3-4

 それほど長居したつもりはなかったが、家を出るころには十五時を回っていた。二人共家を出ると同時に、腹の虫が鳴る。顔を見合わせると、少し空気が緩んだ。


「何か食べてこっか」

「そうだな」

「駅前のパスタ屋さんとかは? 横のラーメン屋でも良いよ」

「ちょっとジャンル違いすぎない?」


 何気なく二人で歩く。何を話せばよいか分からず、二人して黙った。

 

「詩音」


 沈黙を破ったのは、茜だった。


「これから、どうするの?」


「どうって言われてもな。とりあえず、もうちょっと調べてみる。このノート、まだ色々書かれてるし。もしかしたら詳しい事が分かるかもしれない」


「さっきの日記の話、信じるの?」


「半信半疑かな。ちょっと荒唐無稽すぎるし、じいちゃんがボケて幻を見たり現実から目を背けた可能性もあるし。なんかのファンタジー小説や映画の影響を受けただけの可能性だってある」


 ただ、不可解なパズルの断片が徐々にハマる感覚は、俺も抱いていた。

 祖父が書物を読み漁っていた理由、家に来る事を拒んだ状況。

 色々な事に、整合性がとれる。

 

 結局、駅前のラーメン屋に二人して入った。

 女子と二人でラーメンを食べる事に抵抗がないわけではないが、茜だから気兼ねせずにすむ。

 ここら辺のざっくばらんとしているところが、こいつのなじみやすいところだ。


 俺がラーメンをすすっていると、対面に座る茜はゴリゴリのチャーシュー麺特大を見て「美味しそう」と目を輝かせていた。

 太るぞと言うか迷ったが、どの道バレー部で消費されるのだから良いかと目を瞑る。


「茜」

「にゃに?」


 口にものを含みながら喋るな。


「今日のこと、一応内密にしといてもらって良いか? お袋と親父に心配掛けたくないし、そもそも言ったとしても絶対信じないから」

「べちゅにいいけど……」


 俺に出来る事は平穏無事に龍音を育てきる事。ただそれだけだ。



 その子は龍の子だ。世界を見定め裁く役割を持った審判者。お前がこの子の命運と、世界の行く末を決めよ。

 

 

 あの言葉の意味は、一体何なのだろう。

 茫漠とした不安だけが、俺の胸に渦巻いていた。

 

 ◯

 

 夜。

 家に帰って、リビングのソファで一息つく。


「あー、疲れた」


 何だか体がだるい。今日はもう動けそうにない。

 結局あの後、茜に付き合わされて繁華街にショッピングに行った。

「帰ろっか」とか言った割に、まだまだ遊び足りなかったらしい。

 色々つき合わされ、暗くなるまで解放されなかった。

 

「それであんた、どうだったの? 今日」


 お袋が洗い物しながらたずねてくる。


「えっ? ああ、茜がはしゃいでたよ」

「あら、おじいちゃんの家じゃなくて、デートしてたの?」

「デートじゃない。じいちゃんの家の帰りに、ちょっと買い物しただけだ」

「日曜にうら若き男女が集まって買い物してたら、立派にデートよ」


 お袋がなんだか嬉しそうにしていて、それがますます俺の疲れを助長させる。

 

 話すのもくたびれて黙っていると、どこからともなく龍音がトコトコとやってきて俺の足の間に座った。

 そのまま、俺を背もたれにするように寄りかかってくる。


 二人で何となしにテレビを眺めた。

 夏をテーマにした二時間アニメ映画。

 龍音はそれをキラキラとした目で見入っている。

 

「なぁ、龍音」

「なに」


 龍音は画面から目を逸らさない。


「お前、じいちゃんと一緒に暮らしてたんだよな」

「うん」

「どうだった? じいちゃんとの二人暮らし」

「たのしかった」

「そっか。じいちゃんは、優しかっただろ?」

「うん。おじいちゃん、わらってた」

「笑ってた?」

「うん」


 龍音はそこで、テレビから視線を外して、俺の方を見る。

 大きな瞳に、俺の顔が映りこんだ。

 

「おじいちゃん、ずっと笑ってた」


 その時、俺の中で一つ、引っかかっていたものがストンと取り除かれた気がした。


 俺は、ずっと気にしていた。

 あの広い家で、祖父を一人にしていた事を。

 寂しい思いをさせてしまっていた事を。

 

 でも、違ったのだ。

 祖父は、ちゃんと笑っていた。

 誰かといる喜びを、知ったまま生涯を終えたのだ。

 

「龍音、じいちゃんと飯食うのと、うちで皆と一緒に食べるの、どっちが好きだ?」

「どっちも好き」

「そっか」


 多分、祖父は嬉しかったんだと思う。

 一緒にご飯を食える家族が増えて。

 

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