第9話 災厄の刻

9-1

「夏祭り?」

『ほら、毎年近所でやってるやつあるでしょ? 来週あるから、どうかなって。龍音ちゃんも一緒に。どうせまだ何も夏休みらしい事してあげてないんでしょ?』

「確かに……」


 茜から電話が掛かってきたのは突然だった。

 夏休みに入ってからはトンと会っていなかったので、話したのは久しぶりだ。


「俺は別に良いけど、お前は大丈夫なのか? バレー部の合宿とかあんだろ?」

『あれは八月半ば。遊ぶなら今が最適なのよ』

「あー、じゃあ行くか。夕方六時くらいでいいか?」

『うん』

「んじゃまた、当日に」


 電話を切ってふと思う。茜から遊びの誘いなんて珍しいな、と。いや、ひょっとしたら初めてかもしれない。

 俺らの年で、男女二人で遊びに行こうものなら一発で噂になるからな。特に俺たちは互いの両親が勝手なこと言いまくっているし、これでも遠慮していたつもりだ。他に好きな奴でも居たら茜が可哀想だし。


「……気ぃ使ってくれたのかな」


 茜には龍音のことで色々迷惑をかけっぱなしだ。なんだかんだ困った時に助けてくれる。今までほとんど家族同然の付き合いをしてきたから、あまり気にしていなかったけど、普通はあり得ないことだ。

 龍音の親になるのは俺が決めたことだが、そこに茜を巻き込むのは流石に忍びない。


 他に好きな奴か……いるのかな。

 一瞬考えて、すぐに頭を振ってその考えを消す。女々しい。龍音を育てるって決めた時から、そう言うのは考えないようにすると決めたじゃないか。


「詩音」


 ふと見ると、龍音が部屋の入り口のところに立っていた。


「でんわ?」

「ああ、茜から。今度、夏祭りに行くぞ」

「まつり?」

「そうだ。行ったことないだろ?」

「知らない」


 龍音の目がいつものように輝き出す。キラキラと、期待に溢れた目をしている。その表情を見て、思わず笑みが浮かんだ。

 茜と夏祭りか……。

 少し楽しみかもな。


 ◯


 ヤバい。

 今でも心臓が高鳴っている。

 バクバクと音が鳴り、外に響き渡りそうな気さえする。

 私はスマホを胸元に抱え、ベッドに倒れこんだ。興奮が冷めず、足がバタバタする。


 言った。

 言っちゃった。

 言ってやった。

 言っちまったぞ。


 詩音を祭りに誘ってしまった。自分から誘うのは初めてかもしれない。

 文句言ったり、拒んだりされるかなって思ったけど、思った以上にすんなり行った。


「あー、ヤバい」


 回覧板で夏祭りの知らせが入ってきた時、すぐに詩音のことが頭に浮かんだ。

 何か口実を作って誘えないかと、何度も頭をめぐらせたのだ。


 ……龍音ちゃんをダシに使ったのは少し罪悪感。

 もちろん、龍音ちゃんを連れて行ってあげたいという気持ちはあったけれど。

 そう言ったら詩音も絶対来るって言う下心みたいなものもあった。


 ただそれ以上に。

 今はただ、興奮が冷めやらない。


 そのまま、すぐに親友の三科恵子に連絡した。

 LINEで返って来ると思ったが、電話が掛かってきた。

 着信音に設定していた『糸』という歌が流れる。


『やったじゃん、茜』


 恵子の声は、何だか嬉しそうだった。


「うん。でも、龍音ちゃんダシに使っちゃった」

『関係ないって。駿河君、行きたくない時はきっぱり断るタイプだし』

「そうかな」

『そうだよ。そんくらい分かるでしょ? 幼馴染なんだから』

「うん……そうだね」

『あーあ、これで茜も彼氏持ちかぁ』

「まだ彼氏じゃない」

?』

「うっ……」

『良いから、勇気出して告っちゃいなよ。どうせ前々からいつかくっつくってみんな思ってたんだから。晴れて名実共にカップルってことで』

「みんな、そんな風に思ってたの……?」


 割と衝撃だ。


『気付いてないのあんたくらいだよ』


 そう言う恵子は呆れ声だった。


『本当に鈍いよね。駿河君と違って』

「詩音って鋭いかな」

『ベクトルが別方面向いてるけどね。恋愛に対してはゼロ』

「だよね」


 私たちは少し笑う。

 窓から、月が覗いているのが分かった。

 大きくて、眩しいくらいに輝く月。

 今は少し欠けているけど、祭りの時は多分満月だろうな。


『祭りの日、何時に待ち合わせたの?』

「夜の六時」

『いいじゃん。じゃあさ、待ち合わせよりちょっと早めにうちに来なよ。着付けしてあげる』

「本当? ありがと!」

『上手く行くと良いね、デート』

「うん」


 電話を切って、そっと一息つく。

 人と話して、どうにか落ち着いた。

 持つべきものは親友だな、なんて感じる。


 詩音、浴衣見て何て言うかな……。

 不安半分、期待半分。

 でも、祭りの日が待ち遠しい。


 当日、晴れると良いな。

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