第2話 龍の子

2-1

 祖父が亡くなった。遺産で揉めた。龍の子を預かった。

 色々あったが、それでも時は回る。


「いってきまーす!」


 我が家に、日常が戻ってきた。

 大樹が元気な声で小学校に行くのを聞きながら、俺は鏡に向かってボーッと歯を磨く。横では龍の子こと、龍音も一緒に歯を磨いていた。

 

「歯磨きは力いれずに、左右にゴシゴシする。OK? ほら、やってみ」


「ゴシゴシ」


「ん、いい感じ」


 じいちゃんがしっかりした人だったからか、龍音は意外としつけがされている。生活の基本的なことは出来るし、食べる作法も綺麗で、歯磨きも上手だ。


「お前、ずいぶん犬歯が多いな……」


 龍音の歯茎からは、尖った歯が何本生えていた。かなり大きな犬歯だ。八重歯、というにはあまりに鋭い歯。まるで肉を食べるために生えたような……。


《この子は龍の子である》


 祖父の遺言状の文言が、不意に思い出された。


「んなことないよな」


「……?」


 俺の言葉に、龍音は不思議そうに首を傾げる。

 すると、お袋がいそいそと何やら外出の準備をして歩き回るのが見えた。


「お袋、どっか行くの?」


「税務署と市役所」


「なんで?」


「遺産相続で色々申請しなきゃダメなのよ。この子の遺産手続きや、戸籍のこととかも聞いてこないと」


「ああ、確かに」


「それでね、詩音。この子のことなんだけど」


「龍音」


「えっ?」


「龍音って呼ぶことにしたから、こいつ」


「龍音ちゃんって名前なの?」


「いや、名前無いって言うから。俺がつけた」


 俺が言うと、お袋は何だか含みのある感じで口元をおさえて龍音を見た。


「あらー、あらあら、良かったわねぇ。パパに可愛いお名前付けてもらって」


「勝手にパパにすんな!」


「でもあんた、龍音ってちょっと変じゃない? あ、でも今キラキラネームって流行ってるのかしら」


「流行ってる訳じゃねーから! 人のセンスをほじくり回すのやめろ!」


「もう、照れなくてもいいじゃない」


 お袋はそっと息を吐くと、何か思い出したのかハッと表情を変える。


「あ、それでね、この子、税務署には連れてけないから」


「何でだよ!」


「だって市役所とか、税務署とか、色々行くし子供連れては流石に行けないでしょう? お父さんも仕事で、大樹は学校。日中は家に誰もいないし、こんな小さい子を一人にしておくのはちょっとねぇ」


「じゃあどうすんだよ」


「お姉ちゃんに預けることにしたわ。和美、今日は用事ないらしいから。それでね、あんた、お姉ちゃんのとこまで、この子届けて行って頂戴」


「遅刻すんじゃん」


「大丈夫よぉ。PTAの仕事で集団登校の見送りしてるみたいだから、小学校の前で落ち合ってくれれば」


「まぁ、それなら」

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