8-2

 全然知らない場所に立っている。

 ああ、まただ……と思った。


 俺は龍音と一緒に、自室のベッドで眠っていたはずだ。

 つまりこれは夢なのだと、すぐに気付く。


 夢を見ていると自覚する夢を明晰夢めいせきむと呼ぶらしい。

 ともすれば、ここ数日俺は明晰夢を見ている事になる。


 深い森の中だった。

 縦横無尽に、木々が伸びた森の中。

 どの木々も太く立派で、まるで神木のようだと俺は思う。


 夜らしく、枝葉の間を縫って、空から月明かりが射し込んでいた。

 その茫漠とした明かりだけが、視界を照らしてくれる。


 暗い森の中で、草木を抜けて俺は歩く。

 目的地はなかったが、この森を抜けたかった。


 少し歩くと、やがて森を抜けて道に出た。

 住宅街を通る路地だ。左右を塀が囲み、塀の向こう側にも木々が繁殖している。

 足元のアスファルトには裂け目がいくつも出来いていて、そこからも緑が侵食していた。


 町が森に飲まれた。

 そんな印象を受ける。


 ふと遠方に、小さな光源が見えた気がした。

 俺はそちらに向かって歩く。

 歩いた先は、広い駐車場のような場所だった。

 そこに、テントがいくつも立っている。

 いつかニュースで見た、自衛隊が簡易的に作る駐屯地のような印象を受けた。

 ミリタリーキャンプという奴だろうか。


 駐車場にはボロボロの車がちらほらと見受けられる。

 遠くに目を向けると、大きな建物が、それよりも更に巨大な樹に貫かれていた。

 あんな大きな木は見た事がない。何だか幻想的だと思う。


 テント群に足を踏み入れる。

 中にあるライトが薄っすらと、布越しにテント内部の様子を俺に教えてくれた。

 何か液体のようなものがテント内にブチまけられている。


 その正体を、俺は何となく察していた。

 ここ数日、状況や場面は違っても、何度も似た光景を目の当たりにしていたから。


 人の痕跡はたくさんあるのに。

 人が居る気配は、一切しない。


 歩いているうちに、何かがテントの中から飛び出ていると気づいた。

 腕だった。

 ズタズタに引き裂かれた腕が、持ち主から離れてテントから飛び出ている。

 そのテントからは、赤い液体が流れ出ていた。


 辺り一帯に、大量に死の臭いが充満していた。

 しかし、交戦の形跡はない。

 まるで寝ているところを殺されたかのように、ただただそこで、人が死んでいる。


 焦りや恐怖はなかった。

 何度も似た光景を見たというのもあったかもしれない。

 でもそれ以上に、これが夢だと分かっている事が大きかった。


 そして、俺は知っていた。

 この夢がどうなるのか。

 どうやったら終わるのかを。

 

 前方に一人の女を見つけた。

 遠目でもわかるほど美しい女だった。

 服は身につけていない。

 足元まで伸びた長い髪の毛で、艶めかしく肢体が月明かりに照らされている。


 女は空に浮かぶ大きな月を眺めていた。

 満月は俺が知るよりもずっと大きく見える。

 月の光が、まるでその女に寄せられるように強く輝いていた。


 女の頬には赤い血がついていた。

 よく見ると、手や足にも赤黒く血が残っている。

 ここに居た人たちを殺したのは、恐らく彼女だ。


 女はふとこちらに目を向けると、ゆっくりと歩いて近づいてくいる。

 近づくにつれ、顔立ちがよりはっきりと分かるようになる。

 どこか見覚えのある顔だと気づく。


 何となく……と言う感じじゃない。

 明らかに現実で見覚えがある。


 やがて女は俺の目の前へとやって来ると。

 ゆっくりと、俺の首に手を回した。

 愛しげに、妖艶に。


 その目は、浮かび上がる月と同じ琥珀色をしている。

 ヘビを思わせる、独特な瞳だ。


 不思議と恐怖感はなかった。

 むしろ、懐かしさのような感情すら抱いていた。

 殺されるかもしれないが、それならそれで良いかもしれない。

 そんな風に、どこかでこの状況を受け入れている自分がいる。


 その感覚が何なのか、俺はいつも分からないまま、夢は終わる。


 ◯


 ハッとして目が覚めた。

 呼吸が浅く、汗をかいている。

 ふと脇を見ると、俺の腕の中で龍音がスヤスヤと眠っていた。

 いつもの自室だ。


「またかよ……」


 ここ数日、俺は同じような夢を見ていた。

 場所や情景は少しずつ違っても、いつも最後は、似た結末になる。

 大量の死と、妖艶な美女。女に抱きしめられて夢は終わる。

 知り合いが出てこない事だけが、幸いしていた。


「詩音、どうしたの?」


 目が覚めたのか龍音が目をこすりながら俺の服の袖を引っ張る。


「ああ、大丈夫だよ。ごめんな」


 こりゃ、今夜も眠れそうにないな。

 せっかく寝たと思ったらこれだ。


 夢の中の女性の、あられもない妖艶な姿。

 胸元や臀部まで、明確に記憶に刻まれている。


「俺、欲求不満なのかなぁ……」


 そういう方向の趣味はないはずだが。

 思わず頭を抱えそうになった。

 こんな夢を連日見る自分に嫌悪感がわく。


 性欲からあんな夢を見たわけではないとは思うのだが。

 俺は何となく、龍音の額を撫でる。


 夢の中の女は、どこか龍音に似ていた。

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