4-5
ほとんど小走りで人ごみを抜けて進んでいく。
すると、どうにか先ほどのショッピング街へ戻ってくることが出来た。
吹き抜けになっているお陰で、階下を広く見通すことができる。
私は龍音の手を引きながら、必死に詩音兄ちゃんとママの姿を探した。
フードコートに比べたら比較的人は少ないけれど、やっぱり見つからない。
「岬、あそこ」
不意に龍音が足を止めどこかを指さす。
いた。
一番下の階に、詩音兄ちゃんとママの姿が見える。
「おーい、ママ! 詩音兄ちゃん!」
手を振ってみるものの、二人が気づく様子はない。
「どうしよう、このままじゃ見失っちゃう……」
「ダメじゃないか、逃げたりしちゃあ」
声がして、私たちは恐る恐る振り返る。
先ほどの男の人が、すぐそこまで来ていた。
「い、嫌……」
逃げようとしたけど、先は行き止まりで逃げられない。
いつの間にか、追い詰められていた。
この人に捕まったら、私は……私たちはどうなるのだろう。
想像すると、体が震え、声が出なくなる。
助けを呼ぶという意識が恐怖で萎れてしまう。
その時だった。
不意に、私の体が、浮かんだのは。
誰かが自分を抱えている。
誰が?
目を向けて、私は言葉を失った。
抱えていたのは龍音だったから。
「岬、つかまって」
「えっ?」
龍音が言うのと、私達の体が手すりを乗り越えて宙に飛び出すのとは、ほぼ同時だった。
何が起こったのか分からなかった。
理解したのは、私たちの体が飛んでいるという、その事実だけ。
「いやああああああああああ!!」
先ほどまで私たちがいた場所から、一気に離れていく。
物凄い風圧と、空気の流れる音が私の耳を走り抜けた。
龍音は、いつもの憮然とした表情で、さも当たり前の様に私を抱えて飛んでいた。
その姿は、妙に頼もしくさえあった。
しかし、進行方向を見ると、地面が一気に近付いてくるのがわかる。
このままじゃ、壁にぶつかる……!
ああ、そうか。私はここで死んじゃうんだ。
半ばそのような考えが脳裏に走った。
私は何もかもを諦めて、衝撃に備えて思い切り目を瞑る。
痛みを想定し、ぐっと受け止めるつもりで身構えた。
……が、不思議なことにいつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。
耳を貫くような風の音も、いつの間にか消えている。
どうしたんだろう?
恐る恐る目を開く。
すると、私は体をギュッと抱き抱えるように硬直したまま、ベンチに座っていた。
「えっ?」
何が起こったのか訳がわからず、辺りを見回す。
目の前に龍音が立っていた。
誰かに向けて手を振っている。
「龍音、岬!」
声がして、すぐに詩音兄ちゃんとママが視界に入ってきた。
「お前らこんなとこにいたのかよ。探したんだぞ、まったく……」
「ごめんなさい」
意味をつかみきれないまま、私はただただ龍音が頭を下げるのを見ていた。
状況が把握できない。
私達はつい先ほどまで宙を舞っていたはずだ。
上の階から、確かにジャンプした。
「岬、大丈夫? 狐につままれたみたいな顔してるけど」
ママが不思議そうな顔を浮かべる。
「ママ、私ね、さっき空を飛んでたの! あそこから、ここまで!」
「何言ってるの、この子ったら」
私の言葉に、ママはおかしそうに笑みを浮かべた。
釣られるように、詩音兄ちゃんも呆れ笑いを浮かべる。
「岬、さっきまで寝てたっぽいし、寝ぼけてるんじゃねーの?」
「寝てた? 私が?」
嘘だ。寝てなんかない。
そう思ったが、自信がなかった。
自分がたったいま体験したことが、現実だと思えなかったから。
私たちは少なくとも十メートルは上から飛び降りたはずだ。
あんな高い位置から龍音が私を抱てジャンプして、無事にここに着地した。
そんなこと、普通ありえるはずがない。
夢と言われて、違うと言い切れない自分がいる。
「ねぇ、龍音! 私達、確かに、飛んだよね!?」
龍音に言うと、彼女も首を傾げた。
「ほら、龍音も知らねーってさ」
「たくさんお買い物したから疲れたのかしらね」
「まぁ、見つかって良かったじゃん」
どんどん話が勝手に進んでしまう。
先ほど私が体験した事が、白昼夢みたくなっていく。
私はおかしくなってしまったんだろうか。
そのような不安すら、浮かんできた。
すると詩音兄ちゃんが、チラリと時計に目をやり、口を開いた。
「そろそろ遅いし、帰ろうぜ。俺、迷子センターの人に知らせてくるから。見つかったって」
「じゃあお願い。こっちは車とって来るわ。入り口に回しとくから、そこで合流しましょ。龍音ちゃんもこっちで連れて行こうか?」
「ちょっと挨拶させたいから。行くぞ、龍音」
「うん」
詩音兄ちゃんが手を引き、ママが私の手を引く。
何か言った方が良いのか、それともこのまま黙ったほうが良いのか。
私は分からず、龍音の方を見た。
その時。
私は確かに目にしたのだ。
詩音兄ちゃんがに手を引かれながらこちらを振り返った龍音が、一瞬だけ。
私にだけ見えるように、意味深な笑みを浮かべたのを。
「はは……」
その意味はよくわからなかった。
だけど、あれが夢じゃないと、私に確信させてくれるには十分だった。
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