2-4

「キャー! 可愛い!」

「その子が駿河君のお子さん?」

「良く見ると目元がそっくりだね!」

「んな訳ねーだろ!」


 教室に龍音を連れて行くと、辺りが一気に騒がしくなる。

 女子は大はしゃぎで、男子は苦笑していた。


 何となく分かってはいた。

 結局こうなるのか、と……。


「いいか龍音。俺は勉強すっから、静かにしなきゃダメだぞ?」


 コクコクと、龍音は静かに頷く。

 実際、言うことはよく聞くんだけどな。

 どうも思い切った性格をしていて、読みきれない部分がある。


「その子が件の子ね……」


 腕組みした茜が来る。

 すると哲がひょいと顔を覗かせた。


「可愛い顔してるじゃん。詩音、どこの女と作ったんだよ?」


「哲、ちょっと黙っててね」


「はい……」


 茜のぴしゃりとした物言いに、哲は縮こまる。

 その冷徹な表情をフッと緩めると、茜は龍音と顔を向き合わせた。


「可愛いね。お名前は?」

「龍音」


 龍音は小さな声で、そう言った。


「私は茜。よろしくね、龍音ちゃん」


「茜」


「うん、そう。詩音の幼馴染」


 何だかんだ、茜は面倒見が良いやつだ。

 子供を安心させる表情の作り方を心得ている。

 茜と龍音の交流を眺めていると、チャイムが鳴った。


 俺のすぐ隣にもう一つ椅子を用意して、龍音と一つの机を共有する形になる。

 皆が俺たちの動向を好機の目で見つめていた。

 今日のノートはまともに取れそうにないな。


「なんだか、トトロみたいだね」


 言ってきたのは茜だ。


「何が」

「知らない? 妹のメイとサツキが一緒に授業受けるシーン」


 すると哲が「いやいや」と口を挟んでくる。


「その前に、お前らの境遇うさぎドロップだろ」

「もういいよ、そう言うの」


 これはフィクションではない。

 俺にとっては、ガチの話なのだ。


 ◯


 ようやく五限の授業を終えて、帰路につく。

 今日が授業の短い日でよかったと、心底安堵した。

 まだ少し日が高い。いつもならもう夕暮れのはずだ。


 グラウンドでは既に活動を始めている部活も見受けられた。

 野球部か。


 部活動を眺めながら、何となく俺とは無縁の世界だなと感じる。

 何せ、子供と手を繋いで帰ってんだから。

 

「龍音ちゃん、バイバイ」

「バイバイ」


「じゃあな、龍音ちゃん」

「さよなら」


「気をつけて帰れよ、龍音ちゃん」

「ちょっと待て、俺にも挨拶しろよ」

「おお、じゃな、お父さん」

「父親じゃねぇよ!」


 今日はずっとこんな感じだ。当分弄られるだろうなと内心思う。

 龍音の手を引いて歩いていると「詩音」と声をかけられた。

 茜だった。


「私も帰るから」


「お前、部活は?」


「水曜は休み」


「三科さんとかと帰らねぇの珍しいな。いっつも一緒なイメージあったけど」


「たまにはあんたと帰るのも悪くないかなって」


「そっか」


 茜と帰るのは珍しい事ではない。

 中学校時代は、家が近くだからよく一緒に帰ったものだ。

 高校に上がってからは、変な噂を立てられる気がして頻度は減っていたが、それでも意識して疎遠になったりするようなことはなかった。


 何だかんだ、こいつとも付き合いが長いな、と感じる。

 

「それで」


 気を取り直したように、茜は口を開いた。


「ホントのところ、龍音ちゃんとあんたってどういう関係なの?」


「じいちゃんの忘れ形見だよ。隠し子って言うのかな。実際、俺らもどこの誰の子か、全然わかんねーんだ」


 俺が言うと「えっ」と茜が声を出す。


「心当たりは?」


「あるわけないだろ」


「まぁ、それならこれだけ龍音ちゃんが懐いてるのも納得。あんたおじいさんに似てたもんね。性格とか、何だかんだ面倒見良い所とか」


 適当なことを話しながら歩いていると、龍音の逆側の手を茜が繋いでいた。

 俺と龍音と茜が、一直線に繋がる形になる。


「なんか、こうしてると親子みたいだね。私達」


「制服着てるし、それはないだろ」


「……バカ」


「何がだよ」


「別に」


 茜はぷいとそっぽを向く。


 俺は思った。

 面倒くさい。


「それにしても龍音、ずいぶん茜に懐いてるな」


 俺が言うと、龍音は頷いた。


「茜、安心する」

「だってさ」


 茜は妙に得意気だ。


「そんなに安心するかな。俺からすれば、ただの暴力女だけど」

「しばかれたい?」

「茜、詩音に似てる」

「俺に?」


 思わず茜と目が合う。何だか気まずくて、思わず逸らした。

 龍音は、何だか喜んでいるみたいだった。

 楽しそうに、目をキラキラさせている。


 なんだよ、この空気。

 

 ふと見ると、前方にドッジボールで玉突きしている小学生がいるのに気がついた。


「あ、懐かしい。小学校の頃、よくあんなボールで遊んでたよね」

「ああ、そだな……。なぁ、ちょっと龍音見ててもらって良い?」

「えっ? うん……」


 茜に龍音を任せると、俺は小学生の方へ近付いた。


「こら、ここでボール遊びすんな」


 俺が言うと、「えっ?」と小学生が怯えた顔で俺の方を見る。


「道路近いんだから、あぶねーだろ」

「ご、ごめんなさい」

 

 子供は塩らしい顔でそう言うと、そそくさと逃げるように走って行った。

 多分あれは、反省していない。

 

「子供怯えさせて何やってんのよ、あんたは」

「いや、危ないじゃん、あれ。ここらは車通らないけど、この先大通りだし」

「ホント、子供の面倒見はいいよね」


 茜は呆れたように嘆息すると、ふっと笑みを浮かべた。

 

 すると、くいくいと服の裾を引っ張られる。

 龍音だった。


「どした?」

「お腹減った」


 呼応するように、きゅるるる、と小さくお腹が鳴る。


「そう言えば、お前昼飯食べてないのか」

「そうなの?」

「うん。和美姉の家から抜け出してきたからな、こいつ」

「コンビニ、大通りにあったよね」

「じゃあ何か買うか」

「やった! 奢りね」

「お前は奢りじゃない」


 先ほどの玉突き少年の道筋を辿るように俺たちが大通りに出ると、案の定、先ほどの子供がまたボールで遊んでいた。

 右側の通りにはかなり車が走っている。危ない事この上ない。


「あいつ、またやってやがる」

「ここで遊ぶのは、確かに危ないね」

「ちょっと注意してくるわ。先にコンビニ行っててもらっていい?」

「本当に世話焼きだね」


 信号を渡る龍音と茜と別れて、俺は子供のほうへと駆け寄る。


 その時だった。


 子供が跳ねていたボールが石にぶつかり、道路に飛び出た。

 そのボールを追うように、子供が道路に身を乗り出す。

 向こう側からは、トラックが迫っていた。


「おい! バカ!」


 俺は叫びながら、子供の腕をつかんで何とか歩道に引き戻す。

 だが、慌ててハンドルを切ったトラックが、対応車線に飛び出てしまった。

 ブレーキが間に合わず、不幸なことにコンビニに向かっていた茜と龍音の方に、トラックが向かう。

 

「茜!」


 叫んだが、間に合わない。

 物凄い衝突音と共に、トラックが停まる。

 静寂が、ただ広がった。

 世界が、止まった気がした。

 

 一瞬のことだった。

 何が起こったのか分からず、俺は呼吸をするのも忘れる。

 音が全く入ってこず、頭が真っ白になった。

 

 嘘だろ……?

 信じられず、一歩足を踏み出す。

 踏み出した足は、徐々に速度をます。

 時が動き出したかのように、爆発的に二人の方へと駆け出した。

 

「茜! 龍音!」


 トラックの前方に身を乗り出した俺は、そこの光景に言葉を失った。


 龍音が、片手でトラックを止めていた。

 すぐそばで、茜がへたり込んでいる。


「何だよ……これ」


 車を片手で止める龍音の顔は人のものではなかった。

 さっきまでのあどけない子供の顔ではなく、鋭く尖った、まるでヘビの様な……いや。


 龍の、様な。



《この子は龍の子である。聖とするか、邪となるかは貴殿ら次第である》



 祖父の遺言状が脳裏をよぎる。


「龍……?」


 目の前で、平然とした表情をして車を止める龍音の姿が、俺の脳裏から離れそうもなかった。

 

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