10-4

 長く狭く暗い道だった。その中を、俺達は走る。

 シンジ兄ちゃんのバイクのエンジン音だけが、暗闇にこだましていた。


「どこまで続いてんだ、こりゃあ……」


 道は、ずっと奥へと続く。まるで俺たちを呼んでいるように。

 左右の壁は全て樹で出来ており、胎内に入り込んだのだと実感した。


「おい、詩音、前見てみろ」


 シンジ兄ちゃんに言われて、肩越しに視線を向ける。

 トンネルが終わりを迎えて、出口が見えていた。

 光が射している。

 

「月明かりかな……」

「どうなってるのかわかんねぇ。とにかく、油断だけはするなよ」

「うん」


 出口を抜けた途端、先ほどまでの狭い道が一気に開ける。

 シンジ兄ちゃんはそこでバイクを止めて、俺たちはその不思議な空間を眺める。


「何だここ……」


 シンジ兄ちゃんが呟く。

 その異質な空間に、俺も目を奪われていた。


 そこが樹の中心だった。


 円柱の中身がくりぬかれたかのように、樹の内部がぽっかりと広場になっている。

 ちょうど真上には満月が見えた。

 上方から差し込んだ月明かりが、差し込んできている。


 蛍が辺りを飛び回り、美しくその場所を照らしていた。

 まるで神聖な聖域のように、月と蛍の光が満ち溢れている。

 地面には花々が咲き誇り、時折静かに揺れた。


 広場の中心に、仄かな光を発した球体があった。

 たくさんの細い樹が集まり、何か光る物を包んだ球体。

 漏れた光が、この地に拡散している。


 不覚にも、美しい場所だと思った。

 外と違って、まるでここだけが、別世界にも思える。


 そこで俺はハッとした。

 見とれている場合じゃない。

 茜と龍音を探さなければ。


 もう一度茜に電話をかけようとしたが、流石に圏外らしい。

 自力で探すしかないようだ。


「詩音、スマホのライト起動しとけ」

「うん」


 歩いていると、ビシャッと足先が水たまりに入った。

 予期していなかった感触に、俺は「わっ」と声を出す。


「大丈夫か?」

「うん、ごめん、ただの水溜り……」


 足元を照らして、言葉を失う。

 それは水ではなく、血だった。


 心臓が早鐘の様に鳴り響く。

 何でこんなところに血が?

 誰の血だ?

 様々な疑問が脳裏をよぎる。


 右側に違和感があり、俺はそちらにライトを向けた。

 異物が、そこに転がっている。


 手だった。

 サバイバルナイフを握りしめた人の手が、草の上に転がっていた。

 いつか夢で見た光景と重なる。

 だが、目の前のそれは圧倒的なリアルだ。


「おい、詩音。こっち誰かいるぞ!」


 シンジ兄ちゃんに言われ、急いでそちらに向かう。

 追いつくと、シンジ兄ちゃんが目の前を照らしていた。


 男の死体が、そこにあった。

 人間としての原型がほぼない、男の死体が。


 まるでざくろが弾けたみたいに、体がボロボロになり、臓物が飛び出している。

 全身を木々に侵食され、幾度も貫かれたのだと分かった。


 両目にぽっかりと穴が開いており、首には太い枝で絞められた跡が残っている。

 それでも分かるほどその表情は苦痛に歪んでいた。

 死体には、腕と足がなかった。


 四肢をもがれ、枝葉に体を貫かれ、それでもまだ死に切れず、首を絞められて死んだ男。

 吐き気がこみ上げ、俺とシンジ兄ちゃんはその場に吐いた。

 最悪の気分だ。


 これも……龍音がやったって言うのか?


 俺はその時、初めて龍と人との格差を意識した。

 龍は、単独で核兵器にも等しい力を持っている。

 それだけ、人とは決定的な差がある。

 神と言われかねないほどの、武力の差が。


 いや、実際に、龍音が居た元の世界では神と呼ばれていたのだろう。

 世界を滅ぼすほどの力を持っていたのだから。


 もし、龍音を取り戻せたとして、どうする?

 俺は果たして、それでもあの子を『家族』と呼べるのだろうか。

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