第3話 そして日曜は来た
3-1
龍音が龍の子供。
普通なら、笑って蹴飛ばすような話だ。
でも正直、それを全否定できる自信が、今の俺にはなかった。
龍音のことに関しては、正直分からないことが多すぎる。
出生も、本名も、誕生日も、両親も。
その全てが一切謎。何のヒントもないのだ。
「ねぇ、詩音」
教室で考えごとをしていると、休み時間に茜が話しかけてきた。
「龍音ちゃんのことなんだけど、おじいちゃんの日記とか、残ってないのかな」
「日記?」
「うん。遺言状であんたが親だって、名指ししてたんでしょ? じゃあ、ヒントくらいあるんじゃないかなって」
「それは……ありえるな」
とは言え。
お袋や親父達も、おばさん達と一緒に祖父の家は散々調べたらしい。
でも戸籍関係の書類や、母親の連絡先はもちろん、何か情報になるようなものはまるで見つからなかったそうだ。
「わざわざまだ子供のあんたに託したのも、あんただから分かることとか、伝えてたことがあるんじゃないの」
「俺しか分からないことか……」
いつだったか、俺の子供が見たいとか言ってたな。
まさか、一足先に俺の子供を用意したよ、とかそう言うことか?
……サイコパスかよ。
「どうしたの? 変な顔して」
「えっ? なんでもない。とりあえず、お袋に聞いてみるわ。じいちゃんの家入れないかって」
「うん」
◯
「なぁ、日曜なんだけど、じいちゃんの家行ってもいいかな」
俺が尋ねると、お袋は不思議そうな顔をした。
「おじいちゃんの家? 何で?」
「ちょっと調べたいことがあって」
「調べたいこと? 龍音ちゃんの?」
「まぁ、そう。何かあるかなって。まだ戸籍とか、生年月日とか、全然わかってないだろ?」
「そうねぇ。出生届とかも出されてなかったし、今調べてもらってるけど、全然分からないことだらけだから。ただ、おじいちゃんの遺品は整理の際散々調べたけど、何もなかったわよ? おじいちゃん、携帯電話とか持ってなかったでしょう。パソコンは使ってたみたいだけど、個人情報の類は無かったみたいだし、そもそも誰かと連絡をとったりとかはしてなかったみたい」
「……なぁお袋、何でじいちゃん、龍音を俺の子供にしたんだと思う?」
「面倒見がいいからじゃないの? あんたおじいちゃんと仲良かったじゃない」
「本当にそれだけなのかな」
「ま、真意はお母さんも分からんわ。幸いなことに、鍵はうちで預かってるから、別に行きたかったら行ってもいいわよ。下手に荒らさなかったら、ぐちゃぐちゃ言われることもないでしょ。ただ、汚したり壊したりしちゃダメよ。売るか、借家にするか、誰か住むのか、まだ決まってないんだから」
「へいへい」
茜に結果報告でもしとくか。
そう思ってスマホを取り出すと、和美姉から連絡が来ていた。
何だ?
◯
店に入ると、シンジ兄ちゃんが俺に手で合図した。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たばっかだ。それに、和美もまだだしな」
「人のこと呼んどいて、自分は遅れてるのかよ」
「岬をお前の家に預けるって言ってたぜ? 大樹達とゲームさせて遊ばすんだと」
「なるほど」
「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょう」
「あ、ブレンド二つ」
「和美姉、何で俺たち呼んだんだろ」
「愚痴でも言いたいんだろ。こうして親族で集まることってあんまりなかったしな。皮肉だけど、総司朗さんが亡くなったのがきっかけになったな」
確かに。
祖父の葬式以降、少し家族や親戚間の交流は増えている気がした。
「じいちゃんと言えば、俺、今度茜と一緒にじいちゃんの家に行くんだ」
「総司郎さんの?」
「そ。龍音のこと、何か調べたいし」
「龍音って、あの龍の子のことか」
「龍って漢字と、俺の名前から取った」
するとシンジ兄ちゃんはニヤッと笑みを浮かべた。
「ふぅん、俺は結構好きだぜ、龍音って名前。読みも良いしな。若干キラキラネーム臭いけど」
「お袋と同じようなこと言わないでよ」
何だかこの会話の下り、前も和美姉とした気がしないでもない。
親族だからこの辺りの思考回路は似ているのだろうか。
「ま、確かに総司朗さんの家、ちょいと片付けされた程度だし、ちゃんと調べればなんか見つかるかもしれないな」
「お袋に聞いたら、借家にするか親族が住むかまだ正式に決まってないって」
「住むならお前らの家族が一番いいだろ。和美の家族と一緒に住んでちょうどいいくらいじゃないのか」
「そうだね」
そう考えると、あの広い屋敷に祖父一人で住んでいたことは今でも心に引っかかる。
晩年、祖父はどんな気持ちですごしていたんだろう。
俺たちを遠ざけて、龍音の面倒を一人で見て。
ずっと、孤独だったんじゃないだろうか。
俺も、中学に入った頃からあまり祖父の家には足を運ばなくなった。
忘れていたつもりはなかったが、忘れていなかったかと言われれば自信がない。
二世帯が一緒に暮らしても余りあるくらいの家。
家政婦も頼まず、自分で家のことをしていたらしい。
葬儀の時に尋ねた祖父の家は、綺麗でよく整頓されていた。
祖父は、何を考えて生きていたのだろう。
どんな……最期だったのだろう。
「そういや、六月に
「マジで?」
『芳村さん』とは、俺の親父の妹だ。駿河家親族の中で一番の切れ者。
長男である俺の親父よりしっかりしている。
ただ、その分口うるさい人でもあった。
「遺産分配と、龍音のこと、蹴りつけたいんだろ。確か旦那さん弁護士って話だしな。色々話を一気に進めるんだと思う。ぼさっとしてると、龍音も施設に入れられかねない」
「それは……嫌だな」
もし本当に施設に入れられでもしたら、龍音が一人になっちまう。
そうなったら、あいつはその後どうなるんだ。
エビフライを口に含んで目をキラキラさせることも。
色んなことを不思議そうに見つめることも。
なくなっちまうんじゃないだろうか。
「シンジ兄ちゃんはさ、龍音が本当に『龍の子』って言ったら、信じる?」
俺の言葉に、シンジ兄ちゃんは怪訝な顔をする。
「どういうことだ? 何かすごい家系の子なのか?」
「いや、そう言う訳じゃなくて――」
その時、店のドアが開いて和美姉が姿を見せた。
「ごめーん、母さんったら話長くって。あと、そこでナンパもされちゃった」
「またか」
「あれ? 茜ちゃんは来てないんだ」
「何で茜が来るんだよ」
「いいじゃん、どうせ家族になるんだし」
「誰とだよ」
「あんたとに決まってるじゃない」
「何でだよ!」
「詩音、まだ茜ちゃんに告ってなかったのかよ。うだうだしてると後悔するぜ?」
「そうよ、茜ちゃん可愛いんだからすぐに誰かに奪われちゃうわよ」
「あんな良い子、何が不満なんだよ、お前」
「じゃあせっかくだから、茜ちゃんへのデートプランを練りましょう」
「もうマジでそう言うの考えてないからやめてくれよ……。って言うか和美姉は何の用だったんだよ」
「えっ、暇つぶしだけど?」
「人を暇つぶしの相手に使うな!」
せっかく龍音のことについて相談しようと思ったのに。
和美姉のせいで、すっかり流れてしまった。
でも、これで良かったかもしれない。
信じるわけないよな。
龍音が、トラックを止めたなんて。
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