7-4
龍音ちゃんが幼稚園にやってきて一週間が経った。
「駿河! 今日も勝負しようぜ!」
私はまだ、龍音ちゃんに声すらかけられないでいた。
どうも先日の勝負がきっかけらしい。
今や龍音ちゃんはすっかり人気者だ。
毎日色んな人に声をかけられている。
男女問わず、遊びに誘われたら目をキラキラさせる龍音ちゃんは、みんなから好かれていた。
「龍音ちゃん、人気者だねー」
私の横で芽衣ちゃんが言った。
「……どうしたら良いんだろう」
「勇気を出して、声をかけてみたら? それか、思い切って混ぜてもらうとか」
芽衣ちゃんの言葉に、私は「むりだよぉ!」と声を上げた。
私は昔から、人見知りで引っ込み思案だ。
そのためか、友達もそんなに多くない。
それでも龍音ちゃんと仲良くなりたいと思ったのは、多分……あこがれだと思う。
自分が持っていない何かを、龍音ちゃんは持っている。
そんな気がしていた。
「芽衣ちゃん、ちょと先生と来てくれる?」
私がウジウジしていると、ユリカ先生が芽衣ちゃんに声をかけた。
「はーい」と、芽衣ちゃんもその場を離れて行ってしまう。
私は、部屋に一人取り残された。
「……はぁ」
外、行こう。
運動場でみんなが遊んでいる。
部屋で絵本を読んだり、パズルで遊んでいる子もいるが、私は外で遊ぶのが好きだ。引っ込み思案だけど、外に出るのは嫌いじゃない。
私は砂場でお山を作る。
粘土遊びが好きだから、何かを作るのは得意だ。
集中できて、夢中になれるから楽しい。
山を作って、トンネルを掘る。
山の上側を削り、砂を乗せ、お城を作ってみた。
平らにしたり、余計な土をそぎ落として、形を整えていく。
ふと見ると、誰かが立っているのが分かった。
顔を上げると、龍音ちゃんがそこに居た。
「はぅ!?」
驚きすぎて、思わず変な声が出る。
龍音ちゃんは、かけっこをしている時の様な、キラキラした目を私に向けていた。
「きれい。すごい」
興味津々と言う感じで、龍音ちゃんは砂場に屈むと、私の作った山を眺める。
今しかない、私はそう思った。
私の中の勇気を、最大限に奮い立たせる。
「あ、あの、一緒に遊ばない?」
「いいの?」
「うん!」
上手く言えた……!
心臓がドキドキしている。
やり切った達成感が、心を満たした。
「もう一回、一緒にお山作ろう!」
二人でもう一度、新しいお山を作り出す。
龍音ちゃんは不思議な子だった。
一緒に居るだけで、何故か安心できる。
「日向ちゃん、龍音ちゃんに声掛けたんだ!」
二人で遊んでいると、用事を終えた芽衣ちゃんがやってきた。
「私も混ざっていい?」
「うん、もちろん!」
「えへへ、ありがとー」
芽衣ちゃんも加わり、三人でお山を作る。
何故か芽衣ちゃんは、嬉しそうに見えた。
「どうしたの? 芽衣ちゃん」
「……良かったね、日向ちゃん。龍音ちゃんと友達になれて」
芽衣ちゃんは、私のことを心配してくれていたらしい。
その言葉が嬉しくて、私は笑顔で頷く。
「ともだち?」
すると龍音ちゃんが、不思議そうに首を傾げた。
龍音ちゃんの言葉に、芽衣ちゃんは頷く。
「そうだよ一緒に遊んだり、話したりするの」
「それが……ともだち?」
「うん。それが、友達」
「なるほど」
すると、龍音ちゃんはその目をもっとキラキラさせた。
「私もともだち、ほしい」
「もう、友達だよ、私達」
「ほんとう?」
「うん、友達!」
その瞬間。
何となく、自分の世界が拓けた気がした。
私がずっと心配していたことは、やってみると簡単に出来てしまうものなんだ。
そんな気がした。
◯
「……何これ」
龍音を迎えに幼稚園に入って、俺は絶句する。
めちゃくちゃ高い山が出来ている。
そこに出来たトンネルは、もはや人が通れるレベルだ。
どうやって作ったんだ、これ。
本来存在している質量よりも多い砂が使われている気がするんですが。
「詩音」
こちらに気付いた龍音が、テクテクと近付いてくる。
「自分で作ったのか、これ」
「みんなで作ってた」
他の園児は迎えが来たらしく、幼稚園にはほとんど子供の姿がない。
一緒に遊んでいた子が帰っても、一人で山を作っていたらしい。
「お山つくってたけど、みんな来てしょうぶになった」
「砂山一つしかないけど?」
「がったいした」
龍音の顔は何だか誇らしげだ。
「それから、詩音」
「なんだ?」
「ともだちできた」
「……そっか。良かったな」
「うん。よかった」
俺は色々気にしすぎだったのかもしれない。
子供の順応性は、時に想像を軽く超えてくる。
それは人であっても、龍であっても、同じなのかもしれない。
「じゃあ、帰るか。手ぇ洗って来い」
「うん」
手洗い場に走っていく龍音を見送る。
砂場に残された俺は、改めて周囲を眺めた。
「なんだか懐かしいな……」
昔通っていた時と、ほとんど変わっていない。
少しだけ遊具が古びているが、当時となんら大差なかった。
妙に懐かしさに胸がくすぐられる。
ここで遊んでいた奴らとは、今でもほとんど付き合いがある。
高校の同級生ばかりだ。
すると、不意に「駿河君」と誰かに声をかけられた。
視線を向けると、一人の老婆が立っていた。
白髪で、気品のある感じの人。
俺はその人に見覚えがあった。
「副園長先生……お久しぶりです」
「いまはもう『園長先生』よ」
「っていうか、覚えててくれたんすね」
「自分が教えていた子を忘れないわよ。特に君は、私と仲良くしてくれていたからね」
話すと、徐々に記憶が鮮明になってくる。
そうだ、俺は当時、この園長先生によく話しかけていた。
ハイタッチしたり、ことあるごとに色々報告したり。
祖母のように懐いていたのを覚えている。
「すっかり大きくなったわねぇ。立派になって」
「ご無沙汰してます。お元気っすか」
「何とかやってるわ。子供たちと一緒にね。龍音ちゃんのお父さんだって?」
「まぁ、父親役って言うか。面倒係って感じです、一応」
「龍音ちゃんは?」
「手ぇ洗わせてます。砂遊びしてたんで」
俺は目の前の巨大建造物に目を向ける。
園長先生は動じることなく「あらあら、すごいわねぇ」と呑気な声を出していた。
「腕白なところ、詩音君を思い出すわ」
「俺、そんなに腕白でしたっけ」
「そうよぉ。小さな頃、よく木登りして先生達を困らせていたでしょ。ジャングルジムの頂上に手放しで立ったり」
「そうだったかな……」
そのあたりの記憶は曖昧だ。
「龍音ちゃんは、どこか詩音君に似てるわね」
「俺に?」
「気づかない? 家族の空気って言うのかしらね。同じ雰囲気をまとってる」
「家族の空気……」
龍音がうちに来て日は浅い。
短くとも、同じ空気を纏うだけの時間を共有出来ていたのだろうか。
いずれにせよ、俺はそのことを嬉しく思う。
「詩音、おまたせ」
「ああ、じゃあ帰るか。園長先生にサヨナラしろ」
「さよなら」
「はい、さようなら。また明日ね」
龍音と手を繋いで門へ向かう。
すっかり夕方だな。
空が茜色に染まり、どっかノスタルジックな風景に町を染め上げる。
「俺も昔、ここの園児だったんだ」
「詩音も?」
「あぁ。ここでみんな一緒だった。茜とか、哲ともここで会ったんだ」
「ふぅん」
龍音は、遠くを眺める。
「詩音みたいに、たくさんともだちできる?」
「出来るよ、きっと」
歩いていると、龍音の腹がグゥと鳴った。
「お腹減った」
「そうだな。今日はハンバーグだってさ」
「ほんとう?」
龍音の目が輝き出す。それを見て、俺は少し笑った。
「早く帰ろうぜ」
「あしたもたのしみ」
「こんな日が、ずっと続くといいな」
「うん」
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