7-3

「はーい、みんな。今日は新しいお友達を紹介しまーす」


 その日は少し変わった一日だった。

 にこやかな表情のユリカ先生に言われて、可愛い女の子が入ってきた。


「お名前、言えるかな?」

「駿河龍音」

「はい、龍音ちゃんです。みんな、仲良くしてあげてね」

「よろしくおねがいしまーす」


 みんながお返事すると、彼女の目が光で満ちていくのがわかった。

 綺麗な色の目をした、不思議な印象の子。

 それが、彼女――駿河龍音ちゃんの第一印象。


 緊張してる様子もなく、堂々としていて。

 なんだか風格があって、頼もしい。

 見ていて心が惹かれた。

 あの子と友達になれたら、何だかワクワクする事に出会えるかもしれない。

 そんな予感が、胸の中に渦巻いた。




「り、龍音ちゃん、私は小向こむかい日向ひなた。お、お友達になってください!」

「日向ちゃん、また練習してるの?」


 壁に向かって話しかける私に友達の芽衣めいちゃんが、声をかけてきた。

 芽衣ちゃんはいつもニコニコしている優しい子で、人見知りな私にも、当たり前に話しかけてくれる。

 友達が少ない私にとって、唯一友達と呼べる子だ。


「練習してないで話しかけてみたらいいのに」

「だって、心の準備がまだ……それに、ほら」


 私が目を向けると、既に龍音ちゃんは同じ組のみんなに囲まれていた。

 まるで芸能人みたいに、わらわらと人の渦が生まれている。

 その光景は、サンドウィッチと言うよりはおにぎりの梅干しだ。

 

「大人気だねー」


 薄く笑いながら、呑気に芽衣ちゃんが言った。


「あんな人ごみの中、話しかけに行けないよ……」

「日向ちゃん、人見知りだもんね」

「どうしたらいいんだろう」

「うーん……あ、そうだ」


 妙案を思いついたように、芽衣ちゃんがパッと表情を明るくする。


「じゃあさ、私がお外に誘うから、三人で一緒に砂場で遊ぼうよ」

「本当……?」

「私も、龍音ちゃんと遊んでみたいし。ほら、行こう」


 芽衣ちゃんの後ろから光が射して見えた。

 まるで天使様みたいだ。

 芽衣ちゃんに手を引かれ龍音ちゃんのところに向かう。

 すると、あれだけ集まっていた人だかりが、もう解散しようとしていた。


「どうかしたの?」


 芽衣ちゃんが近くの子に尋ねる。


「龍音ちゃん、男の子達に誘われて、かけっこに行っちゃった」

「かけっこ?」


 私と芽衣ちゃんは顔を見合わせて、窓の外を覗いた。

 見ると、サクラ組で一番足の速い智也君と龍音ちゃんが競争をしている。


「あちゃー……あれは当分遊べそうにないね」

「うん……」


 困ったような笑顔で、芽衣ちゃんは言う。

 私は残念だという気持ちを抱くと同時に、感心もしていた。

 もう馴染んじゃうんだって。


 ちなみに、龍音ちゃんは幼稚園児とは思えない速度で走っていた。

 

 ◯


 ようやく授業が終わり、幼稚園へと向かう。

 朝と同じくユリカ先生が龍音を連れてきてくれた。


「お待たせ。どうだった? 初幼稚園」

「たのしかった」


 龍音の言葉を裏付けるように、ユリカ先生がにこやかな顔をする。


「龍音ちゃん、今日かけっこで大活躍だったんですよ?」

「かけっこ?」

「ええ、それはもう。幼稚園児とは思えないくらいに速くって。スポーツの才能とかありそうですよねぇ」

「あ、はは……そうですね。こいつ運動が好きなんで」


 俺が龍音を見ると、龍音はサッと気まずそうに顔を逸らした。

 決して、目を合わせようとはしない。


「龍音?」

「てかげんはした」


 明らかに負い目を感じている。何やったんだこいつ。

 色々聞きたかったが、とりあえずは見逃してやるか。

 とにかく、何事もなくて一安心。

 ユリカ先生に挨拶をして、その場を離れた。


「楽しくてよかったな、幼稚園」

「うん」

「もう友達できたか?」

「ともだち?」


 龍音は首を傾げた。


「ともだちって、なに?」

「えっ? そうだな……」


 何だろう。どう答えるのが正解なのか。

 岬や大樹みたいなもんって言えば良いのかな。

 でも二人共、どちらかと言うと姉や兄みたいなポジションだしな……。


「そうだな、俺と茜みたいな関係って言ったら分かりやすいか?」

「けっこんする人のこと?」

「違う」


 ◯


「友達の定義について?」


 いつものファミレスにて。

 俺が言うと、和美姉とシンジ兄ちゃんは怪訝な顔をした。


「龍音に『友達って何』って尋ねられちゃって」


 すると二人は「あぁ……」と納得したように頷く。


「龍音ちゃん、今まで同年代の友達居なかったもんねぇ」

「総司朗さんと生活してた時は、近所の子供と交流なかったのか?」

「なかったみたい。まぁ、じいちゃん、隠しながら育ててたみたいだから」

「きっと同年代の子と交流すること自体、初めてなのよ」

「それで詩音は何て答えたんだ?」

「『俺と茜みたいな関係だ』って」


 俺が言うと二人はそっと呆れ顔で首を振った。

 何だよ。


「それはちょっと違うよなぁ」

「あんたと茜ちゃんはどちらかと言うと許婚みたいなもんじゃん」

「何でだよ!」

「お前の歳ぐらいで、あんな可愛い彼女居るのって最早ずるいよ」

「だから違うって……」


 俺は頭を抱えた。

 身内がこう言う認識だから龍音に正しい知識が伝わらないのだ。

 本当の敵は内側に居ることを思い知る。

 

「でも、イジめられるより全然良かったわね」

「あぁ。元々龍音は順応性高いから、そこらへんはあんまり心配してない。入園初日も、男の子に挑まれてかけっこしたらしいし」

「もうモテてるの? さすがねぇ」


 和美姉がうっとりした顔をすると、シンジ兄ちゃんが口を開く。


「イジメか……昔を思い出すな」

「シンジ兄ちゃん、イジめられてたの?」

「幼稚園の頃は流石になかったけどな。小中高と、人をのけ者にしたがるやつはどこにでもいるんだよ」

「どうしたの、それ」

「喧嘩売られたら買うだろ。片っ端からボコボコにしたよ」


 うわ……という空気が流れた。


「そう言えばシンジ兄さんって昔、グレてたんだっけ」

「暴走族って聞いたことあるけど……実際どうなの?」

「ただバイクが好きだっただけだよ。今も昔もな。今はただのしがないバイク屋だ」

「龍音がグレるのは困るな……」


 龍音がグレると何が起こるか予測が出来ない。


「まぁ、最初の一人友達が出来たら、すぐに馴染むんじゃない?」

「そうだな。友達が出来たら、いずれ友達の意味も分かるだろ」

「きっかけが出来れば、あっと言う間だしね」

「きっかけかぁ……」


 龍音にとってのきっかけ。

 どうやったらそれを渡してやれるだろう。


 俺は、もっと龍音に色々な事を学んで欲しいと思っている。

 今まで色々と我慢してきた分、楽しいことや嬉しい事があると知ってほしい。

 龍音に、この世界を好きになってほしい。


 俺が腕組みをして考えていると。

 シンジ兄ちゃんと和美姉がニヤニヤと俺を見ていた。


「何さ」

「詩音は多分子煩悩な親になるんでしょうね」

「俺、高校生でこんなに子供について考える奴見たことないよ」

「うるさいな……」

「以前は父親って言われたら拒否してたくせに、すっかり受け入れちゃったしね」

「まぁ、それはそうだけど……」


 俺は何となく宙を見て、呟く。


「家族だしな、もう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る