2-2

 弟の大樹と岬は同じひびき小学校に通っている。

 俺の通う響高校までの通り道に存在している、俺もかつて通った学び舎だ。

 そこで、和美姉と合流することになった。


「ただなぁ……」


 俺はこちらを見つめる龍音に視線を向け、そっとため息をつく。


「あそこ、高校の奴らも通るんだよなぁ」

 

 響小学校に通う奴らは、ほぼエスカレーター式に近くの響中学に進学し、そのまま響高校に通う。

 そのためか、俺は高校に幼馴染が多い。

 付き合いが長い奴らばかりなのだ。


 故に、登下校で子供なんて連れていたら色々と気付かれやすいわけで。

 クラスメイトに目撃なんてされたら、何を言われるか分かったものじゃない。


 とは言え、拒むわけにはいかない。

 俺まで拒んだら、こいつには頼れる奴がいなくなっちまう。


「まぁ、仕方ないか」


 龍音と手をつないで歩く。

 背が小さくて、一歩の歩幅も小さい。

 トテトテと歩く姿は、まるで小動物だ。

 生きてるんだな、とかそんな馬鹿みたいなことを改めて感じた。


「おてんき」


 ボソッと、龍音が口にする。言葉につられて、俺は顔を上げた。

 空が青く、落ちてくる日差しが優しい。


「温かいな、今日」

「うん」


 和美姉は探すまでもなく見つかった。

 小学校前で見知らぬ男と会話している。

 にこやかな表情だ。


「和美姉」


 俺が声をかけると、和美姉は朗らかな顔を崩さぬまま俺に手を振った。

 すると男は、顔をしかめてどこかへ歩き去る。

 何だって言うんだ。


「詩音、遅いじゃない」


「こんな小さい子連れてんだからしかたないじゃん。ところで、今の誰?」


「いやね、ナンパ」


「小学校の前で? 正気かよ」


「大胆よね」


「何で笑顔で話してたのさ」


「まだ通用するかなって実験してた」


 我が姉ながら悪趣味だ。

 今まで散々男性からアプローチされて来たからか、こういう男転がしが和美姉は異常に上手い。


「やめてよ、浮気とか。岬グレるよ? 秀さんも泣くよ?」


「しないわよ。私、秀さん一筋だもの」


 確かに、この引く手数多の姉が唯一自分でアプローチしたのが旦那の秀さんだ。

 正確には、秀さんからアプローチするよう『仕向けた』らしいけど。

 それでもかなり苦戦したらしい。


 秀さんは簡単に女性に転がされない、器のでかい人だ。

 だからこそ、この色気だけが売りの姉は苦戦を強いられたのだろう。


「あんた、何か失礼なこと考えてない?」


「いや?」


 俺は真顔で首を振ると龍音の前にしゃがみ込む。


「じゃあ龍音、俺はこれから学校だから、和美姉のところで大人しくしてろよ」


「がっこう?」


「そ。お兄ちゃんのお仕事だ」


「おしごと」


「そうそう」


「その子の名前、龍音ちゃんって言うの?」


「いや、名前が無いままじゃあれだし、俺が昨日考えた」


 すると和美姉は人を小バカにするような、イタズラした小学生のような、独特な笑みを浮かべた。


「あらまぁ、もうすっかりお父さんじゃない」


「お袋と同じこと言うなよ」


「仕方ないじゃない、親子なんだから。それじゃあ確かに龍音ちゃん、預かりました」


「どうも」


「ほら、パパにバイバーイって、いってらっしゃーいしましょうね」


「いってらっしゃい」


「パパじゃねぇよ!」


 冗談だろうが勘弁して欲しい。本当に。

 このままじゃ嘘が誠になってガチで父親にされちまう。


 俺が頭を掻きながら身を翻すと、前方十メートルほど先に、見覚えのある女子が、壮絶な表情を浮かべて立っていた。

 幼馴染の茜だった。


 本当にもう、最悪だ。


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