2-3

 机に座って五秒も経っていないうちに、ドンと机が叩かれた。

 教室のざわめきが、一瞬にして沈黙と化す。


「どういうこと」

「何が」


 叩いたのは、茜だ。

 睨んでくる茜の視線から俺は目を逸らす。

 教室の全員が、俺たちの会話に注目している。


「しらばっくれてんじゃないわよ。あの子供のことよ」


「ただの親戚の子だよ」


「嘘。和美さん、あんたのことを『パパ』って呼んでた」


 ざわっと空気が揺らぐのが分かった。

 皆が近くの奴と顔を見合わせる。実に鬱陶しい。


「んなわけねーだろ! 何であの子が俺の子なんだよ!」


「じゃあ親戚の子なら、どこのつながりの親戚か教えなさいよ」


「お前には関係ない」


「やっぱり言えない子なんじゃない!」


「俺が小学校から彼女居ないの、お前もよく知ってんだろが!」


「そりゃ、まぁ……」


 茜の語気が弱まる。このまま押し切れそうだ。

 そう思っていると「聞いたぜ、詩音」と同じ幼馴染のてつが話しかけてきた。


「子供出来たんだってな、おめでとう! 皆も拍手してやろうぜ!」


 そうだよね、めでたいもんな、おめでとう駿河君、パチリパチリと拍手が起こる。やめなさい。


「哲、お前、それ誰から聞いたの?」


「えっ? 他クラスの奴ら。お前が子連れで歩いてたって」


「噂になんの早すぎだろ!」


「やっぱりあんたの子供だったんだ! 信じられない! スケベ! 変態! 無責任野郎!」


「駿河君おめでとう!」


「駿河! 子供が出来たんだって!? 何で先生に報告しないんだ!」


「うるせぇ!」


 これだから顔見知りばっかの高校は嫌なんだ。

 何やっても知られてる。

 上級生も下級生も大体知ってる顔。他区域から来る奴らも限られてて、まるで田舎並のコミュニティ。

 俺は頭を抱えた。


 ◯


 げんなりとしながら午前を過ごして、どうにか昼休みに突入した。

 結局あれから、授業が始まってもずっとその話題で盛り上がっていた。

 生徒指導の先生や隣のクラスの奴らまで来て、たまったもんじゃなかった。


「くそっ、お袋と和美姉め……あとで文句言わねぇと気がすまねぇ」


 イライラする不機嫌な昼休み。

 俺は教室で弁当をつつく。

 いい加減、同級生達の詰問にも慣れてきたあたりで、不意に携帯が鳴った。


「誰?」


 俺の向かい側で哲がサンドイッチを食べる。


「和美姉だ」


「和美さんから電話? いいなぁ、俺も欲しいわ。和美さんの番号」


「バカ言え。帰るついでに食パン買って家に寄れとか、パシリみたいな用事ばっかなんだよ」


「俺もパシられてぇ」


 こいつの相手をしていたら身がもたない。

 俺は無視して電話に出る。


「もしもし? 和美姉? どしたの?」


『あっ、詩音? 大変なのよ。龍音ちゃんがいなくなっちゃって』


「へぇっ?」


 思わず大声を出して立ち上がり、椅子がガタッと倒れた。

 クラスの注目が集まり、なんだかバツが悪くなって恥ずかしい。

 そのまま座ろうとして、椅子が倒れていた為に尻から床に突っ込んだ。


『すごい音聞こえたけど、何やってんの? あんた』


「何でもない」


 俺は天井を見上げたまま、そっと電話口を手で覆う。


「……それで、いなくなったって何で? 何か事件でもあったの?」


『さっきまで私と一緒にアニメ見てたのよ。幼稚園児向けのアニメで、五人の魔法少女のやつ。それでお姉ちゃん、ついついウトウトしちゃって。起きたら龍音ちゃん、姿がなかったのよ』


「家の中に隠れてるとかじゃねーの? かくれんぼとか」


『岬がいるならまだしも、一人なんだから流石にそれはないでしょ』


「だよなぁ」


『詩音、心あたりとかない?』


「あるわけないだろ。昨日会ったばっかなのに。……じいちゃんの家とかは?」


『母さんが覗いてくれたけど、いなかったって。どうしよう、警察に行ったほうがいいかな』


「そうだな、その方が――」


 話していると、ふと校庭の方が何だか騒がしい事に気がついた。

 身体を起こして窓から外を見る。

 入り口のほうで、何やら人だかりが出来ていた。妙に女子が多い。


 何かと思って目を凝らすと、見覚えのある顔がその中にいた。

 

「……あー、和美姉、いいわ。大丈夫」


『えっ? もしかしていた?』


「うん」


 何やってんだよ、あいつ。

 俺が急いで校庭に駆けつけると、女子に囲まれて目を泳がせていた龍音は、その不安げな眼差しをパッと輝かせてこちらに駆け寄ってきた。


 俺の足にすがりつく龍音の頭を、コツンと痛くないよう小突く。


「こらっ! 何やってんだ! 一人で歩いたら危ないだろ!」


 俺が怒鳴ると、龍音の大きな目に水分が溢れてきて、うるうると涙がこぼれた。

「あぁー!」と周りの女子から声があがる。

 部外者は黙っててくれ。


「ダメじゃん駿河君、女の子泣かせちゃ」


「うちの教育方針に口出さないでくれ。龍音、和美姉の家で大人しくするって、約束したろ?」


 言うと、龍音はそっと俺の服をつまんだ。俯いて、何も言わない。

 それでも、その表情は十二分に物語っていた。


「不安だったのか?」


 龍音は、そっと頷く。

 俺は思わず溜め息をついた。

 でも、まぁ……。

 仕方ないか。


 どうしたもんかと考えていると、不意に声が聞こえた。

 生徒指導の基樹先生だ。


「こら! 駿河! 学校に子供連れてくるな!」


「あー、すいません。親戚の子が着いて来ちゃったみたいで」


「じゃあ早くお家の人に迎えに来てもらいなさい!」


「言われずとも」


 俺は和美姉に電話をかける。

 が、出ない。


「どうした? 何やってる」


「いや、ちょっと家の人が出なくて」


 何となく察していた。

 あの女、寝てやがる。

 龍音がこっちにいるって分かって、安心して寝たのだ。


「あのバカ姉……」


 俺は電話を切ると「基樹先生」と声を出した。


「ちょっと、お願いがあるんですが」

「あん?」

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