3-2
そして日曜は来た。
良く晴れた、空気が暖かい日だった。
本当ならのんびりとどこかに散歩でもしたいところだが……そうもいかない。
話の成り行き上、茜に声をかけてみたのだが、二つ返事で了承された。
日曜はいつもバレー部の部活動があるイメージだったから意外だ。
駅前で待ち合わせていると、茜が姿を見せる。
私服姿を見るのは久々だった。
春っぽいゆったりしたデニムスカートに、上はスウェットとジャケット。
派手ではないが、妙にお洒落に見えた。
何故かメイクまでバッチリしている。
「おはよ」
「……おぉ」
何だか目を合わせづらくて、視線を逸らした。
「龍音ちゃんは?」
「今日は家で待機。大樹と遊ばせてる。っていうか、よく来たな。部活とかあったんじゃねーの?」
「家の用事って言って休んだ」
「何でだよ。行きゃ良いだろ」
「だって、私も気になるもん。龍音ちゃんのこと」
「……付き合わせて悪かったな」
「今更でしょ。って言うか、何でこっち見ないの?」
「いや、別に。陽射しが眩しいから」
「そう? ねぇ、早く行こうよ」
「言っとくけど、遊びに行くわけじゃないぞ?」
「分かってるわよぉ、それくらい」
「ホントかよ」
何だか茜は、妙に上機嫌だ。
跳ねるように歩いていく茜の背中を、俺はゆっくりと追いかけた。
祖父の家は、俺たちの家から二十分ほど歩いた場所にある。
徒歩でも行けなくはないが、電車で行くのが一番早い。
電車に乗っていると、家族連れの乗客が目立った。
日曜の午前中。遊びに行くならちょうど良い時間か。
「パパー、抱っこして。窓の外見たい」
「よぉし、ほら」
はしゃぐ親子を、何となくボーっと眺めてしまう。
龍音もあんなふうにして欲しいんだろうか。
「気になるの? あの親子」
「いや、ちょっと家族ってなんだろなって考えてた」
「何それ」
「家族と、そうじゃない人の境界線について」
「あんた十七歳だよね。高校生の思考じゃないよ、それ」
「だよなぁ……」
俺はふと、茜をジッと見る。
そう言えば茜と家族になれとか、今まで散々言われてきたな。
当人の前でもおかまいなしに。
「お前ってさ」
「うん」
「俺の家族に入るのかな」
ボッと茜から音が聞こえた気がした。
「はっ? 何? はっ?」
「いや、家族と同じくらい長く過ごしてきたし」
「い、いやいや! 長く過ごしたくらいで家族にはならないでしょっ!」
「そうだよなぁ」
「変なこと言わないでよ」
暑そうに手をパタパタさせる茜を見て、何となく思う。
そうだよな。
結婚したり、血がつながってないと家族じゃないよな。
◯
祖父の家に来るのは、葬儀の時以来か。
「相変わらず広い家だねぇ」
呑気な声を茜は出す。
改めて見てみると、本当に広い家だ。
何度も通った俺ですら広く感じる。
おふくろの話では、祖父は家の清掃に業者を雇うこともあったらしい。
一人では掃除もしきれないのだろう。
「それで、どうするの?」
「とりあえず、じいちゃんの書斎を調べようと思う。日記とかがあるなら、間違いなくあそこだろうから。後は寝室とリビング。ばーちゃんの部屋」
「了解」
祖父の書斎に向かう途中、ふとリビングの窓から庭が目に入った。
まだ一ヶ月も経っていないが、随分と荒れている。
既に雑草が生え始めていたのだ。
それがこの家の家主の不在を物語っており、どこか物悲しい気持ちになる。
祖父の書庫は、あまり日が当たらない部屋だった。
窓から射す光は、祖父の机だけを照らしている。
本が痛まないように配慮されているのだろう。
壁は四方が全て本棚で覆われていた。
天井が高く、本棚は俺の倍はあるかと思うサイズだ。
吹き抜けになっており、階段の先には本棚上段を通る通路が伸びている。
まるで巨大な図書館だ。
俺はこの家の雰囲気が好きで、よく通っていた。
静寂が満たす感じが、普段の我が家と対照的で落ち着く。
「うわぁ、相変わらず本多いねぇ」
「茜、来るの十年ぶりくらいじゃね」
「かも。最後に来たの、小学生とかそこらだったし」
「幼馴染で入ったの、お前くらいだよ」
「改めて見るとお洒落だねぇ」
「親族からは本の虫って言われてたけどな。じいちゃんの道楽だよ」
もう少し来るのが遅かったら、ここの本は全て処分されていたかもしれない。
早めに行動して正解だったな。
何となしに祖父の机の引き出しを開けると、関係なさそうな書類や原稿がガタガタ出てきた。
「おじいさん、書き物してたんだ」
「小説とか好きだったからな」
昔、寝る前に何度かおとぎ話を聞かされたことがある。
あれが全部祖父の即興創作だったと知ったときは驚いたものだ。
祖父は、元は商社の営業マンとしてバリバリ活動していた。
そこから派生して、会社を経営したり、投資もしていたらしい。
仕事を後継者に渡してからは、読書を趣味としていた。
物語を書いたり、伝記や伝承を調べていたのを覚えている。
みんなはただ趣味が高じているだけだと笑った。
けれど、俺はそんな祖父が好きだった。
仕事に追われていた祖父は、ずっと色んな世界を見たかったんじゃないだろうか。
思慮深い人だったから、旅行ではなく、読書で冒険欲を消化していた。
今ではそんな風に感じている。
引き出しから出てくるのは、手紙、原稿、走り書きのノート。
晩年に書いたものらしく、徐々に文字が震えていて読みにくくなっている。
「龍音ちゃん来てたら、おじいさんと暮らしてた時のこと聞けたかもね」
「確かに、連れてきたら何か思い出したかも。家では色々尋ねたけど、大して記憶はないみたいだったし」
「記憶喪失ってこと?」
「いや、そうじゃなくてあんまり役立つ情報はなかったというか。じいちゃんと遊んだり、ご飯食べたり、ささやかな話ばっかだったよ。まだちっさいしな」
すると茜は、柔らかい笑みを浮かべた。
「……そっか、龍音ちゃんにとって、おじいさんと暮らしたことは楽しい思い出なんだ。だから、それでいっぱいなんだよ、きっと」
「辛いこと覚えてるよりよっぽど良いよ。ま、お陰で俺らは苦労してるけど」
「あんな小さな子が苦労するよりは、ずっと良いよ」
「だな」
茜の笑みに釣られて、俺も自然と笑みが浮かぶ。
柔らかな太陽の光が部屋に差し込んでいて、穏やかな気持ちになった。
ふと、なんだか良い雰囲気になっていることに気付き、俺たちは同時に首を振った。
「続き、やろっか」
「ああ」
気を取り直して部屋の探索を続けた。
それにしても本が多い。
特に、本棚に入っていない本が多すぎる。俺はそのことに違和感を抱いた。
「変だな」
「何が?」
茜が首を傾げる。
「いや、じいちゃんってこんな適当だったかなって。もっと綺麗好きで、一度読んだ本は必ず棚に戻してた気がするからさ」
実際、他の本はしっかりと整頓されて棚に入れられている。
「戻す位置忘れたとかは? おじいさん、結構お年だったし」
「いや……どうだろ」
俺は部屋を歩いて、本棚に入っていない本をしばらく観察する。
神話、伝記、伝承の類ばかりだ。
何かを調べていたのだろうか。
古めかしい本の中には、いくつかの見覚えのない新書が紛れ込んでいた。
俺はそれを手に取り、パラパラとめくってみる。
そして、それらの中に、共通の項目を見出した。
龍だ。
室内にある、本棚に戻されていない書籍。
それらには全て、龍に関する記述がされていた。
何冊かパラパラと流し読みしてみる。
「ねぇ詩音」
「どうした?」
「おじいさんの机の中に、こんなのあったんだけど……」
茜はしずしずと、それを俺に手渡す。
ぶ厚い大学ノートだった。
こんなもの、さっき机を調べた時にはなかった。
「どこにあった?」
「一番上の引き出し。何か引き出しの大きさの割に中が狭かったからおかしいなって思ってたら、底の板がスライド出来るようになってて……」
「二重底ってやつか」
俺はノートを開いた。
そこには、こう書かれていた。
『子供を拾った』
と。
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