8-4

 龍音を預けて、茜と二人で登校する。

 茜はその間も、ずっとブスッとした顔をしていた。


「機嫌悪そうだな」

「詩音って、やっぱりああ言う大人っぽい人が好みなの? ずいぶん仲良さそうだったけど……」

「別に。たまたま会っただけだし、好みとか、好みじゃないとか、考えたことない」

「それならいいんだけど……」

「何? 妬いてんの?」

「んなわけないでしょ! 馬鹿!」


 背中をバスンと叩かれ、思わずうめき声が出ると同時に、体がふらついた。

 ハッとした様に、茜が手を引っ込める。


「あ、ゴメン。強く叩きすぎた」

「ああ、別に良い……」

「って言うか、顔色なんだか白いよ? 体調悪いの?」

「別に心配いらねーから……」


 その時、俺はあることに気がついて、足を止めた。


「どうしたの? 詩音……」


 自分が歩いているこの道。

 何かの光景が、フラッシュバックする。


 ……夢だ。

 俺が夢で歩いた道。

 その道は、ここだった。


かんなぎ


 その言葉が脳裏に浮かぶ。

 神の言葉を授かり、人々に伝える役割。

 そして祖父は、自分が『巫』だと考えていた。


 ――私が見てきた夢は、啓示だったのだろうか。


 祖父は『巫』と言う言葉に、そうコメントしていた。

 夢……?

 祖父は夢で、龍音の母親から何かを見せられていた?


 祖父の代わりに、もし今俺が『巫』になっていたとしたら。

 俺が見た夢は、この世界の未来の情景なんじゃないか?

 

 ――その子は龍の子。世界を見定め、裁く審判者。

 ――お前がこの子の命運と、世界の行く末を決めよ。


 俺が見た夢は『審判』で滅んだ世界の姿だった?


 パズルのピースがハマる感覚を覚える。

 その途端。


 急に火蓋を落としたように、視界が二重にも三重にもなり始めた。

 重力を失ったかのように、目が回り始める。

 まともに立っていられず、バランス感覚を失って俺は膝をついた。


「詩音!」


 茜の声が、どこか遠い。

 視界が徐々に暗くなる。

 そして俺は、目を瞑った。


 ◯


「うん……?」


 涼やかな風が俺の頬を撫で、意識を取り戻した。

 辺りが暗い。


 体を起こすと、頭がくらくらした。

 少し治まるまで待って、周囲の状況を確認する。


「茜?」


 声を出すも、返事はない。

 茜はおろか、人の気配がまるでなかった。


 俺はさっきまでと同じ場所にいた。

 見間違いようがない。

 ただ違ったのは、そのアスファルトがひび割れ、雑草が生えているということだ。

 塀には蔦が這い、酷く荒廃している。

 塀の向こう側の家屋は、ガラスが破れ、壁を枝葉が壊し、木に侵食されていた。


 また夢を見ているのか。


 ただ、今までとは明らかに違う。

 触れた指先の感触、風が体を抜ける感覚が、圧倒的にリアルだ。

 まるであの夢に自分が入り込んだかのように。


「どうすりゃいいんだよ……」


 状況が分からないまま、俺は歩き出す。

 どこに行けばよいか分からないが、あそこで座っているのは違う気がした。


 どうやら今は昼間らしい。

 薄暗いのは、木々が生い茂っているためだ。

 空を見上げると、木々の隙間から青空が少しだけ見える。

 ただ、空を覆う枝葉の密度が圧倒的に高く、夜と間違えてもおかしくはない。


 突然の事態なのに、頭は妙に冷静だった。

 現実味がないせいかもしれない。


 町が壊れている。

 道が木々に侵食され、まともに進めない場所が多い。

 歩ける道が限られていた。


 人の気配は、やはりどこにも無い。

 人類が絶滅したように、草木だけが風にそよいでいる。

 途中、俺の家らしき場所を通ったが、やはりそこもボロボロになっていた。


「みんな、どこに行ったんだ……」


 ふと、道に足跡がついていることに気がついた。

 赤黒い足跡。

 血でできた足跡なのだとすぐに気付く。

 

 俺は、引き寄せられるようにその足跡を追った。


 見ると、他の道からも同じ形の足跡がやってきていた。

 足跡はやがて合流し、どこか同じ方向へ向かっている。

 そして、足跡の形が全く同じであることから。

 この足跡の主が、同一人物の物であると察した。


 どこかに行って、血まみれになって、歩いて戻ってきた。

 そんな印象を受ける。

 じゃあ、どこに戻ってきたんだ……?


「ここは……」


 たどり着いた先は、祖父の家だった。

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