4-6

 危なかった。

 冷や汗が止まらない。

 もう少しでバレるところだった。


「いや、本当ですって! その子ともう一人の女の子が、確かに手すりから落ちたんですよ!」

「いやははあはは、そんなバカな」

「嘘じゃありませんって! 私が保護しようとしたら、そっちの子がもう一人の子を抱き抱えて、こう、びゅっと! 飛んだんですって! それで、慌てて下を見たら、もう着地してて!」

「常識的に考えてくださいよ。そんなこと有り得ないでしょ、普通」

「いや、だから私も驚いてんです!」


 騒ぎ立てる迷子センターのおじさんを見て、あぁやっぱり、と俺は思った。


 岬と龍音が消えてから、俺と和美姉はすぐ迷子センターに向かい、事情を説明して二人の捜索を頼んだ。

 本日は休日で来客数も多いということから、親切にも迷子センターの人たちは警備員とは別に、人手を割いて二人を探してくれたらしい。


 特に目の前のおじさんはずいぶん必死に探してくれたらしく、汗で身なりも崩れていた。

 その様子を見て、俺はただただ、申し訳なく思う。


 とは言え。

 何か起こりそうな予感はしていた。

 

 先ほど、龍音が急に俺たちの前に姿を見せて、岬が騒ぎ出した時はすぐに事態を察した。

 龍音が力を使ったのだ。それ以外に考えられない。


 一応その場で誤魔化してみたが、正直焼け石に水でしかないのは分かっていた。

 今日は休日で、多くの買い物客が来ている。

 どこかで目撃されていてもおかしくない。

 と言うか、目撃されてない確率の方が低い。


 まだ幸いだったのは、龍音が口裏を合わせてくれたことだ。

 あれがなければ岬には完全にバレていただろう。

 とはいえ、それも所詮時間稼ぎでしかないのだが。

 

 今のところ、このおじさんと岬以外に騒いでいる人は居ない。

 三十六計逃げるに如かず。

 さっさと立ち去ってしまおう。


「とにかく、本当にありがとうございました。ほら、龍音。おじさんに挨拶しろ」

「ありがとござました」


 龍音が言うと、迷子センターのおじさんは困惑した表情を浮かべた。

 何か言うべきか迷っているのだろう。

 すると、おじさんの肩を他のスタッフがポンと叩く。


「峰岸さん、もういいんじゃないですか? 無事に子供たちも見つかったんですし」

「あ、ああ……そりゃあ、そうだね」


 他のスタッフに言われて、折れたのかおじさんも薄く笑みを浮かべる。


「本当にありがとうございました。それじゃあ、僕らはこれで」


 そそくさとその場を去る俺たちを、不思議そうにおじさんは見ていた。

 自分の見た光景が勘違いだったと、少しずつ思い始めたのだろう。

 その考えを、ずっとそのままにしておいてくれ。

 間違っても、監視カメラを確認しようとは思ってほしくない。

 

 迷子センターを出て、ようやく一息つく。


「龍音、力の使い方、考えような」

「ちから?」

「うん。龍音は、龍音が思っている以上に、すごい運動神経持ってんだよ。だから、あわせてほしいんだ。俺たちに」

「そうなの?」

「うん。出来るか?」

「がんばる」

「じゃあ、一緒に頑張ろう」


 前途多難だな、こりゃ……。


 ◯


 帰り道。

 和美姉の車に乗りながら、俺は景色を眺めていた。

 降っていた雨はすっかり止み、空はすっかり夕暮れの色に染まっている。

 うっすらと、虹が浮かんでいるのも見えた。


「わぁ、虹よ。綺麗ねぇ」


 運転しながら、和美姉は呑気な声を出している。

 そんな和美姉を横目に、夕陽を眺めながら俺は少し物思いにふけった。


 これで一つ分かった。

 龍音には、人智を超えた力がある。

 たぶんこいつは、人間じゃない。

 それだけはほぼ確定した。


「ねぇ、詩音」


 和美姉は、バックミラーを眺めながら、緩やかな笑みを浮かべている。


「見てごらんなさいよ。二人、姉妹みたいだと思わない?」

「……確かに、そうかも」


 俺は釣られてフッと笑うと、とりあえず思考を停止した。

 まぁ、今日のところは良いか。


 和美姉に言われて視線を向けた先で。

 互いに肩を寄り添って眠る、龍音と岬の姿があった。

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