十字架男爵<3>



 翔一と別れた幸はマンションに戻った。

 先にあったことはむつみには言わないでおこうと決めていた。余計な心配をかけたくなかったのもあるが、顔を合わせば言い争いになる予感がしていたからだ。

「お帰り。学校から電話があったよ」

 むつみは廊下の壁に背を預けて、幸を待ち構えていた。予感は当たりそうだった。

「サボったんだってね。まあ、それはどうでもいいや。関係ないし、興味もないからね」

「ごめんなさい。次からは気をつけます」

「そうして。面倒くさいし」

 幸はもう一度謝ってから自分の部屋に戻ろうとした。むつみは彼の抱えている紙袋を指で示した。

「制服着替えて外で遊んでたの?」

「そうしないと補導されちゃうんで」

「どこで遊んでたの?」

「ゲーセンです。センプラにある」

「ゲームで?」

 幸は頷いた。むつみはふっと息を漏らす。

「誤魔化すには着替えるだけじゃ無理があるよ。ケンカにしては血生臭すぎる。君、力を使ったね」

 心臓が跳ねた。幸は声が震えないようにと祈った。

「使ってません」

 むつみの手が幸に伸びた。彼女は幸の胸に掌を押し当てて、顔を近づける。

「自分の立場が分からないほど、君は馬鹿じゃないと思うんだ。だから嘘を吐いてるんだよね。……言いなさい。私は君のお母さんほど優しくないよ」

 ふと、幸の脳裏を過ぎるものがあった。自分が知らない、見ていないはずの何かがフラッシュバックする感覚に耐え兼ねて彼はむつみから離れた。彼女は幸から紙袋を奪うと中身を見て言葉を失った。

「……君の血じゃないみたいだけど」

「ご、ごめんなさ……」

「その剥がれかけた爪もそうだけどさ。もしかして君、いじめられてるの?」

「ち、ちが……爪は関係ないです」

「爪『は』?」

 もうダメだった。幸は言い訳を考えるのも取り繕うのも不可能になるほど追い込まれていた。

「やめてください。お願いします」

「やめてって。私は何もしてない」

「違うんですっ。ぼ、ぼくが泣いたらダメなんです。ぼくがダメになったら」

 幸は錯乱しかかっていた。むつみは困惑していたが、彼を落ち着かせようとして再び手を伸ばす。

「ダメだってば!」

 むつみの手を払った幸は、彼女の隙を衝いて部屋へ逃げ込んだ。

「おーい、鍵なんてついてないよ。立てこもるのは無理だから」

 しかしむつみは部屋の中に入れなかった。扉一枚隔てた先に何かよくないものを感じ取ったからだ。彼女は迷ったが、下手に手を出して噛まれるのも嫌だった。

「反抗期ってこういうことなのかな」



 夜になり、幸が部屋から出てきた。待っていたわけではなかったが、その姿を認めたむつみは彼を呼び止めた。幸の顔色は酷く悪かった。

「ご飯は?」

「あ、大丈夫です」

「全然大丈夫そうな顔じゃないんだけどなあ」

 洗面所に引っ込んだ幸を目で追いかけると、むつみはリビングで彼を待った。じき日付が変わろうとしていた。料理を温め直していると幸が遠慮がちにやってきた。

「食べなよ。捨てるのももったいないし」

「ごめんなさい、いただきます」

 弱っていると素直になるらしい。むつみは小さく笑った。幸は出されたものを静かに、ゆっくりと食べ始める。しつけが行き届いていたのだろう。綺麗な食べ方だった。むつみも椅子に座り、ホットミルクに口をつける。

「言いたくないならもう聞かない」

「ごめんなさい。心配、かけたくなかったから」

 むつみは虚を突かれた。気遣われていたとは露ほども思っていなかったのである。

「それに、本当のことを言っても信じてもらえないと思ったんです」

「そうだね。君は嘘つきだし、言いつけも守らない。笑ったげるから君の嘘を聞かせて」

 食べ終わった幸はぽつぽつと話し始めた。赤萩組や骨抜きに巻き込まれた。信じて欲しいといった内容だった。彼が血塗れの制服を持っていなかったら一笑に付した話かもしれなかった。

「まだ言ってないこと、ある?」

「周世さんはぼくとぼくの母さんを嫌いだって言いました。今から言うことは、その仕返しじゃないってことを分かって欲しいんです」

「うん。言って」

「母さんはまだこの世にいます」

 殺してやろうか。むつみの全身が沸騰した。頭からつま先まで燃え上がって、異能を使う寸前までいった。激情に従ってやろうかと思った。だが、辛うじて耐えられた。

「姉さんは死んだ。そう聞いてる。君はどうなの」

「母さんは病気で……お葬式も終わって、でも、ここに来る前からぼくの傍に出てきたんです。自分で『お母さんだよ』って、そう言って」

「何それ」

「母さんは、たぶん、子供の時の姿で出てくるんです。浴衣とか着て、お面を被ってて」

 浴衣と面。むつみには心当たりがあった。

「うちには、母さんが子供の頃の写真がなかったから」

「私が写ってたからかな……」

 少しおかしかった。こういうことが起こらなかったのなら、幸は自分を知らないままだっただろう。周世むつみという女は存在を忘れられてメフで死んでいったに違いなかった。

「母さんは死にました。でも、まだこの世にいるんです。ぼくが心配だからって、自分がいないと何もできないからって」

「子煩悩だこと。それで? 今もいるの?」

 幸は分からないと言った。

「でも、母さんは『ぼくじゃどうにもならない時』、『母さんがぼくがダメだと思った時』に出てくるんです」

「夢とか、幻でも見てるんじゃないの?」

「ぼくもそう思ってました」

 でも。幸は爪を見せた。剥がれて、変色したそれを。むつみは幸が自分でやったのだとばかり思っていた。

「姉さんがやったの?」

「『おしおき』って。ぼくが情けないからって」

 むつみは、幸がメフに来た日を思い出す。ごめんなさいと謝り続けていた夜のことを。あれは、自分の母親に対してのものだったのだろうか。爪のこともそうだが、辻褄は合っている気がした。

「姉さんが我が子可愛さに化けて出た、か。ふ、ふふ」

「おかしいですか」

「少し。じゃあ姉さんも花粉症に罹ったってわけなんだなって」

 幸は小さく頷く。

「遺伝とか、血とか、そういうのあるのかな、やっぱり」

「母さんは何も言ってくれませんでした。でも、そうだと思います」

 死者を操れるものがいるなら、死者がこの世に留まれる異能というものもあるのだろう。実際、それに近い力を持つ者もメフにはいた。むつみは納得しかかっていた。

「君の力とは別なんだね」

「え?」

「だからさ、君がお母さんが好き過ぎてそういうことをしてるのかなって思ったの」

「ぼくは、そういうのは嫌です。死んだ人は死んだ人ですから。生き返ったらおかしいです」

「今更な気はするけど。まあ、そうだね」

 ふと、むつみは幸の力がどういうものなのかが気になった。彼は最初躊躇っていたが、観念したのか、話をし始めた。



 扶桑熱に罹った。酷い発熱が数日続いて、自分が病室のベッドにいることを知った。自衛隊が管理する病院だということは後で知ったが、とにかく、銃を持った男たちが自分の傍にいるのは確かだった。

 幸はそこで力を使った。怖くて、殺されるかと感じて、病室にいたものたちから武器を奪い、戦う術を奪った。部屋を抜け出た後、視界に入った人間からもそうした。そうして彼は病院内の戦力を無効化し、父親に殴られて力の行使を止めた。幸は時たま思い出す。頬に響く痛みと血の味を。

 花盗人アウトリュコスという異能は、どうやら相手から何かを奪うものらしい。幸はそう認識していた。

「ぼく、テレビで見ました。花粉症に罹ったら変な力がついちゃいますけど、人によって力は色々で、その人の資質とか、性根が表れるって。ぼくのは人から何か盗らなきゃどうにもならない、自分一人じゃ何もできない。そんな情けないやつだから、母さんが出てきたんです」

「また泣きそうになってる」

「だって、しようがないじゃないですか。力を使っても使わなくても、自分が嫌なやつだって自覚させられるんです」

 むつみはあくびを噛み殺した。

「花粉症の人が力を使う時はね、体が熱くなって、頭がぼーっとして、視界がきゅーっと狭まって、熱に浮かされるとか言うの。ハイになってさ、自分のことしか見えなくなるし、考えられなくなるんだ。どういうことか分かる?」

「分かりません」

「嫌でも自分と向き合うってことなんだよ。今はね、薬で花粉症を抑えることもできるらしいんだ。けど私は逃げない方がいいと思う。使えば使うほどさ、分かってくるんだ。異能と呼ばれてるものを通して、自分のことが。強くなりなよ、さち君」

 むつみは口の端を歪めた。

「私も、この町にいる人たちもそうやって生きてきた」

 強くなりたい。幸はそう願った。誰かを打ち倒すようなものではない。自分が自分でいられるような、胸を張れるだけの強さが欲しかった。

「頑張ります」

「ほどほどにね」

「あの、ごちそうさまでした。それから、ありがとうございます。色々話せて楽になりました」

「うん。あ、もうこんな時間か。寝なよ。明日も学校でしょう」

「はいっ」

 幸は頭を下げ、部屋に戻った。その日の夜、母は現れなかった。



 翌朝、幸は常と変わらぬ様子だった。むつみは彼の話の全てを信じてはいなかったが、ひとまず安心した。

「出なくていいの?」

「あ、そうですね。ごちそうさまでした」

「うん」

「それじゃあ叔母さん、行ってきます」

「うん」

 幸の足取りは軽かった。

「今、叔母さんとか言ったか」

 むつみは独り言ち、むず痒そうにして頭に手を遣った。

 この日、無駄かもしれないが、幸は努めて目立たないようにふるまっていた。翔一は登校していたが葛は来ていないらしかった。

「今日は大人しく帰んべ」

「うん、また明日だね」

 その甲斐あってか何も起こらず、誰も訪れなかった。

 夜。幸は外から聞こえてくるパトカーのサイレンが気になって仕方がなかった。



 さらに翌日。

 蘇幌学園の様子は少し違っていた。幸は教室に着いても落ち着かない気分だった。

「今日、いつもより休んでるやつが多いのな」

 幸の隣に座った翔一は、つまらなそうに教室を見回している。委員長の水原もおらず、ホームルームの時間になっても担任の安楽土は現れなかった。

 一時限目が終わりかけた頃、葛が教室を覗き込んできた。何事だろうと幸がそちらに目を向けると彼女はずっと手招きしている。しかし授業中なので休み時間になるまで幸は動かなかった。授業が終わると同時、葛はずかずかと教室に入ってきて幸と翔一を呼んだ。

「のこのこ真面目にやってんじゃねーよ」

「大人しくしろっつったろ。つーか何?」

 翔一は面倒くさそうにあしらおうとした。

「あんたら借りがあんの忘れてない? まあいいや。昼休みな、呼び出されるから」

「誰に?」

「ケーサツ」

「……来たか」

 翔一はがっくりと肩を落とした。

「悪いことにはなんないと思うけど? あーしがいるし」

 あんまり信用できなかったが、幸も翔一も余計な口は利かなかった。

「昨日も骨抜きがやらかしてたみたいだし? ま、大丈夫っしょ」

「そうなの?」

「は? 知らなかったん? パトカーびゅんびゅん通ってたじゃん」

 昨夜のサイレンはそういうことだったのか。幸は納得した。ただ、骨抜きがまだ生きていて、おまけに殺人を続行していたのは何とも言えなかった。

「とりま、また昼休み呼びに来るから」

「あ、おいっ。くそー、あいつ全然話聞こうとしないよな。……ってお前もかよ」

 昼休みになると、予告通り葛が来た。警察も来ているらしく、門の近くで話を聞きたい、とのことだった。

「なんで外なんだろ」

「煙草吸いたいからじゃね? 校内禁煙だし」

 葛は既に煙草を咥えている。

「それよか衣奈さ、今日は学校来たのな」

「あ? つーか毎日来てるし。来てすぐ帰ってるだけ」

 なぜだと聞くと、葛は苦虫を噛み潰したかのような顔になった。

「ウゼーやつがいるから。ガマンできなくはないけど、ガマンするのヤだし」

 なんだそりゃと翔一は笑う。幸はそのウゼーやつの正体を知りたかったが、正門前に背の高い男が立っているのが見えると、話は終わった。

「よ、ちょっといいか坊主ども」

「あ? おっさん誰?」

 正門を潜った幸たちに声をかけたのは、通学路の街路樹に体を預けていた痩せぎすの男だった。もじゃもじゃで鳥の巣のような頭をかきながら煙草をふかしている。堅気の人間ではなさそうだった。

「んな警戒すんなって、あ、俺こういうもんだから」

 警察手帳を見せられて幸と翔一は顔を見合わせた。狼森という男はそれを大儀そうにしまいこむ。

「何、時間はそんな取らせねえから。聞きたいことは、まあ」

 狼森は葛を見た。

「遠慮しないで聞けば?」

「そんじゃあ。骨抜きを見たのはどっちだ?」

 翔一は幸に視線を遣ってから訝しげに答えた。

「……俺ら二人とも見たっす」

「男だったか?」

「っす。おっさんでした」

 狼森は幸たちを気にしていないのか、骨抜きのことだけを尋ねた。二人はその時のことを思い出しながら答えた。

「うーん、やっぱそうか。ああ、あとな、今日学校にいないやつの名前、言えるだけ言ってってくれ」

「なんでっすか?」

「いいから言えよ、逮捕すんぞ」

 脅かす狼森だが、葛に睨まれて悪かったと嘯く。幸は自分のクラスメートや安楽土の名前を挙げた。驚くべきことに、葛は三学年分の生徒と教師を含めた欠席者の名前を挙げた。あるものの名前で狼森は反応を見せた。

「ほーん、なるほどなるほど。参考になったわ」

「あの、どうしてそんなことを聞いたんですか」

 狼森は新しい煙草に火をつけた。答えるのをもったいぶっているかのようにも見えた。

「俺らもそこまで無能じゃなくってね。クソ連続殺人犯がどこのどいつかってのはある程度絞り込めてんだ。だいたいだな、何かでかいことをやらかすのは決まって外から来た人間なんだよ」

 幸は内心どきりとした。

「最初からおかしいって引っかかってたのはな、骨抜きがなんでやくざもん、それも赤萩組の関係者を狙い撃ちにしてたかってところだ。言っとくがな、骨抜きなんてのは義賊でも何でもない。ただの殺人犯だ。目立ちたいのかとか、赤萩組に恨みでもあんのかとかこっちゃ頭捻ってたがな」

「回りくどいんだけど?」

 葛に急かされ、狼森は頭をかいた。

「赤萩組がボコボコになって得するやつが怪しいってことだ。最初はよその組の差し金かとも思ったが、実際、ここいらじゃ赤萩組の名前はでけえ。真っ向から喧嘩吹っかけるやつなんざいやしねえよ。やくざなら尚更そのことをよく知ってる。骨抜きは単独だ。個人の思想で動いてる。で、思ったわけよ。だったらこうだ。やくざ以外で、赤萩組が潰れて嬉しい、それか、狙うに値する理由持ってんのは、どこのどいつだってな」

「そりゃあ、やくざいなくなって喜ばない人はいないんじゃないスか」

「そりゃそうだ。けど単独っつったろ。この事件の犯人はもっと短絡的で、直情的で、考えなしっつーか……」

 狼森は校舎を見上げた。

「ガキみてえなやつだと踏んでる」

 幸は言葉を失う。狼森はまだ何か言いたそうにしていたが、ぶるぶると震える電話を睨んでいた。

「あー、悪いけど話せんのはここまでだな。時間かけて悪かった。協力ありがとうな。ああ、それからそっちの、舞谷のじいちゃんによろしくな」

 葛は鼻で笑った。

 狼森が去った後、幸と翔一は葛をじっと見つめていた。

「穴あきそ。何?」

「いや、お前って何なんだろうって思って。さっきのケーサツの人もさ、知り合いだったみてーだし」

「余計なこと聞かれなくて済んだっしょ」

 そういえばそうだった。狼森はわざわざ呼び出しておきながら、自分たちを怪しんでいる風には見えなかったのである。幸はもしやと思った。

「衣奈さんが根回ししてくれてたの?」

「え? そうなんか?」

 葛は何も言わなかったが、特に否定もしなかった。

「まあ、今は八街とかと絡んでると面白い感じだし? 借りがいっぱいできて嬉しい? 嬉しいって言えよ」

「嬉しいです」幸と翔一は声を揃えた。

 校舎に戻ろうとした時、翔一は大きな声を出してあたふたし始めた。

「っぜーなー打墨おめーよー。死ぬの?」

「思い出したんだよ! ほら、言ったろ。あいつら……猿喰たちがさ、赤萩組のやくざに頼まれごとしてたって。あいつら、人捜せって言われてたんだ」

「そりゃそーだろ今更馬鹿じゃね? 自分らのメンツ潰した骨抜き捜してたんだろ。人捜しはやくざのセンバイトッキョみてーなもんだし。つーか昨日聞いたしその話」

 葛は幸に、そこに四つん這いになって椅子になれと命令した。彼は渋々その通りにした。彼女は即席の椅子に腰かけて翔一を見上げる。

「あいつらがなんか言ってたのを思い出したんだよ。なんで俺らみたいな学生ガキに骨抜き捜させるんだって。そしたらよ、『俺たちが学生だから』頼んだんじゃねえかって。さっき、狼森って人もこれ見よがしに学校のやつが怪しいって言ってたじゃねえか」

「は、何それ。マジでそんなん言ってたん?」

「赤萩組はなんか掴みかけてたんだよ。そんでたぶん、猿喰は掴んだんじゃねーか。骨抜きの手がかりっつーか、なんかを」

「だから殺されたのかな。あ、でも、翔一くんも骨抜きの顔は見たよね。あんな人、学校にいた?」

 葛は椅子の頭を叩いた。

「いや八街も打墨も越してきたばっかじゃん。全校生徒の顔と名前知ってんの? センセーの顔と名前は? この辺出入りしてる業者が怪しいかもしんないし、食堂のおばちゃんかもしんないじゃん。つーか? 蘇幌だけじゃなくってデン学とかタマ高のやつかもしんないよ?」

「それは、そうだけど」

「だいたい変装とか変身されたら意味なくね? つーか打墨ドーテーは興奮してっけどさ、猿喰が何か掴んでたとかモーソーじゃん。案外、さっきのクソモジャもはったりかましてたかもだし」

「衣奈さん。意外とこう、ネガティブなんだね」

 葛は椅子に体重をかけた。椅子が悲鳴を上げた。

「重いとか言ったらSNSで回すから」

 何をだ。幸は葛の背をタップする。そろそろ限界だった。

「ま、考えてもしゃあねえか。考えるの嫌いだし。とりあえず何か食べようぜ」

「うん。あ、そうだ。さっきさ、衣奈さんが言ってたのって誰のこと?」

「は? 分かんない。何のこと言ってんの?」

「いや、ウゼーやつがいるとか言ってたじゃんか」

「あー。アレな。あんたらのクラスの委員長だよ」

 幸と翔一は固まった。そうしてから葛を見る。視線には敵意めいたものが込められていて彼女は鼻白んだ。

「……何睨んでんの」

「いや、まあ、ちょっとびっくりして。なあ、ヤチマタ?」

「あ。うん。びっくりした」

「これだから童貞は。あーしのがぜってー可愛くね? いい女じゃね?」

「うるせえよ」

 昼休みはもう半分も過ぎていた。三人は学食で手早く昼食を済ませると、昇降口で別れた。

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