6-3
リビングで、親族が一堂に会する。
親父とお袋と俺と龍音。
親父の妹の芳村夫妻。
お袋の姉一家のシンジ兄ちゃん。(呼ばれてなかったがお袋に頼んで特別に入り込んだらしい)
和美姉の旦那の秀さん。
祖父の側だけでこれだけいる。
これに祖母の側の親族まで参加しているのだから大変だ。
これだけの人間が集まるのは、それだけ祖父の遺産が莫大だから。
何より祖父と言う人物の存在が大きかった証拠だろう。
「詩音……」
龍音が不安を感じたのか、俺の手を握る。
この状況は、子供には威圧的過ぎだ。
俺はそっと、龍音の頭を撫でる。
円卓で、全員の注目を集める形で、俺と龍音が中央に座らされた。
対面には厳しい顔つきの芳村のおばさん。
今年で五十歳らしい。
本当に親父と兄妹なのか疑わしくなるほどの迫力だ。
生きてきた濃さの違いを感じる。
「今日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。父さんの遺産分配についてと、そこにいる隠し子のことについてです」
いきなり本題に入ってきた。
「身元不明、戸籍も名前も無い。なのに一億の遺産を相続している。後の一億は親族で法律に乗っ取って分配。それが今の現状です。明らかにおかしい。でも、皆さんは『それでいいじゃないか』と笑って来られましたね。……詩音君」
「はい」
「兄さん――あなたのお父さんから聞いたけど、今はその子のこと『龍音』って呼んでるのよね」
「はい。仮の名、ですけど。俺がつけました」
「君はどうなの? まだ高校二年なのに、一児の父なんて」
「どうって……」
「嫌じゃない? その子が居たら、彼女だって作れない、自由に遊びにも行けないわよ。来年は受験も控えていて、大学にも進学したいんでしょ?」
「それは、まぁ」
俺が言いよどんでいると、親父が「まぁまぁ」と割って入る。
「確かに分配バランスはおかしいけど、親父の遺志なんだから「兄さんは黙ってて!」」
芳村のおばさんの蛇のような眼光に蛙のような父は「ひい」と情けない声を上げた。
「昔から父さんも兄さんも、大事なところがいい加減だったわよね。母さんがどれだけ苦労したか……。そもそも、この子を引き取るって事は、詩音君の人生を台無しにすることに繋がるのよ! わかってる?」
「でも、龍音ちゃんに罪はないしなぁ……」
「罪がないからこそ、この子の母親を見つけるべきです。いないなら、里親を見つける。それが、この子にとっても、私たちにとっても最良の結果。血も繋がっていない赤の他人と生活したって、お互いによくありませんから」
ヒートアップする芳村のおばさんは、どんどん勝手に話を進めてしまう。
見かねたのか、お袋が口を挟んだ。
「そう熱くならず。龍音ちゃんのお母さんも、何か深い事情があるのかもしれないんだし、こう言う時は支え合いですよ」
「これは支え合いじゃなくてただの一方的なもたれかかりです! 父さんのしわ寄せを、なんで私たち親族一同が食わなきゃダメなのかっていってるんですよ!」
ドン! と芳村のおばさんが机を叩く。
ビクッと龍音の体が震えるのがわかった。
俺の指先を、消え入りそうなほど細く、震えた手がつまむ。
とても弱い力で、龍音の心情がそのまま現れている気がした。
龍音は、強い。
この中の大人なんてひとたまりもないほどに、強い力を持っている。
火事を一消しし、大型トラックを片手で止め、人を抱えたまま数十メートルの高さから落ちても怪我一つしない。
人智を超えた力を持つ、龍の子。
その内側に龍の血が流れていたとしても。
龍音は、普通の子供なんだ。
どこにでもいる、か弱い女の子と変わりない。
「その子は養護施設に引き取ってもらいましょう。遺書は無効。残る一億は再分配。父さんの土地の権利の話もあるし、まだまだやることはあるんだから。どこの馬の骨とも分からない子供に振り回されてる場合じゃないの」
芳村のおばさんの迫力に、親父もお袋も、親族一同も、何も言うことが出来ない。
元々、無茶苦茶な遺産配分だった。
だから正論を突き付けられると、途端に弱くなる。
芳村のおばさんの提案は、もはや提案ではなく決定事項だ。
あとはその決定に、従うだけだとこの場の皆が思っている。
俺以外は。
大きな目でうつむく龍音は、今にも泣きそうで。震えていて。
その姿に、いろんな声が駆け巡った。
――いつか、お前がひ孫を連れてくるまでは、死んでられんなぁ。
――だから、本当に大切なものは、自分で守らなきゃいけない。
――ちゃんと、お互いの意思をしっかりと示さなきゃ。あんた達が今の関係を守りたいならね。
――龍音がどこか行っちゃうなんて嫌だ!
――おじいちゃん、わらってた。
みんなの言葉が、脳裏に蘇る。
不意に俺は悟った。
祖父にとって、龍音は本当に大切な家族だったのだと。
たった数年でも、一緒に暮らした龍音は、もはや孫で、家族で。
大切な存在だった。
そして、その存在を、祖父は俺に託した。
自分にとって大切なものを、自分と同じくらい大切に思ってくれる。
祖父にとって俺は、きっとそんな存在だったんじゃないかと思うんだ。
少なくとも俺は、そう信じている。
俺はギュッと、龍音の手を握った。
うつむいてた龍音が、静かに顔を上げる。
今までどうすべきかわからなかった。
何をどうすれば良いかもわからないまま、流されて過ごしていた。
でも。
もう、覚悟は決めた。
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