7-2
待ち合わせ場所に行くと、茜が「遅い」と声をだした。
「すまん、ちょっと取り込んでて」
「せっかくの入園日なのに、龍音ちゃん遅刻させてどうすんのさ」
「まぁ、途中入園で式とかはないから、時間に余裕はあんだろ」
「でも私たちも遅刻しちゃうでしょ」
「確かに」
今日が龍音の入園だと言うと、茜も付き添いたいと言ってきたのだ。
龍音の晴れ姿を目にしておきたいらしい。
龍音も、茜が来てくれて嬉しそうだった。
茜と龍音と三人で歩く。
何気なく、龍音と話す茜の横顔を眺めた。
最近は一緒にいるけど、思えばここ最近まで茜と登校するようなこともなかった。
一緒に行動するようになったのは、全部龍音がきっかけだ。
龍音は俺たちの関係を変えていく。
少しずつ、色んなものごとが動いている気がした。
少し歩くと、すぐに幼稚園へと到着した。
入り口のところで、保育士さんがにこやかに迎えてくれる。いよいよだ。
俺が入るわけでもないのに、妙に緊張する。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
保育士さんに龍音を引き渡すと「はい、龍音ちゃん、よろしくね」と笑顔で迎えてくれた。
「今日から龍音ちゃんの入るサクラ組のユリカ先生です」
「ユリカ先生」
「はい、大正解!」
相変わらず馴染むの早ぇ。
天性の才能を感じる。
ユリカ先生は優しそうな人だった。
良かった、と内心胸を撫で下ろす。
この人なら大丈夫だろうと感じた。
「龍音、それじゃ俺たち行くから」
こっちを向く龍音。
心なしか、少し不安そうに見えた。
楽しみ半分、怖さ半分なのかもしれない。
俺は龍音に顔を近づける。
「時間になったら迎えにくるから。頑張れよ」
「うん……」
龍音の頬を、ぎゅっと両手で包んでやる。
ひょっとこみたいな顔になった。
「約束覚えてるか?」
「てかげん」
「それで大丈夫だ。お前ならすぐ友達できるよ。行ってこい。終わったら、色々聞かせてくれ」
「うん」
「お兄さんと仲良いんですねー」
俺たちのやり取りをにこやかに見つめていたユリカ先生に俺は「いえ」と答えた。
「一応、俺が父親代わりっていうか。育て役です」
「えっ?」
ユリカ先生の視線が俺と茜の間を行き来する。
「お、お盛んなんですね」
「代わりだっつってんだろ」
「あ、えっと、間男って言うことですか?」
「あんた子供の前で何てこと言ってんだ」
混乱してるのか色々と言動がおかしい。
すると「バカ!」と茜に頭を叩かれた。
何で俺が叩かれるんだ。
「いいから、もう行くよ詩音!」
「ああ。じゃあ、よろしくお願いします」
「あ、はい。じゃあ龍音ちゃん、パパとママに行ってらっしゃいって」
「いってらっしゃい」
「「違う!」」
◯
朝っぱらから何だか疲れた。
俺と茜は、妙な沈黙の中を歩く。
「なんか、すまん」
「別にいいけどさ……」
茜はそっとため息を吐いた。
「まぁ、あんたが龍音ちゃんの親になるって決めたなら私はそれに付き合うまでよ。それに、龍音ちゃんにもお母さん役は必要だしね」
「えっ? どういうこと? お前、龍音の母親になるの?」
「まぁ、便宜上はなっても良いかなって」
「何で?」
「何でって……」
茜は黙って俯く。少し顔が赤い気がする。
何で照れてんだよ。見ていられなくなって目を逸らした。
妙な空気が漂う。何だこれは。
「「あの」」
声が被る。
「どうぞ」
「あんたこそどうぞ」
「いやいやそちらこそ」
「何朝からイチャついてんの?」
「「うわぁ!」」
振り返るといつの間にか後ろに哲が立っていた。
「いるならいるって言ってよ」
「いや、イチャついてたから。邪魔しない方が良いかなって」
「イチャついてない!」
茜は真っ赤な顔をしていたが、哲は慣れているのか飄々としていた。
哲に龍音の入園の話を聞かせる。
すると、奴は少し面白おかしそうに笑っていた。
「じゃあ、今日が家族揃っての初登園ってわけか」
「そゆことだ」
「お父さんとお母さんが一緒なら、嬉しいだろうな」
「私はまだお母さんじゃない」
「まだ?」
「うぐ……」
これ以上話しても墓穴を掘るだけだと気付いたのか、茜は黙り込む。
その様子を見た哲は、いつもみたいに緩やかな笑みを浮かべた。
「詩音が正式に父親かぁ」
「役割はって感じだけどな。一応、家族間での認識だし、気持ち的にもそうなれるように頑張るつもりだよ」
「戸籍上の関係は?」
「多分、親父の娘って扱いだと思う」
「ふーん、色々ややこしいのな」
「まぁ、親戚のおじさんが弁護士だから、上手くやってくれるんじゃないかな」
「にしても、その歳で親父になっちまうたぁ、とんでもないやつだよ」
「俺も想定外だっての」
「嫌じゃねーの?」
「別に。と言うより、自分で望んだからな」
「
「ただ、龍音ってちょっと浮世離れしてるから、ちゃんと馴染めるか心配だよ」
すると「龍音ちゃんなら大丈夫よ」と茜が口を挟む。
「龍音ちゃん、とってもいい子だもん。聞き分けも良くて素直。父親よりずっとね」
「母親より
「私はまだ母親じゃありませーん」
「まだ?」
「ぐっ……」
その時チャイムが鳴った。
正門は見えているが、このままだと締められる。
生徒指導の基樹先生が「閉めるぞー」と声を出していた。
「やべぇじゃん、走るぞ!」
哲が走り、俺と茜も続いた。
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