第5話 救世の光
5-1
夕方、俺は部屋のベッドの上で祖父のノートを開く。
もうこれも、すっかり日課だ。
ショッピングモールの件以降。
俺は一層、書かれている内容に深く目を向けるようになっていた。
と言うのも、岬から気になる話を聞かされたからだ。
※
「詩音兄ちゃん、龍音のお母さんのことなんだけど」
「あん? 何か聞いたのか?」
「龍音、お母さんと一緒に森に住んでたって」
「森?」
「うん。龍音のお母さん、とっても偉い人だったみたいでね。毎日、色んな人の相談を受けてたんだって」
「相談って、何のだよ?」
「そこまでは分かんないけど。でも何か、最後、森が燃えたって言ってて……。そこから龍音の様子がおかしくなって、怖くて聞けなかった」
※
もう少し詳しく聞きたかったが。
岬が不安そうだったので、追究するのはやめておいた。
「偉い人か……」
そこで不意に、ノートの最後に書かれていた言葉を思い出す。
『龍の姫を忘れるな』
この言葉が、妙に心に引っかかる。
何か大切なことを忘れているような、そんな気にさせられてしまう。
「龍音の母親が、龍の姫だったとか……?」
龍音の母親が王族で、神のような扱いを受けていたとしたら。
毎日のように信徒がやってきて、神託を受けていた。
そう考えると、岬の言葉とも合致するような気がする。
このノートによれば、龍は日本で自然を司る神として扱われてきたらしい。
川が氾濫した時、龍神への供物として生贄を捧げるような文化もあったようだ。
龍音が元々いた世界でも、似たような文化があったのだろうか。
生ける神として人々に恐れられた龍は、人々に神と崇められ、信仰の対象となる。
しかし最後は、龍の逆鱗に触れ、世界もろとも滅ぼされてしまった。
そんな風に考えられなくもない。
「……ここも気になるんだよな」
俺は、ノートに書かれた、夢に出てきた女性のセリフを読む。
――この子がどこから来たのかを、お前は知っている。私の目を通じ、何度も見せてきたのだから。
祖父の夢に出てきた女性が、龍音の母親だとしたら。
まるで、祖父のことを昔から知っていたみたいじゃないか。
どういうことだろう。
「詩音」
「おわっ!?」
ベッドのすぐ横に、いつの間にか龍音が立っていた。
「お前、いつ来たんだよ」
「いま。ドアあいてた」
我ながら迂闊だった。
しかしお構いなしに、龍音はもぞもぞと俺の隣に寝転がる。
「なによんでるの?」
「じーちゃんの書いたノートだ」
「これ、何てかいてあるの?」
「ん? なんだこれ。
スマホで調べてみると、それは『かんなぎ』と読むらしい。
人と神を結び、神意などを人々に伝える役割を持つ人をこのように呼ぶそうだ。
どうしてそんなものがノートに書かれているのだろう。
龍とあまり関係ないようにも思えるが。
『巫は多くの場合、儀式などを通じて神意を授かる。
だが、ごくまれに、夢を通じて啓示を授かることもあるらしい。
もし、私が
私が見てきた夢は、啓示だったのだろうか』
ふと、そんな記載を見つける。
神である龍と、神と繋がる巫。
それらは夢で繋がる。
――この子がどこから来たのかを、お前は知っている。私の目を通じ、何度も見せてきたのだから。
「じいちゃんは
ギュッと、ノートを持つ手に力が入る。
するとその時「詩音ー! 龍音ちゃん!」とおふくろの声が聞こえてきた。
「晩御飯だから降りてきなさい!」
「やれやれ、いったんここまでだな。龍音、飯行くぞ」
「うん」
龍が存在する世界何て言うものが本当に存在するかは分からないけれど。
少しだけ、パズルのピースがハマったような気がした。
◯
夕食後、リビングで龍音とテレビを見る。
幼稚園児らしき子が、母親に頼まれてお買い物に行く番組だった。
「なぁお袋。そう言えば龍音の幼稚園ってどうするとか決まってる?」
尋ねると、お袋は首を振った。
「龍音ちゃんの戸籍をもらわなきゃダメなんだけど、色々時間掛かりそうなのよ。まぁ、しばらくは和美とお母さんで面倒見るから。それで、あんたが帰ってきたらあんたが面倒見る。大樹と一緒に遊んでもらったりね。龍音ちゃん、小さいんだから、家族で協力よ」
「まぁ予感はしてたけど、やっぱり一筋縄じゃ行かないよな。これからのこと考えても、あんまりあっちへこっちへ移動させるのは可哀想だし」
「でも龍音ちゃん、まだ小さいのに、ちゃんとお利口さんで助かるわ。騒がないし、言うこと聞くし、物覚えも早いしね。将来有望じゃないかしら」
「将来ねぇ」
龍音の将来か。
どうなるんだろうな。
龍音はテレビを見ながら、目をキラキラと輝かせている。
顔の表情は変化が乏しいものの、その目は顔以上に雄弁に感情を語る。
龍音が我が家に来て、もう一ヶ月。
この日々にも慣れ初めてきたものの、まだ龍音の生活環境が整ったとはいえない。
「そうだ、詩音。明日、お母さんもお姉ちゃんも龍音ちゃんの面倒見れないから」
「えっ? 何で?」
「お姉ちゃんは用事。お母さんは芳村のおばさんのとこに親族会」
「親族会って……まだ揉めてんの?」
まぁ、元は二億あった遺産の半分を、こんな幼稚園児に相続させようとしているのがおかしいのか。揉めて当然だ。
うちの親族は母方も父方もかなりいい加減だが、その中で、親父の妹である芳村のおばさんだけが別格と言える。
何かと細かく、そして厳しく、口うるさい。
でもそのお陰で、親族がしっかりまとまっている。
長男は親父だが、実質まとめ役は芳村のおばさんだ。
こんなへにゃっとした親父じゃダメなのだ。
「何だ詩音。父さんの顔に何かついてるか?」
「別に」
俺はフイと顔を逸らす。
「それで、どうすんの? 託児所とか、児童館とかこの辺りにあったっけ?」
「高校に連れていけないかしら。家庭の事情で」
「へっ?」
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