第10話 生と死の樹

10-1

「龍音?」


 俺がハッとして辺りを見渡すも、龍音の姿はない。

 祭りを楽しむ人々が、楽しそうに歩き過ぎ去るだけだ。


「気のせいか……?」


 一瞬、龍音の声が聞こえた気がした。


 首をかしげていると「詩音」と近くから声をかけられた。

 誰かと探していると「こっちだよ、こっち」と広島焼きの屋台から声がする。

 見ると、見覚えのある人がいた。


「シンジ兄ちゃん、何やってんの、こんなところで」

「何って屋台だよ。ここ、うちのバイク屋の屋台だから」

「バイク屋ってこんなのも出すの?」

「店長が町内会では顔だからな。うちは特別だ」


「あら、詩音じゃない」


 お次は背後から声をかけられる。和美姉と岬だった。


「何やってんのよ、こんなところで。茜ちゃんは? ……あ、さてはデリカシーないこと言って喧嘩したんでしょ」

「違ぇよ。下駄で靴擦れしたから待ち合わせ場所で待ってもらってんの。龍音がいなくなっちゃってさ。俺だけ探してるってわけ」

「あら、大変ね」

「この人ごみだと、はぐれたらそう会えないぞ」

「茜ちゃん一人って言うのも不安ねえ。ナンパとかされてるかもしれないし」


 確かに。そのことを失念していた。

 どうしようかと思案していると「じゃあ俺が茜ちゃんについててやろうか」とシンジ兄ちゃんが言う。


「それなら安心だろ」

「それは良いんだけど、シンジ兄ちゃん……店番は?」

「どの道もう交代だ」


 くいとシンジ兄ちゃんが顎で指すと、恰幅の良い強面のおじさんがこちらに歩いて来ていた。人混みの中にいるのに、異様に目立っている。まるでヤクザだ。


「あれ、店長?」

「だな」

「じゃあ私達も龍音ちゃん見かけたら連絡するわ」


 和美姉もそう言ってくれて、ホッとした。

 やっぱりこういう時に家族が助けてくれるのは大きい。


 ふとスマホを見ると、未読メッセージが一件来ていた。

 茜からだ。

 龍音が見つかって、トイレに連れて行くという旨が書かれている。


「あ、龍音戻って来たって」

「何だ、よかったじゃん」

「あんたも早く戻ってあげなさいよ」

「うん、そうする」


 その時だった。

 道の奥が、何だか騒がしい事に気がついたのは。


「うわっ!」

「きゃあ!」


 次々と声が上がっている。

 何か揉め事だろうかと思っていると、すぐに異変に気付いた。


 足元に、まるでヘビの様な物が走っていた。


「和美、岬、詩音、足元気ぃつけろ!」

「いやっ! 何これ?」

「ママ! 怖い!」


 三人が騒ぐ声の中で、俺は気付く。

 それは、樹だった。

 樹が、まるでヘビの様に伸びてきているのだ。


「おい、何だあれ!」


 誰かが叫び、俺は思わず声のした方角を見る。

 ずっと向こう側に、とてつもなく巨大な樹が生えていた。


 樹は加速度的に成長を果たし、俺がこうして眺めているだけでも、どんどん大きくなるのが分かる。

 人々のざわめきが激しくなり、混乱の色はますます広がる。


 胸騒ぎがした。

 いつか、あの女に言われた言葉を思い出す。



――もうすぐお前たちの世界に災厄が訪れる。災厄となるのは……あの子だ。



「災厄だ……」


 気がつけば、そう呟いていた。

「何?」と三人が首を傾げる。


 この樹はいけない。

 何となく、直感的にそう悟った。


 不意に、奥側から悲鳴が上がるのが分かった。

 見ると、伸びてきた何本もの樹が、まるで津波のように人を飲んでるのが分かった。

 逃げる間もなく、奥側から伸びてきた樹に飲まれ、そのまま見えなくなる。


「ヤバイヤバイヤバイ、逃げろ!」


 シンジ兄ちゃんが俺たちを押して走るよう促す。

 それとほぼ同時に人々が次々と走り出し、祭りの会場はパニックになった。


 茜と龍音はどうなった?

 人ごみと逆側に向かおうとすると、シンジ兄ちゃんが腕をつかむ。


「詩音何やってんだ! 逃げんぞ!」

「龍音と茜があっちに居る!」

「馬鹿、俺らまで飲まれてどうすんだ!」


 そう言っている間にも、とてつもない勢いで樹が迫ってくる。


「ダメだ! 間に合わない!」


 シンジ兄ちゃんが俺たちをかばう様に抱きかかえる。

 その瞬間、俺たちは樹に飲まれた。

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