3-3

 子供を拾った。

 声がした気がして庭に出ると、そこに小さな少女がいた。


 よわいは見た目二、三歳。

 迷子かと思ったが、親らしき人物の姿はなかった。

 話しかけたが、言葉がわからないようで、不安げな顔をしている。

 服は着ていなかったが、虐待をされているようには見えなかった。


 どこかから迷い込んできたのだろうか。

 どうしたものかと思っていると。

 庭の奥に、見覚えのない道のようなものがあることに気がついた。

 

 それは、異様な気配のする道だった。

 普通の道ではないことを、私はすぐに悟った。

 まとわりつくような、重たい風が流れ出ていた。

 少女はどうやら、その道からここに来たらしい。


 足を踏みいれようかと思ったが、足がすくんで動けない。

 本能がその道に足を踏み入れてはならないと報せていた。


 道の奥からは、不気味な、生臭さのある鉄臭いにおいが漂っていた。

 それは今考えれば血のにおいだったのかもしれない。


 呆然としているうちに道は消え、ただの草むらに戻った。

 まるで白昼夢でも見たかのような、にわかには信じられない光景だった。


 行き場を失った少女を、私は預かり受けることにした。

 警察に預けることも考えたが、それはしない方が良いように思えた。

 この子は、意図的に私の元に送り届けられた。

 そのような気がしたのだ。


 もし少女の存在が明るみになれば、恐らくこの子は施設へ入れられる。

 それは、良くないものを運ぶ気がした。

 しばらくすればあの道がもう一度繋がるかもしれない。

 私はそう思い、身元不明の奇妙な少女との共同生活を始めた。


 ……


 少女と暮らして数日経った。

 この子は非常に知性が高い子だ。

 教えた事をスポンジのように吸収し、言語をすぐに理解した。

 話すのはまだ苦手みたいだが、恐らく成長につれて追いつくだろう。


 また、この子はやはり普通の人間ではないらしい。

 今日、少女が庭を走り回っていて転んだ時。

 血が出ていた膝が、ほんの少し目を離した隙に完治していた。


 午後にはかぶらせていた帽子が風に流されて枝に引っかかったが。

 高い枝に引っかかった帽子を、この子は難なくジャンプして取ってしまった。

 人並み外れた運動神経と筋力を持っていると、私はこの時理解した。


 ……


 昨日、不思議な経験をした。

 一人の女性が私の夢枕に立ったのだ。


 人間離れした、美しい女性だった。

 顔に赤い塗料で民族のような化粧をし、見たことのない意匠の服を着ていた。

 女性は布団に横たわる私を見下ろし、こう告げた。


「人の子よ。お前はもう気づいているだろう。お前の隣で眠るその娘は、人ではない。この子がどこから来たのかを、お前は知っている。私の目を通じ、何度も見せてきたのだから」


 その時は、女性の言葉の意味が分からなかった。

 ただ、不思議なことに、私はその女性を知っている気がしていた。


「龍の審判がとうとう下され、人に滅びの運命さだめを与えた。こちらの世界は、やがて終わりを迎える。私はそれを見届けねばならない。だからお前に、この子を託す。その子は龍の子。世界を見定め、裁く審判者。お前がこの子の命運と、世界の行く末を決めよ。その子が聖となるか、邪となるかはお前次第。傷などつけぬよう、努々ゆめゆめ気をつけることだ」


 どういうことだ?

 尋ねようとして私が体を起こすと、すでにそこに女性は居なかった。


 夢かと思った。

 しかし、それにしては妙に記憶が鮮明で、曖昧さがない。

 夢だと割り切ることは出来なかった。


 私は、この子を本格的に育てる決意をした。

 

 ◯

 

「どう思う? 詩音」

「年寄りの世迷言……だと思いたい」


 そう、普通ならそう思う。

 祖父は空想や物語の創作が好きだった。

 小説の冒頭の走り書きと思われても、不思議ではない内容だ。


 もしここに書かれていることが本当で。

 出てくる『少女』が龍音で間違いないのなら。

 龍音は、龍が居る世界からやってきたと言うことになる。


 龍音の世界は何らかの事情で滅んだ。

 そして龍音だけが、こちらへ届けられた。

 祖父が龍音を隠したのは、そうすべきだと判断したから。


 龍音は現在五歳だ。

 祖父とは、約二年近く一緒にいたことになる。

 晩年の祖父は、家に人を寄せたくないような雰囲気があった。

 来る前には必ず事前に連絡しろと強く言われていたのだ。

 それはたぶん、龍音を隠すためだった。


 祖父は龍音の行く末を案じていた。

 龍音が心配だったのはもちろんだろうが、それだけじゃない。

 彼女に何かあれば、良くないことが起こる気がしていたんじゃないだろうか。


 いずれにせよ、分からないことが多すぎる。

 最大の謎は、どうして俺を龍音の父親に指名したのかと言うことだ。

 個人的には、そこが一番腑に落ちていない。

 確かに俺は子供に好かれる性質だし、龍音ともうまくやれるだろうけど。

 本当にそれだけが理由だったのだろうか。


 答えを求めてパラパラとノートをめくる。

 すると、最後のページに書かれた文字が、不意に目に留まった。


『龍の姫を忘れるな』


 そこには、そう書かれていた。


 龍の姫?

 何故だか俺は、この言葉をよく知っている気がする。


「詩音、大丈夫? 顔色悪いけど」


 茜に声をかけられてハッとした。少し考え込んでしまっていたらしい。


「今日はもう帰ろっか」

「そうだな」


 多分、この家にある最大の資料は、これだけだろう。

 何となくそう思った。

 

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