音が我が家に来る際、元々祖父の家にあった龍音の服を一緒に持ってきていた。

 だが、改めてサイズを合わせをしてみると、少し今の龍音には小さいものばかりだったのだ。

 子供の成長は早いから、服のサイズもすぐに合わなくなる。


「ほら、最近出来たショッピングモールあるでしょ。そこで和美が岬ちゃんの服買うんだって。ちょうど良いから、あんたも龍音ちゃんと一緒に行ってきなさい」

「和美姉だけじゃダメなの?」

「ちっさい子二人相手じゃ和美が大変でしょ。ただでさえ龍音ちゃん、人混みに慣れてないんだから」

「まぁ、それもそうだな」


 俺が首肯すると、お袋は鞄から封筒を取り出して俺に渡してきた。

 少し厚みがある気がする。中を見ると、万札が五枚も入っていた。大金だ。


「ど、どうしたの、この金……」


 思わず声が震える。


「おじいちゃんの口座から引き出したのよ」

「遺産配分とかまだちゃんと話し合ってないんだろ? いいのかよ?」

「必要経費なんだから仕方ないでしょう。芳村のおばさんにはこっちから話通してあるから、あんたは余計なこと心配しなくていいの。ついでに龍音ちゃんの生活必需品、こっちにメモしてあるから、色々と買っといて頂戴ね」

「へーい」


 今日は学校もなく、特に用事も入っていない。ちょうど良い時間つぶしにはなるか。

 

 ◯

 

「それでさぁ、秀さんったら酷いのよ。お風呂入る前に寝ちゃうんだもん……ちょっと詩音、聞いてる?」

「いいから前見て運転しろよ」


 雨の中を、和美姉のボックスカーで移動する。

 シトシトと降る雨が、止めどなく窓にぶつかっていた。


 お袋に買い物を言いつけられてから間もなく、我が家に来た和美姉と合流した俺は、龍音を連れてくだんのショッピングモールへと向かっていた。

 和美姉の愚痴を聞きつつ、俺はチラッとバックミラーを眺める。


 後部座席には、岬と龍音。

 だが、何だか空気が重い。

 ぎこちないと言ったほうが良いのだろうか。

 龍音はいつもの調子で何を考えているのか分からず、岬は少し不機嫌そうにも見える。

 

「和美姉」


 小声で尋ねる。


「何?」

「岬って、龍音のこと苦手なの? 人見知りするタイプじゃないだろ?」


 俺が尋ねると、和美姉は「さぁ?」と肩をすくめた。


「焼きもちやいてるのかもね」

「焼きもち? なんで?」

「大好きなお兄ちゃん、奪われちゃったわけだし」

「俺?」


 岬と龍音の間は妙に距離が開いていた。

 面倒くさい事にならなきゃいいけどな。

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