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龍音と階段に座ってしばらく泣くと、少しずつ心が落ち着いてきた。
まるで憑き物が落ちたように、スッと、胸がすく感覚がする。
「さっきはごめん」
私の言葉を、龍音は黙って聞く。
「詩音兄ちゃんが、あんたのことばっかり構うから。イライラして、酷いこと言ったった」
「岬は、詩音のこと、大好きなんだね」
「な、何言ってんのよ、急に」
図星をつかれ、ドギマギする。
そんな私を、龍音は優しい瞳で見つめていた。
何だか心を見透かされているようで、少し悔しい。
「……詩音兄ちゃんは、私の憧れなの」
「あこがれ?」
「頼りになって、格好良くて、優しくて。私のこと、いっつも助けてくれるから。だから、あんたに詩音兄ちゃんが取られた気がして、悔しかったの」
私がうつむくと、そっと龍音は私の頭を撫でた。
自分より年下の子にされているのに、不思議と嫌な感じはない。
「詩音の話するとき、岬、うれしそう」
「そうかな……」
自分の顔をペタペタと触ってみるも、まるで自覚はない。
「詩音やさしい。いっつも一緒にいてくれる。だから、さみしくない」
「うん……」
「いっつも文句いうけど、おこってない」
「詩音兄ちゃんは、怒らないんだ。ぶっきらぼうに見えるけど、優しい」
「エビフライくれる。だから、私も詩音、すき」
「あんたが好きなの、それ、詩音兄ちゃんじゃなくて、エビフライでしょ」
何だかおかしくなって、私は笑った。
「ねぇ、龍音。ごめんね、酷いこと言って」
「だいじょうぶ」
相変わらず、龍音の表情はまるで読めない。
それでも、さっきまでとは全然違う表情に見えた。
正体不明で不気味に見えていた龍音が、急に親しげに感じられる。
二人で歩いていく人を眺めながら、色んなことを話した。
詩音兄ちゃんたちと遊びに行ったことや、小学校のこと、普段どうやって遊んでるか。
龍音はその話を、どれも楽しそうに聞いていた。
私が話すたびに、龍音の目がキラキラと輝いている気がした。
「龍音は、おじいちゃんとどんな風にして過ごしてたの?」
「おままごとと、えほん読んだ。お花もそだてた」
「おじいちゃん、お花好きだったからね。おばあちゃんの影響なんだって。おじいちゃんの家に来る前は、どこにいたの?」
「あんまり覚えてない」
「そっか……そうだよね」
「でも、もりの中にいた気がする」
「森?」
「うん。大きな木がたくさんあった。そこで女の人と一緒にいた」
「女の人?」
「たぶん、お母さん」
ドキリとした。
みんながあんなに苦労して探していた龍音のお母さんの情報が、こんなにあっさりと出て来るとは思わなかった。
「お母さん、いっつも色んなことを人に教えてた。毎日色んな人が森に来て、お母さんに色々しつもんしてた」
「偉い人だったの?」
「わからない。みんなおじぎしてたからそうなのかも」
「龍音のお母さんは、政治家とかなのかな」
「せいじか?」
「偉い人のこと。でも、政治家が森に住んでるわけないか。それで、お母さんはどうなったの?」
私が尋ねると、理人は首を振った。
「わからない」
龍音は何かを思い出すように、だんだんと視線を遠くする。
この世界じゃない、もっと別の、遠くの世界を見ているように見えた。
「覚えてるのは、あかいいろ」
「赤い色?」
「森が真っ赤に燃えてて、煙が上がってた。おかあさんにおじぎしてた人たちが、大声出してお母さんにおこってた」
「怒る? どうして?」
「わからない。でもお母さんが何かしたら、その人たち動かなくなった」
「何それ……」
何だか、胸騒ぎがした。
これ以上聞いたらダメな気がする。
その話を、記憶を、龍音に思い出させてはいけない気がした。
「龍音?」
声をかけると、龍音はハッとした様に意識を戻した。
少しだけ息が荒い。
なんだか、怯えたように目が震えて見えた。
「大丈夫?」
「うん……」
肩を震わせる龍音を安心させるために、私は彼女の頭を撫でる。
「今の話、詩音兄ちゃんには話したの?」
「してない」
「何で話さなかったの?」
「聞かれてないから。あと、岬と話してて思い出した」
「そっか……」
たぶんみんな、龍音が小さいから覚えてないだろうって思ったんだ。
でも、龍音は故郷のことをちゃんと覚えてた。
そして、何か辛い思い出を抱えてる。
その時不意に「ちょっとお嬢ちゃんたち」と声をかけられた。
振り返ると、階段の上に変な男の人がいた。
髪の毛がボサボサで、太っていて、ギチギチのスーツを着た人だった。
なんだか鼻息が荒くて、汗ばんでいて、気持ち悪い。
「こ、こんな所で何やってるの?」
「別に、ちょっと休んでるだけです」
「迷子かな? そっちの子、体調悪いんじゃないの? 顔色が悪いよ。おじさんが診てあげよう」
言葉になにやら薄ら寒いものを感じて、私は龍音の手を取った。
「な、何でもありません。もう大丈夫だから、失礼します。行こ、龍音」
「あ、ま、待って……」
私は龍音の手を引いて、その場をそそくさと立ち去る。
しばらく歩いてから、振り返って見た。
「やだ、着いてきてる……」
男の人は、一定の距離をあけて私たちを追いかけてきていた。
人ごみに紛れたり、同じ場所を上手く迂回したりしたけれど。
明らかに私たちを追ってきている。
目が血走っていて、何だか怖かった。
関わっちゃダメな人だ。それが分かる。
怖くて手が震えそうになる。
だけど、手を繋いだ龍音のことを思い出して、何とか耐えた。
「龍音、大丈夫だよ。すぐに詩音兄ちゃんと、ママに会えるから」
「うん」
その小さい手を握ると、改めて龍音がまだ幼いと言うことに気がついた。
この子は私が守らなきゃ。
私がお姉さんになってあげるんだ。
「私にちゃんとついてきなさい」
男の人から逃げるように、私たちは歩を進める。
一定の間隔で、男の人は私たちを追ってくる。
小走りになっても、その距離は何故か開かなかった。
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