6-2

「親族会か……」


 ファミレスにて。

 和美姉がパスタを食べながら、俺の横に座る龍音を見つめた。


「いよいよ勝負所ね」

「勝負って和美姉、大げさだよ」


すると和美姉は「甘い!」と言葉を被せた。


「これは間違いなく芳村のおばさんにとっての決戦よ! 今度こそおばさんは、遺産のために全ての片をつけにくる!」


 和美姉はそう言うと、そっとため息をついた。


「だいたい、芳村のおばさんは、昔からがめついのよね」

「俺の感覚では常識人って感じだけどな」


 すると、シンジ兄ちゃんが口を挟んだ。


 この『家族会』もすっかり恒例だ。

 祖父の葬儀で集まったファミレスも、『いつものファミレス』になっている。

 俺と大樹、シンジ兄ちゃんに和美姉に岬。

 それと……龍音。

 すっかりお馴染みの面子だった。

 

 何だかんだ、若者同士、集まって相談出来る場所があるのは有難いと思う。

 以前まで和美姉やシンジ兄ちゃんと会う機会はそこまでなかった。

 龍音が来てから、ずいぶんと増えた気がする。


 和美姉いわく、今日は『作戦会議』だそうだ。


「それで、詩音、あんたどうすんの?」

「どうって?」


 俺が目を向けると、和美姉がフォークで俺をビッと指す。


「龍音ちゃんのことよ。今のところ、成り行きであんたが父親役だけど、しっかりしないと施設に入れられちゃうわよ。手続きとかやっちゃうんだから、芳村のおばさんは」

「龍音が居るのに怖がるようなこと言わないでよ」

「ダメ。酷なようだけど、今回は龍音ちゃんも当事者だからね。綺麗事ばっかじゃ、芳村のおばさんには太刀打ちできない。ちゃんと、お互いの意思をしっかりと示さなきゃ。あんた達が今の関係を守りたいならね」

「意思……」

「おじいちゃんの遺産使って、龍音ちゃん施設に入れてってなったらどうすんの。お父さんはフニャフニャだし、お母さんも押しが弱いんだから。あんたが守らなきゃ」

「うん……」


 俺が、龍音をどうしたいか、か。

 もちろん、龍音のことを知りたいと言う想いはある。

 でも、それと同時に、迷いもあった。


 このまま、一緒に暮らすことが、龍音にとってプラスになるのだろうか。

 そんな迷いだ。


 もちろん、龍音の力を考慮するなら、離れるのは良くないだろうけど。

 もっと龍音にとって良い環境があるんじゃないかとも思ってしまうんだ。

 

 この一ヶ月、龍音の面倒を何となく見てきた。

 祖父の遺言がなければ恐らくなかった、俺たちの関係。

 次の親族会では、その関係に、一つの結末が下されるのだと思う。


 芳村のおばさんとしては、俺を助ける意味もあるのだろう。

 高校生に子育てさせるのなんて、明らかに異常だからだ。

 当然だし、そのために動こうとしてくれているのは素直にありがたいが。


 でも。

 どうなるのが正解なのだろう。

 俺達の関係は、いったい何なのだろう。

 その答えを、俺はまだ見つけられずにいる。

 だからどうすればいいのか分からない。


 頼りだった祖父が突然死んで。

 全然知らない家族に引き取られて。

 遺産やら親権やらでごたごたして。

 今は自分がどうなるかも分からない。


 龍音は、どう思ってるんだろう。

 こんな状況に居るのが、幸せだなんて呼べるんだろうか。


「姉ちゃん、龍音、うちからいなくなっちゃうの?」

「そうならないようにどうしようかって話してるとこ」

「龍音がどこか行っちゃうなんて嫌だ!」


 岬と大樹が不安げな表情を浮かべると、シンジ兄ちゃんは薄く笑った。


「お前ら、ずいぶん仲良くなったな」

「ホント。岬なんて、一週間会えなかったら『龍音、龍音』ってうるさいんだから」

「ママ! 余計なこと言わないで!」


 騒ぐ岬達を横目に、俺はそっと龍音に話しかける。


「龍音、お前はどうしたい?」


 龍音はまっすぐ俺を見上げた。


「お前は、うちにいたいか? それとも、うるさいこと言わないところで、静かに生活したいか?」

「よくわかんない」


 目を伏せた龍音は、どこか迷っているように見えた。


 ◯


 親族会の日。

 大樹を家に残して、俺達は祖父の家に向かう。

 祖父の家には、すでにほとんどの親戚が集まっていた。


 普段はおちゃらけたおじさんおばさんたちが、今日は神妙な顔をしている。

 芳村のおばさん一人の迫力に呑まれているのだ。

 家の中の空気が、どこか重い。


「うぅ、何だか胃が痛くなってきた……」

「ちょっとお父さん、しっかりしてちょうだい。今日はあんたが主役なんだから」

「家内のプレッシャーもキツイ……」


 親父はダメそうだ。

 どうやら本格的に、俺が龍音の命運を担うことになるらしい。

 俺が右手に握った、この小さな手の女の子の命運を。


「詩音」


 シンジ兄ちゃんが声を掛けてくれる。

 あたりの状況を見て「すっかり大事だな」とシンジ兄ちゃんはつぶやいた。


「芳村のおばさんの影響力を感じるよ。親父とは全然違う」

「結局どうするか、決まったのか?」


 ギクリとして、俺は言葉に詰まる。

 察したのか、シンジ兄ちゃんは俺の肩をつかんだ。


「いいか、詩音。和美も言ってたけど、遺産相続で一番問題になってるのはその子だ。お前が拒めば、芳村さんはその子を排除しにかかるぞ」

「排除って……大げさだよ。龍音はまだ、ちっさいのに」

「いつまでも大人が子供に甘いと思うな。今回は多額のお金も絡む。守りたかったら、お前がしっかりしてやれ。それが出来るのは、お前だけなんだ。今日のお前は、一人の大人として、龍音の保護者として扱われる。だから、本当に大切なものは、自分で守らなきゃいけない」

「本当に大切なもの……」

「胸に手ぇ当てて考えてみろ」


 龍音を見下ろすと、龍音もこちらを見上げていた。

 その小さな手が、キュッと、俺の手を握り返す。


「それじゃあ、そろそろ始めようか」


 声がかかり、皆がリビングに移動し始めた。

 いよいよだ。

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