第6話 父と娘

6-1

 それは唐突な話だった。

 

「詩音、次の土曜、学校休みよね」


 お袋が洗い物をしながらそう尋ねてきたのだ。


「まぁ暇だけど。それが何か?」

「親族会、出てもらうから」

「はい?」


 またとんでもない発言が飛び出した。

 

 龍音が我が家に引き取られて一ヶ月以上が経った。

 テレビのニュースでは、間もなくの梅雨明けを報道していた。

 雨の季節が終わり、本格的な夏に移行しようとしている。

 俺は、すっかり龍音の教育担当兼父親役に定着していた。


 俺が親族会に出なければならない理由は一つ。

 親父の妹の芳村のおばさんの指名だそうだ。


 いい加減な親戚一同の中で、とりわけ厳しい芳村のおばさんが俺を招集したらしい。

 芳村のおばさんは、どうも苦手だ。


「他の親戚は、みんな龍音ちゃんに遺産相続でいいって言ってるんだけどね。おじいちゃんの遺志だし。でもね、芳村のおばさんは認めてないのよ」

「まぁ、こんな五歳児に一億も継がせるのは異常だと思うけどな……。あんたらが適当すぎるんだよ。二十歳になって、あぶく銭なんて持ってたらろくなことにならなそうだし」

「あら、あんた芳村のおばさんの味方なの?」

「味方じゃねーけど、おばさんの言う事も一理あるなって思うだけだよ。そもそも、そういうのって法的にどうなの? 遺書が正当であれば、遺産相続も正当に行われてそれで終わりじゃないの?」

「正当じゃないから困ってるんじゃない」


 色々と事情が複雑らしい。

 遺産相続の話は良いとして、問題は龍音が今後どうなるか、だ。


 うちで引き取って解決するのなら良いが。

 それも恐らくはまだ曖昧だろう。

 次の親族会で、きっと芳村のおばさんはその辺も追及してくる。


 もし龍音が俺の手元を離れて施設にでも入れられてしまったら。

 きっと良くないことが起こる気がする。


 祖父のノートに書かれていた、龍が『審判者』であるという記述。

 岬が話していた龍音の故郷の話も引っかかる。

 祖父が神様の言伝を伝える『かんなぎ』だったと言うのも気になる話だ。


 でも、色んな事が繋がりそうで繋がらない。

 たぶん龍音には、まだわかっていない秘密がある。

 俺はそれを、知らなければならない。


 遺産に関して、ある程度龍音に使用することは認められていた。

 しかしそれは、決して駿河家が自由にして良いと言う意味ではない。

 龍音の食費、学費、基礎生活費だけに遺産を使う。


 それが、うちが龍音を預かる上で、芳村のおばさんと親父が交わした約束だった。

 

 でも、いつまでもそんな宙ぶらりんな状態で居られないのも事実だ。

 芳村のおばさんが動いたのも、無理はないのかもしれない。


「親族会か……」


 今まで子供だからってつまはじきにされていたけど。

 まさか自分が出るとは思ってもみなかった。

 どこか、自分とはまるで無関係のものであるように感じていた。


 駿河の一族は、みんな大らかでのんびりしている人が多い。

 うちに限らず、そこまでお金に対して重要な価値を見いだしていないのだろう。

 生活できる分だけあれば良い、と言う考え方だ。


 だからこそ、祖父の遺産分配に誰も声を上げなかった。

 芳村のおばさんはそのことに苛立っているのだろう。

 決着をつけようと動き出した。


 正論者であり、お金の管理に厳しい人。

 それが、芳村のおばさんだ。


「どうなるんだろうな……」


 雨の季節は間もなく終わりを迎えようとしている。

 でも、今もまだ、雨は降り続けていた。

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